死にかけの死神美少女にヒールかけてみた
浅草文芸堂
第1話 回復術師、死神に憑りつかれる
「なあ、ノア。お前もうパーティー抜けろ」
ロインの言葉を、僕は一瞬理解できない。
いや、理解したくない。
「……え? なに?」
「パーティ抜けろって言ってんの」
ロインはしかめ面で僕を睨んできた。
聞き間違いじゃなかった。
「ちょ、ちょっと待ってよ!? パーティ抜けろって……じゃ、じゃあ、僕、これからどうしたらいいの!?」
ロインに、2人だけで話がある、とスラム街の安酒場に連れ出され、席に着くなりそんなこと言われるなんて……。
「そんなの知らないよ。とにかく、うちのパーティには
パーティリーダーのロインは面倒くさそうに言った。
昔からロインは自分勝手で僕も振り回されてきたけれど、これはあんまりだ。
「そ、そりゃあ、僕は一番簡単なヒールしか使えないけど……でも、今までそれでやってこれたじゃないか」
「いや常識的に考えて、複数同時回復もできない、範囲回復もできない、一度に味方1人単体しか回復できないヒーラーって……今の俺達のパーティのレベルにあってると思う? しかも全回復するわけでもなく回復量も小さい。まあ、ヒールが弱くても、味方の攻撃力アップとか敵に状態異常を与えるとかのバフやデバフをかけられる術師なら、まだいいよ? なのにお前は……なんで俺達がレベルアップして強くなってるのに、ヒールしか使えないままなの?」
「う……」
ロインの言葉は胸に刺さった。
自分でも、悩んでいたことだったからだ。
なんで僕だけ新しい術を覚えないままなのか。
みんなとの差は開き、置いてきぼりになっている自覚はあった。
どうして僕は……僕だけがダメなんだ?
「やっぱりさ、常識的に考えて、人には才能ってあると思うんだよ」
ロインは見下した目で僕を見る。
「で、ノアには僧侶とか治療術師とか、そういう回復系の術を使う才能がない。だから新しい術も覚えない。ていうかそもそも、怪物と戦ったり町の皆を助けるような冒険者としての才能がないんだ。向いてないんだよ」
「才能……」
ロインは輝いて見えた。
貫きの構えとか兜割りの一撃なんて技を覚えて、戦士として日々成長して強くなっていくのが目に見えるロイン。
一方の僕、ノア・ワイリーは才能もなく、グズグズとくすぶっているだけ。
くすんで見える。
「で、でも、僕を冒険者に誘ったのはロイン、君じゃないか。村を出て冒険者になるから、お前も一緒に来いって……そう言ってくれたのに、それをそんな今になってパーティを辞めろだなんて酷いじゃないか……」
「俺も最初はお前に期待してたんだよ。神官様の家の出でも魔導師の家の出でもない、ただの農家の息子のお前がヒール使えるなんて、すごいって。駆け出しの冒険者パーティに回復役がいたらラッキーだろ? だから誘った。こいつは使えるって思ったのに……」
ロインは、はーっ、と溜息を吐く。
「レベルが低いうちはヒールだけでも十分だったさ。でも、お前は結局成長しなかった。やっぱりただの農家の生まれじゃ、覚える術に限界があるんだろうな。だからお前、もう田舎に帰っていいぜ」
「待って……待ってよ、僕だって稼がなきゃいけないんだ。知ってるだろ? 今、村に帰るわけには……」
「冒険者として稼ぎたいなら、自分の実力にあったパーティでも探せば? とにかく、うちではお前はもう無理だから」
ロインは席を立つ。
話は終わりだと言わんばかり。
さっさと安酒場の出入り口へと向かう。
「ね、ねえ! 待ってってば! 他の2人は!? マミアナ達も僕をクビにするって言ってるの?」
「……俺と同じ意見だよ。回復が遅いせいで死にかけるとか嫌だってさ」
一瞬振り返ったロインは、僕を睨みつける。
眉間に皺をよせ、まるで敵モンスターにでも遭遇したみたいな敵意だ。
