第42話 黒龍討伐

「どういうことだ、貴様等」


 黒龍が巨大な目を細めて、闖入者たちを見つめる。


「我は貴様等に用は無い。なのに、どうして我の前に立つ? 我が無視した輩がどうやってここに辿り着けた?」


 回廊の奥から姿を現した招かれざる客──ロイン達に黒龍は不穏な響きの声をかける。

 大剣を構えたロインとその横に控える呪術師の少女カーリー。

 彼等からはなにか赤や黒の霞のような物が漂っている。

 なんらかの術がロイン達の身体に効果を発揮している証だろうか?


「ほほ……私の呪術には失せ物や探し人を見つけるものもあるのです」


 カーリーが笑いを含みながら答えた。


「代償を捧げれば、その探し物の元まで必ず行きつくことができる呪いです。ほほ……たとえ、迷宮の主が会うことを拒絶しても、歩いていれば必ず行きついてしまう。この呪いを使えば、あなたを冥府の主のところまで送ることすらできるかもしれませんよ?」

「……なに?」


 そこで僕は気付く。

 小声で呟いてしまった。


「……マミアナ達がいない……」


 ロインとカーリーの2人だけ。

 他の2人のパーティーメンバー、マミアナとミャーンはどこだ?


 カーリーの声が続いて聞こえる。


「……ほほ、もっとも辿り着けぬ場所に辿り着くにはそれなりの代償が必要となりますから、相当の命が必要でしょうね」


 ……まさか、あいつ……。

 仲間の命を代償にしたんじゃ……?

 マミアナもミャーンもチェーンデビルに瀕死にさせられていた。

 あれを回復させずに、むしろ生贄として使った……?

 で、でも、そんなのロインだって黙っていないはずだ。

 仲間なんだから……。


 そこで僕はどす黒い予感に胸を圧し潰される。


 ……本当にそうか?

 ロインは、役に立たない奴を仲間と認めたりしない。

 僕みたいに……切り捨てたのでは?

 死にかけで動けなくなった仲間達に価値はない、と……。


「……まさか、そこまで外道だったのか、ロイン……」


 殺すなら俺には見えないところでやれ。

 カーリーの赤子殺しの際にそう言っていたロインの顔が思い出された。


「そんなことはどうでもいいんだよ」


 ロインの舐め腐ったような声。


「俺達は黒龍のところに辿り着いた。あとは、こいつを退治すれば終わりだ。ああ、ようやく願いが叶うぜ。英雄になるって願いがな」


 それを聞いた黒龍の深いため息。風圧がすごい。


「無益なことを……」

「俺にできないとでも思ってるのか? ははっ、すごい自信じゃあないか、ええ?」


 ロイン、なにか呪術で強化されていて自信があるのかもしれないけど、黒龍相手にあの口調なのはすごい……。

 相手は古竜以上の体躯の持ち主なのに……。


「言ってみろよ? なんで自分が負けないと錯覚してるのか。俺がその理由ごとぶった切ってやるから」

「我は破壊の力の実体で……いや、無益か。何度も言葉を尽くす義理も無し。どうせ、死す者に道理を説く意味も無し」


 黒龍は身動ぎした。


「死の女神の娘にあらざる貴様では我に死を与えてはくれぬ。我に死ではなく屈辱を与えて消えたあやつらの代わりだ。破壊の力の前に立ったのだから滅んでもらうとするか」


 黒龍は今やロイン達に向き直っている。


「それで、なにか望みの滅し方はあるか?」


 そんな黒龍の圧を正面から受けながらも、ロインはへらへらしている。


「はは、破壊の力、ねえ? かっこよ! ははは! まあいいさ、試してみな!」


 ……あいつ、クスリでもやってんのか?

 それとも酔っ払ってんの?


 へらへらというか、薄ら笑いを浮かべているのはカーリーも同じだ。


「ほほ……御冗談を。自然の災厄が大地で這いずる人如きの願いなど聞きいれるはずもなし」

「その通りだ」


 黒龍は重々しく頷くと、唐突に身震いした。

 第10階層全体がその震えに鳴動し、回廊が崩落し始める。

 床が軋み、ロイン達の元に地割れが走る。


「地に飲み込まれ、すり潰されるがいい」


 地震を生じさせた黒龍の淡々とした言い方。

 それが戸惑いに変わる。


「ふむ?」


 床を割いて現れた穴。

 それはロイン達ではなく、なぜか黒龍を飲み込んでいた。

 ただ、その巨躯をすべて飲み込むまではいかず、体の半分が沈み込んだ形になっている。

 地割れに挟みこまれて、黒龍は窮屈そう。


「ほほ……『呪詛返し』」


 カーリーは自らの纏った黒い靄を撫でるようにする。


「私達に向けられた害は全て発動者に帰ります。そして、『希死念慮』」


 カーリーは自らの纏った赤い靄を撫でるようにする。


「私達に害を向けた発動者は自らを呪い、己の持つ耐性が脆弱性に変わります」

「あとは俺に任せろ!」


 ロインが跳躍していた。


「『弱者への嗅覚』! 『傷口への二撃』!」


 大剣を振り下ろす。動けない黒龍に向かって。

 外れるわけもない。

 大剣は深々と黒龍をえぐる。

 奇妙なのは、黒龍がまるで抵抗しないことだった。

 身動ぎもせず、反撃もせず、言葉も発しない。


「ははは! 嵌ったな! ずっと俺のターンだ!」


 ロインは哄笑しながら大剣を振るい続ける。

 黒龍はされるがままの無抵抗だ。

 麻痺してるのか?

 大自然の災厄の実体化が麻痺?

 それにロインの攻撃の速さが尋常じゃない。

 あの大剣がまるで鞭のよう。

 最早剣先も見えない。

 ロインにあんな技量はなかったはず……。

 なにかよくわからないけど、これ全部カーリーが生贄を捧げて付与した強化の効果なんだろうか。


「終わりだ!」


 風切る音が数回鳴ったかと思うと、ぼとり、と黒龍の首が落ちていた。

 一言も発せず、呆気ない死。


「はは! ははは! やったぞ! これで俺は英雄だ!」


 ロインは大剣を掲げて雄たけびを上げる。

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