第10話 回復術師、ダンジョン奥深くへ至る方法を知る
それはあんまりにも突然のキスで、心構えなんてできてなかったものだから、ガッ、と前歯と前歯がぶつかった。
目から火花が出るかのようで、
「ひひゃいっ!」
と、悲鳴が漏れるが、ラットは僕の頭に両手を回し、唇を押し付けたまま。
押し付けられたラットの口は、柔らかく温かいんだろうけど、痛くてそれどころじゃない。
「ひゃ、ひゃにをふる……」
僕は涙を堪えながら問いかけようとする。
が、僕のすぐ目の前で、僕と同じように涙目のラットの瞳が訴えかけてきた。
黙って、動かないで。
ラットも痛いだろうに、耐えているのはわかる。
僕はじんじんと痛む前歯に意識を持っていかれつつ、キスを続ける。
……これが、これから先、僕が一生思い出すことになるファーストキスになるのか……。
僕らの背後からロインの声が聞こえてくる。
「おい、ミャーン。一体何なんだよ」
「……」
ミャーンの視線を感じる。すっごくこっちを見てるっぽい。
……もしかしてこれ、酒場内でキスしてるバカップルの振りしてミャーンの目を誤魔化す作戦?
だとしたら、馬鹿すぎる……!
こんなので、アサシンであるミャーンの針のような眼差しを誤魔化せるわけが。
「……いや、誰かが私達を窺っている気配があったのだが気のせいだったようだ」
「ネコでもいたんじゃないか」
「いや、ネコの気配ではなかった。私はネコには詳しいんだ」
ミャーン、節穴だった。
僕に気付かないなんて。
結構近くの席だぞ。
元同じパーティでも、僕に関心が無かったから見てもわからないのか?
それとも、単に無視? そういういじめ?
ロインの呆れたような声が聞こえる。
「そうやって警戒心が強いのはいいけど、あんまりピリピリしすぎるなよ。存在しない敵が見えるようになってきたら、人としておしまいだぞ。神経をやられた冒険者なんて落ちぶれるしかないんだ。こっちだって仲間にピリピリされてたら気が休まらないだろ」
「……」
ミャーンは押し黙ったが、その気配から明らかにムッとしているのがわかる。
「それに、今度の回復役は可愛い女の子なんだ。パーティが殺伐としてたら、仲間になってくれないかもしれないんだぞ。だから、いいか? みんな、笑顔で歓迎するんだ」
「明るくてアットホームなパーティだからな、私達は」
ミャーンは吐き捨てるように言って、ガタガタと椅子を鳴らした。
どうやら席に座って、こちらに意識を向けるのをやめたようだ。
……バレずに済んだ。
助かった……と言っていいんだと思う。
「それで、この行為になんの意味があるのか説明はあるのか」
僕らの脇には、黒い刃の大鎌を手にしたヘルがいる。
虚ろな穴のような目で僕らを凝視してた。
「あなた達の接触に意味がないのであれば、離れるべきだ。あなたからは死の女神の元へ代わりの命を返さねばならないというという贖罪の意思が感じられない」
ヘルの視線は僕に穴を空けそうなくらい強い。
冷たい殺意。
なんかそんなものを感じた気がして、僕はのけ反った。
それでようやく、僕はラットの唇からわずかに逃れることができた。
至近距離からようやく息を吐く。
「……な、な、なんだよ! 急に……!」
僕は右手の甲で自分の唇を拭った。
まだ鈍い痛みが残っている、僕の初めて。
だが、ラットはその問いには応えない。
ぐいっと僕の頭を再度抱き寄せて、耳元で囁く。
「……このまま、抱き合ってここを出よう……! そうすれば、多分、ミャーン達にはバレずに逃げられるから……!」
「……え? だ、抱き合ったままロイン達の傍を通り抜けるの……!? そ、そんなの目立つに決まってるじゃん……!」
「……あたしを信じて……! ノアもミャーンとその仲間達に見つかったら面倒なんでしょ……? ……ミャーンの目を誤魔化すにはこれしかないんだよ……!」
そう言いながらラットは、傍らで僕らを見据えているヘルにも囁く。
「……あたしとノアが今抱き合ってるのにはすごい重要な意味があるの……! ……あとで説明するから、その怖い鎌仕舞って……!」
「あなた達の接触になにか重要な意味があるというのなら、わたしはなにも干渉しない。好きにするがいい」
ヘルは抑揚のない声で言う。
「ただ、死の女神の使徒に偽りを述べる者は報いを受ける。それだけの話だ」
「……う、うん、大丈夫だよ? ウソなんて言ってないから……だから、その大鎌はやく仕舞ってくれる? ……どしたの? ……なんで仕舞わないの……? ……ねえ、なんでこの人黙ってるの、ノア……? ……なんで鎌振りかぶろうとしてるの……? ねえ、止めて……?」
ラットの度重なる要請に、ヘルは無言と凝視で応える。
◆
どういうことなんだ……?
僕はラットと身体を密着させて抱き合ったまま、外をイチャイチャ歩いている。
えっと……正面から抱き合って、背中に手を回しながら、ひょこひょこ歩くのは結構無様だ。
足からまってコケそう。
ダンスみたいだけど、僕はダンスに慣れてるわけでもないし。
なのに、道を行く人達は誰一人僕らに奇異の目を向けてこない。
人前で抱き合ってバカみたいな歩き方してるやべぇ奴等だ、と思って目を逸らしている……という感じでもない。
ナチュラルな無視。
というか、僕らがこの場にいないかのようだ。
あの後、僕らはギルド酒場から脱出した。
ミャーンやロインの横を通ってだ。
変なことしてる知り合いを見かけても声をかけない。
節穴すぎるだろ、あいつら。
「……もういいかな……」
ラットがそう呟いたのは、ギルド酒場から少し離れた街角。
そして、至近距離から僕を見上げ、
「あ、あの、いつまでくっついてるの……? もういいんだけど。それとも、あれ? まだあたしと抱き合ってたい……? 嬉しすぎ? あたしのこと好き過ぎなの? そ、それならそれでもいいけど……」
「……訳がわからないよ」
「あ……あれ……?」
僕はラットからやっと身を引き剥がして、溜息を吐く。
「さっきのあれは……ロイン達に気付かれずに酒場を抜け出せたのは、なんなの? あんなことができる理由……教えてくれるよね?」
「……さっきのあれが、あたしの
「それは一体……?」
「……古の呪文の名が冠された、隠密スキルなの。このスキル持ちが誰かと手を繋いだり、体を密着させたり、キスしたり、そのぉ……体を触りっこしたりすると、発動するスキル。マジックミラーゴウが発動すると、外からはあたし達の姿が認識できない空間ができる。その中にいる者達は外からは気付かれにくくなるの」
ラットは観念したように話し出す。
「……こんなバカみたいなスキルのこと話したくはなかったんだけど……あたしが地下10階層に行けたのもこのスキルを使ったから。この呪われたスキルを」
「……ということはつまり」
僕は気付く。
「……僕らが地下10階層に行くためには、ラットとエッチなことしないといけないってこと……?」
「……それも地下10階層に着くまで、ずっとね」
ラットは目を泳がせながらそう答えてくれた。
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