足がすくむ。
でも、ここでパーティから放り出されることに納得はいかない。
勇気を振り絞って、追いすがった。
安酒場から出たところでロインに追いつく。
「そんな勝手な話ってないだろ? そんな急に、一方的に……最悪でも辞めさせるなら、なにか生活費だけでも補償してもらわないと僕も困る……」
「うるさいっ!」
ドンッ。
僕は強い力で突き飛ばされ、地面に転がされる。
背中を強く打った。
痛い。
息が詰まる。
動けない。
「おい! もうお前は俺達のパーティとは無関係なんだ。二度と姿を現すな! 俺達の宿にも帰ってくるなよ! もし、今度俺達の前に現れたら、マジで潰すからな!」
「うう……」
ロインは足を振り上げ、僕の顔を踏みにじった。
「わかったか!? お前みたいな無能が、生活費を寄こせとか俺達に指図するなんて舐めた真似だってことが!」
「……」
「力もないくせに一丁前に俺達の仲間面してたなんて、ほんと図々しい……!」
ロインは最後に、ぺっ、と唾を吐き捨て、憤然と歩き去った。
僕は背中の痛みに踏みにじられた頬の痛み、その他もろもろの痛みで動けないまま。
道行くスラムの住人達も無関心だ。
ようやく、僕は呻く。
「……あいつ……!」
ロイン達に、いいように使われて。
もう使えないと判断されたら、ごみみたいに捨てられた。
「……こんなことってあるかよ……っ」
僕は、痛みをこらえ体を起こす。
ロイン達にやり返してやりたい。
でも、こんな簡単にボコられてしまう今の僕に、どんな仕返しができるっていうんだ?
僕は痛みを少しでも軽減すべくヒールを唱えようとした。
「ヒー……」
そう言いかけて、途中で言葉を飲み込む。
ヒールしか能のない無能。
なんのためにこんな力が僕にあるんだ?
ろくな役に立たない。
家族の病気を治すこともできないヒール。
ヒールなんてものが僕になければ、僕はロインに誘われることも無く、田舎で妹の傍にいてやれただろう。
こんな目に遭うことはなかった。
ヒールの能力は、僕にとって不幸をもたらしただけだ。
「……なら、こんな力……二度と使うか……!」
僕は吐き捨てるように呟いた。
と、その時だ。
ドザッ。
突然、僕の目の前に人が倒れ込んできたのは。
いや、倒れてきたというか、落ちてきたのか?
それまでどこにもいなかったのに、まるで空から急に出てきたみたいだったのだ。
「え!? なに!?」
それは女の子だった。
黒いマントを羽織った小柄な少女。
銀色の髪が美しい。
肩口から背中にかけて酷いケガを負っている。
血が噴き出していた。
見ればわかる、このままでは失血死するだろう。
「ちょ、大変だ……! ヒール!」
僕はすぐさまその子に向けてヒールをかけた。
僅かに回復。
傷口がいくらか塞がったのか、血の流出が少なくなる。
「連続で、かければ……! ヒール!」
血の気の失せた女の子の頬に、僅かに色が戻ってくる。
そして、意識も。
負傷した女の子の目がうっすら開いた。
「なにを……して……?」
「喋らないで! 今、傷口を塞いでいるところだから。……ヒール!」
流血が止まった。
完全に傷口が塞がったようだ。
だが、高速で3連続のヒールかけはさすがに疲労する。
僕は大きく息を吐いて、肩から力を抜いた。
と、意識を完全に取り戻した少女が、じっとこちらを見ていることに気付いた。
「……調子はどう? まだ全快はしてないけど、命の危険はなくなったんじゃ……」
「あなたはたった今、わたしの命を盗んだ」
少女はガラス玉のような瞳で僕を見上げてくる。
「は?」
「あなたは償わなければならない」
少女は僕を断罪するかのように言った。
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