第31話 回復術師
ロイン達はチェーンデビルに蹂躙され、すり潰されている。
マミアナとミャーンは鎖に拘束され、移動どころか声すら出せない状況だ。これでは魔法も使えない。
というか、呼吸も困難でこのままでは死ぬだろう。
「こ、こんなの、近付くだけでダメージを喰らうじゃないか……」
残ったロインは、チェーンデビルによる鎖の暴風の前にしり込みしている始末。
あっという間だ。
あっという間に、ロイン達のパーティは壊滅的状況に陥っている。
それを見ていた僕らも、その場を立ち去る隙を見つける暇がない。
「それで? 残ったお前達は生きたいのか、死にたいのか。どちらを望むのだ?」
チェーンデビルは再度、ロイン達に呼びかけた。
しかし、その呼びかけに最も反応したのはロイン達ではなかった。
「死ネ! 死ネ!」
ロイン達に捕らえられていたインプが、ここぞとばかりに声を張り上げている。
キーキー声で、
「オマエラ、皆死ネ!」
「黙れ」
「グゥ……」
チェーンデビルに重々しく言われ、インプは押し黙った。
「ほほ……生きたいと言えば助けてくれるのですか?」
ロインのパーティの新回復術師が慇懃に尋ねる。
チェーンデビルは深く頷いた。
「私は契約を守る。お前達が生きたいと望むのなら、それを守ろう」
「ほほ……契約ですか? つまり対価が必要、と?」
「その通り」
チェーンデビルが低い声で認めた。
「お前達が私の望みを叶えるなら、私もお前達の生きたいという望みを叶える。簡単な契約だ」
「おい、悪魔との契約って……信用できるのかよ」
ロインが胡散臭そうにチェーンデビルを睨む。
「散々利用された挙句、最後にはポイ捨てされるだけじゃないのか?」
「ほほ……まずは悪魔の望みというものを伺ってみましょう。興味があります」
ロインの言葉に、回復術師が応えた。
チェーンデビルは重々しく言う。
「我々はある者を探している。マジックミラーのスキルを持つ者だ。お前達にはその者を探し出し、私の元へ連れてくると誓ってもらう。それが私の望みだ」
「マジックミラー……」
回復術師が呟き、ロインが、
「……なんか聞いたことあるな……そういうスキルを持つ冒険者がギルドに所属していたような」
と、首を捻る。
「マジックミラーのスキル持ちは外部から認識できない空間を作り出し、その中に身を隠す。お前達でその者を捕らえて見せろ」
「……なぜ……だ?」
チェーンデビルの命令に、息も絶え絶えの声が反駁する。
鎖に巻き付かれて息もできずに転がっているミャーンの声だった。
か細い呼吸音。
その合間に、チェーンデビルを問い詰める。
「……なぜ……あの子を……ラットを……狙う……?」
「主の命令だ」
チェーンデビルは淡々と答える。
「マジックミラー持ちを追い詰め、捕らえよ、と。主がそう望むから我々はそれに応じる。おそらく、マジックミラー持ちが我が主の不興を買ったのであろうよ」
「……ラット……悪魔と……契約した……?」
ミャーンの死にそうな声。
それを後ろからずっと盗み聞きしていた僕も、思わず隣のラットに目をやってしまう。
どういうこと……? と。
ラットは耳を抑え、両目をぎゅっとつむり、俯いていた。
見たくも聞きたくも思い出したくもない。
そんな態度だった。
「して? 私と契約を結ぶか否かだが?」
チェーンデビルは大仰に腕を組み、ロイン達を見下した。
「どうやら、お前達はマジックミラー持ちといささかの縁を持つようだ。猟犬として役に立とう。喜べ。私はお前達にわずかばかりの価値を見出してやったぞ」
「ほほ……なんともありがたいお話しですね」
回復術師も大仰に一礼する。
「大変ありがたいお話ではありますが、私……私達には他に為すべき仕事もございます。ほほ……そちらが終わってから、また改めてお話を伺うわけには参りませんか?」
「いいや。私との契約を優先してもらう。それ以外の目的はすべて捨てろ。私のために働くのだ。命の対価としては安いものだと思うが?」
「……黒龍を倒すのをやめろって……? 冗談じゃない! 俺達がこれまで何のためにダンジョンに潜ってきたと思ってるんだ!」
チェーンデビルの言葉はロインを苛立たせたようだ。
「せっかくこれからダンジョン攻略の英雄になって金も富も財宝も黄金も手に入れられるっていうのに、そんな細かい人探しなんてやってられるかよ!」
「では、貴様は死ね」
「え? いや、ちょっと……」
「お前はどうする、女?」
「ほほ……カーリーとお呼びください、閣下。私は……」
カーリーと名乗った回復術師の少女は薄く笑った。
「……あなたと契約するメリットを感じません。ほほ……閣下、プレゼンがお上手ではありませんね。ただ私共が余計な責務を背負い込むだけの契約はいただけません」
「なら、貴様も死ね」
チェーンデビルはゆっくり歩き始めた。
振り回している鎖の範囲もゆっくり前進し始める。
「逃れられぬぞ。徐々に体を刻まれて死ぬがいい」
さっきまでイキっていたロインが狼狽えた声を上げる。
「お、おい、これマズくないか? な、なにか手は!? カーリー、あんた呪術も使えるって話だったろ? なんか使える呪術はないのか!?」
「ほほ……仕方ないですね。命が足りますかどうか……」
新しい回復術師、カーリーと呼ばれた少女は腰に括り付けていたお洒落な小物袋の蓋を開けた。
おそらくあれはマジックバックの類で、大きさ以上のものを収納できる魔法の品だ。
それを見て、チェーンデビルの前進が止まる。
そして、鼻で笑うように息を吐いた。
「ほう。やってみせろ。抵抗してみるがいい。それがすべて無駄と知った時、貴様等の魂は屈服する。それが契約の時だ」
「ほほ……では入念に抵抗させていただきます。あなたが望んだことですからね、閣下?」
カーリーは魔法のお洒落袋の中に左手を突っ込む。そして、その中から取り出したのは、ネズミ。生きてチューチュー鳴いている。
生き物を収納するマジックバックなんか聞いたことがない。
「血には血を、報いには報いを」
カーリーは歌うように唱え、右手に短剣を持つ。
それから、チューチュー鳴くネズミの首を短剣で掻っ切った。
ぼとり。
「こ、これは……!?」
「ほほ……まだまだ行きますよ」
鼻白むロインにカーリーは笑いかける。
お洒落袋の中から野兎が取り出される。
首が落ちた。
ロインの目の色が変わった。
「なんだ……!? 体中に力が漲る……!」
「ほほ……これがあなたに力を授ける呪術ですよ。回復も、強化も、所詮は全て、他の命の上に成り立つもの」
「いいぞ! もっとやってくれ! もっと!」
袋の中からネコが取り出された。首が落ちた。
「他の命を利用して仲間の強化を行う呪術」
僕の傍からヘルの呟きが漏れてくる。
「生贄による儀式。あの行きつく先は外道」
僕は嫌な予感に胸がざわつく。
もしかして、あの回復術師……まさか?
「ほほ……では、いよいよ赤子を力に変えましょう」
カーリーは声も朗らかに、左手をお洒落袋に入れた。
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