第40話 死なない竜の死なせ方

 黒龍はちらりと僕の方を窺ったようだった。

 いかに自分が死にたいと思っているか、僕にうまいことプレゼンしないといけないからだろう。僕がちゃんと話を聞いているか、確認したんだと思う。

 黒龍は咳払いをした。衝撃波が生じてひびの入る回廊。

 そうやって喉の調子を整えてから、黒龍は話を続ける。


「……名を与えられるということは命を与えられるということだ」


 ……なんで二回言った?

 ちょっとかっこいいとでも思ってるんだろうか。

 決め顔やめろ。

 なんてことを言えるわけもなく、僕は「ほほう?」とでもいうような神妙な顔をする。


「……名前を付けられて、初めてその存在は知られる。名前が無ければ、誰もそこに何がいるのか認識できぬ。そうやって黒龍と名づけられ、黒龍の身体を持った我を、古の人々はこの地下迷宮に封じた。名前を与えるということは、それを支配し、コントロールしようという意思でもある」


 うん、よくわかんない。

 僕は曖昧に薄ら笑いを浮かべて「なるほど、そうなんですねー」とか言っておく。

 黒龍は悲しいことでも思い出したのか、項垂れた。


「実態を持ってしまった我を、古の人々は大規模な儀式と魔術によってダンジョンの奥底へと閉じ込めたのだ。彼等は祀ったというだろうが。そして、この地を統べる一族……王とか大賢者とか呼ばれる輩が、我の力を抑え、利用し始めた。我がこの地に振るう破壊的力は最小に抑えられ、以前のような破滅をもたらすことはならなくなった……それが今に至るまでずっと続いている」


 そうして、黒龍はぐいっと僕に顔を近づけてくる。

 僕なんか一飲みできそうな巨大な口。


「本来の力も奪われ、我はこの先永劫このダンジョンに囚われたまま生き続ける。我の力はこの地を統べる者たちに盗まれるばかり。勝手に生み出され、無為に生かされ、果ては見えない。もういいだろう。我の命を死の女神の娘に持っていかせろ」


 さもなくば貴様を食い殺す。

 そう言わんばかりに、牙の生えた口を広げて見せる黒龍。

 圧がすごい。

 僕は震え出す膝を抑えながら、問いかけた。


「え、ええと……現状に絶望しているのはわかった……ただ、さっきも気になったけど……そんなに嫌なら自分で死ぬこともできるんじゃ?」

「……絶望が待っているとわかっていても、なかなか自分で死ねない人もいるんだよ……」


 それまでずっと射竦められたように固まっていたラットが、急にぼそりと呟くのが聞こえた。


「え?」

「う、ううん、なんでもない。ごめん」


 ラットは俯いて、小声で返してきた。

 僕はちょっと首を傾げ、それから黒龍に向き直った。

 でかい瞳に見つめられる。


「あー、あと……今までも黒龍を倒そうとやってきた冒険者達はいたはず。彼等に倒されていれば死ねたんじゃ?」

「言っただろう。死ねぬのだ、我は」


 黒龍は重い息を漏らす。


「我はこの地に溢れる力に名づけられて生まれた実体、黒龍。ならば、黒龍という名が残る限り、我は死なずに残り続ける」

「……ん? どういう意味?」

「我の名、黒龍の名を知る者が1人でも残っていれば、我は不滅だ。今、この実体が勇者に倒されたとしよう。だが、どこかの誰かが黒龍の名を思い出し、我の姿を思い浮かべれば、我は再び実体を持つ。名を与えられることは命を与えられることなのだ」


 もともと、形のない自然の力に黒龍と名付けたら実体が生まれたという話だった。

 その上、名前が残っていたらいつまでも実体は消えないというのか。

 名前を持つものは存在し続ける……。


「え? じゃあ、どうやったら死ぬの? 黒龍の名を知る者なんて、ダンジョンに挑む冒険者達みんなそうだよ」

「街の人だってみんな知ってるよね?」


 僕とラットは顔を見合わせる。


「……ていうか、国中の人が知ってるレベルだし、本とか歴史書にも載ってる国難の怪物って言われてるでしょ? これから生まれてくる子だって、教わって黒龍の名を知っていくんだから……これ、永遠に死なないんじゃ?」

「だから! そう言っているのだ!」


 黒龍は強い口調で言った。

 雷に打たれたかと思うような衝撃。


「いくらわが身を炎で焼こうと、我は死ねない。黒龍の名を知る者がいるからだ。このダンジョンの外に。いくらでも、永劫に! どうしてくれる!」

「い、いや、どうしてくれるといわれても……」

「だが……!」


 黒龍は縋るような目でヘルを見た。


「死の女神の娘なら……! 我の命を死の女神の元へ連れて行ってくれるはずだ。お前は何者にも死をもたらすことができる。そうなのだろう?」

「ノアがあなたの名を私に告げれば、そうなる」


 ヘルは静かに応える。

 黒龍は満足そうに頷き、それから僕を促す。


「そういうことだ。さあ、我の名を死の女神の娘に告げよ、小さき者よ」


 僕はなんだか嫌な予感がしてならない。

 ヘルに尋ねる。


「……あのー……ほんとに黒龍を死なせることなんてできるの……? 聞いた話、どう考えても不死身なんだけど……」

「たやすい」


 ヘルの口調はそっけない。


「黒龍の名を知る者がいる限り不滅ならば、黒龍の名を知る者が居なくなれば滅びる道理だ」

「……え?」

「名づけられて生まれた命なら、名を消されれば死ぬ命。この地から、黒龍の名を知る者が一人残らず消え、黒龍の名を残す墓石も書籍も記録も消え去れば、黒龍は実体を持てず死ぬ」


 死の女神の娘、ヘルは黒い刃の大鎌を取り出し、黒龍に向けて構えた。


「すなわち、私が黒龍を切れば、黒龍の名を知る全ての者が滅びる」


 そして、僕の顔をちらっと見た。


「一人残らず。一瞬で」


  ◆◆


 一方その頃、ノア達は知る由もないことだが、大宇宙の片隅にノアたちの住む大地に向けて猛スピードで進む巨大な星があった。

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