落日のピニャ・コラーダ

えいとら

第1話

「ピニャ・コラーダ。2杯。たのむ」


 俺はそう言って、ブリキ製の赤茶けたバーテンダーにオーダーした。


 ”彼”は言う。


「ありがとうございます。

 ナリッジを検索します。

少々お待ちを……。

……………。

 レシピは旧時代の再現でよろしいですか?

合成リキュールや人口パイナップルを使わない場合、かなり高額になりますが……」


 錆びた鉄のバーカウンターに俺は肘を付く。


「なんだって良い。早めに頼む。待ちきれないらしいから」


「了解しました」


 そう言った“機械“のバーテンダーは、カクテル——ピニャ・コラーダを作り始めた。


 俺は後ろを振り返る。


 鉄くずで荒れたビーチは綺麗とは言えなかったが……投影された映像により、夕暮れの空だけは人工的で清潔で……不健康なまでにビビットだった。


 俺はブルーのワイヤーフレームに上書きされた海と、シアンとマゼンタのグラデーションの夕日を眺めながら、”彼女”に近付く。


白いリクライニングチェアの上で組まれた彼女の長い脚が見える。彼女の輝く黒のロングヘア―が、人工の夕日に照らされて水色に輝いた。


 彼女は俺の方を振り返らずに、海を見たまま言う。


「お酒は?」


 俺に言っているのか?まあ、当たり前か。


「今、バーテンダーの機械に作ってもらってる」


「ねえ?次……なにしよっか?」


 俺は無難ぶなんに答える。


「君のしたいようにすれば良いさ。したいようにしか出来ないんだろ?」


 彼女は笑う。

あどけない笑顔が人口の光に照らされて、明暗のくっきりしたブルーに彩られた。


「じゃあ……さ?」


 と言って彼女は、俺の方を向くために体制を変えた。

彼女の白いビニールのビキニに包まれた胸が横を向いて、濃い紫の陰影を作った。


「次は……君と私の記憶を混ぜあいたいの」


「今しているじゃないか?」


「拡張現実のリゾートの事?」


「高かったんだぜ?ホテルの予約に……機材のレンタル。

 バーテンダーの人工知能なんて、ゴミ山を捜索させてようやく手に入れたんだ」


「君は……したこと無いの?”記憶共有シェアメモリー”の想起」


「したことは無いし、記憶の共有だなんて狂ってる」


 彼女は静かに胸を上下させて笑う。彼女の仮想的なネックレスがピンクに輝いた。


「あはは。狂ってなんていないよ。私は何回も・・・したんだからさ」


 彼女のその「何回も」という言葉に俺は微かな嫉妬を感じた。

もちろん知ってはいた。彼女に普通の倫理観なんて無い事は……。


 それでも改めて告げられると、どうしても胸が苦しくなる。


だから俺は感情を振り払うように後ろを振り返り、赤さびのバーテンダーの機械を見る。


「そろそろ出来た頃じゃないか?

 取ってくるよ……」


「お酒?」


「ピニャ・コラーダ」


「ピニャ・コラーダ……??ふふ。

へんななまえ」


 そう言った彼女の脚に映った人工の夕日は、濃い紫の影を作る。

影に浮かぶ彼女の肌は、ココナッツとパイナップルが混じり合ったピニャコラーダみたいに狂ったように甘く、しかし同時につやめかしく重く……輝いていた。

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