ジルフィンの街(3)
翌日、仕込みを少し手伝い、朝食をごちそうになって、ウィリアとゲントはレストランを出た。店主は快く送り出してくれた。
ウィリアがメモを見た。
「冒険者向けの掲示板に、仕事依頼がありました。市壁内でできるものは、北東地区の、放棄された墓地に出るアンデッドの退治……報酬は五百ギーンだそうです」
「五百ギーンあればかなり助かるな……。よし。行ってみよう」
二人は、北東地区に続く街の通りに向かった。
人が多かった。
ゲントも商人なので、なんとなく売り物を見ていた。生薬の材料などがあった。ただし買う金はないので見ているだけだった。
そのうち、ゲントの目が止まった。
「……ん?」
「どうかしましたか?」
ゲントが見ている方向を見ると、荷物を背負った人がいた。その隣にはお腹を大きくした女性がいた。
「あれは……僕の荷物じゃないか!?」
「!?」
ウィリアもそれを見た。たしかにゲントが背負っていた荷物のようだ。そして横にいる妊婦はおととい料理屋にいた女性のようである。
二人は人をかきわけ、荷物を背負った人に近づいた。
まちがいない。あの夫婦だ。
そのとき、向こうがこちらに気付いたようだ。走って逃げ出した。
ウィリアとゲントは追う。
あっちは荷物を背負っており、一人が妊婦なので、早くはない。妊婦の方がよたよたとしてきた。
男の方が背中の荷物を投げ捨てて、女性を背負って逃げ出した。
ウィリアは追う。ゲントは投げ捨てられた荷物を拾い、背負い直してからウィリアの後を追った。
男はがんばって走ったが、人を背負っているし、ウィリアの走りにはかなわない。どんどん詰められる。
男は横道に入った。
ウィリアが追って入る。細い路地の向こうに逃げる姿がある。それを追った。
路地の奥は建物が不規則に建っていて複雑だ。男はしばしば横道にそれて逃げようとするが、ウィリアは追っている。近づいている。
細い道に入ったところで、姿が見えなくなった。
だが、行くところはひとつしかない。壁と建物の隙間から空間が見えた。それ以外に出るところはない。ウィリアはそこに入った。
隙間から入ったところはわりと広かった。あちこちに雑草が生えていて、墓が建っている。
「これは……放棄された墓地?」
ウィリアが周りを見回すと、ゲントが追いついてきた。
「わーっ!!」
悲鳴が聞こえた。
ウィリアとゲントは悲鳴の方向に向かった。
墓地の一角、大きな墓石が建っている裏である。
かけつけると、あの若夫婦がいた。そしてその前に、大きな骸骨が立っていた。骸骨は鎧を着けており、アンデッドの戦士らしかった。
若夫婦の女性は地面にうずくまり、お腹を守るように体を丸くして震えている。男は地面に尻を付けたまま、女性をかばうようにアンデッドを牽制していた。
「わああ! 来るなー!」
アンデッドの戦士が刀を抜いた。
ウィリアが飛び込んだ。
アンデッドが刀を振り下ろし、男を斬ろうとした。ウィリアはその寸前に割り込み、振り下ろした刀を剣で受け止めた。
アンデッドはウィリアに向かってきた。
大きな体をしているだけあって、アンデッドの力は強い。ウィリアは剣で攻撃を受け止め、その力を逃がす。
隙があった。
ウィリアはすかさず、アンデッドの腕を斬った。刀を持った腕が落ちる。そして飛び上がって頭蓋骨を破壊した。アンデッドを構成していた骨は崩れ落ち、鎧と骨がそこらに散乱した。
ウィリアは一息ついた。
そして振り返った。地面に座り込む若夫婦がいた。ウィリアに睨まれて恐怖の表情を浮かべた。
「ひっ!」
男は腰に付けていた荷袋を外し、差し出した。ウィリアの荷物だった。
追いついたゲントが背中の荷物を降ろして、中を確認した。
「あ! 金がない!」
ゲントの方の財布はほとんどカラになっていた。一方、薬などの荷物はほぼそのままだった。
ウィリアも、差し出された荷袋を開けて確認した。こっちの方の財布には金が残っていた。しかし三分の一くらいは減っているようだ。
夫婦は地面に頭をすりつけてお詫びをした。
「も、申しわけありません! 荷物を盗みました! 経営がうまくいかなくて、暴力団から借金をしてにっちもさっちもいかなくなって、妻も出産が近いのでどうしようもなく……。どうか、命だけはお助けください!」
ウィリアは二人を睨んだ。
「ほかに盗んだ物はないですか?」
女性の方があわてて、懐から小さな財布を取り出した。
「すみません。お金は借金を返すのに使ってしまいました。これで全部です」
財布から金を出した。五ギーンほどあった。
荷物を調べていたゲントが聞いた。
「薬を売ろうとは思わなかったのか?」
「実はそう思って薬屋に持ち込んだのですが、どれがどういう薬かわからないと買い取れないと言われて、売れませんでした」
「それもそうだな」
ウィリアは剣と財布を持ったまま、二人の前に立っていた。夫婦は震えながらお詫びをしている。女性のお腹は大きくて、出産は近そうだ。
「……」
ウィリアは財布に手を入れた。そして銀貨を取り出し、二人の前に置いた。百ギーン貨が五枚、五百ギーンあった。
「このくらいあれば、しばらくやっていけると思います。その間に仕事を見つけ、生活を安定させるとよいでしょう」
若夫婦はとまどった。
「で、でも、こんなことを、なぜ……」
「あなたたちを許したわけではありません。産まれてくる赤ちゃんを不幸にしたくないだけです。悪いと思うならば、子供を立派に育てることで償ってください。では」
ウィリアは向きを変え、来た道を帰った。ゲントもそれに続いた。若夫婦はずっと頭を下げていた。
「……甘いですよね」
路地を二人で歩いているあいだ、ウィリアがつぶやいた。
「甘いね」
ゲントが返した。
「ただ、あのお腹を見ていると、なんだか責めようという気が起こらなくて……」
「まあ、いいさ。君は、甘く生きられるくらい強いんだから、できる時はそうしたっていいだろう」
「ありがとうございます……。あと、わたしが許す権利もない、あなたの分のお金まで許してしまいました。きっとお返しします」
「いいよ。そんなの。許しても許さなくても戻らない金だ」
「そもそも、あの料理店で、もう少し注意すればよかったのですが……」
「だけど、荷物や財布持ちながら、戦える?」
「それはちょっと無理ですね」
「緊急事態だ。置いて行くほかなかった。もし盗まれることが確実だとしても、君は行ったと思う。つまり、しかたなかった。行ったことで何人かの命も救えたから、それでいいだろう」
「……そうかも、しれませんね」
もう少しで大通りに出る。
「まあ、ギルドからの仕事依頼もこなしましたし……墓のアンデッドを倒して……あ!! しまった! アンデッドを倒した証拠を持ってきてない!」
ギルド依頼を達成しても、報酬を得るにはその証拠を持って行く必要がある。たとえば魔物の体の一部などだ。ウィリアはなにも持ってきてなかった。
ゲントはふところから紙袋を取り出した。その中からアンデッドの下顎骨を出して見せた。
「あ! ゲントさん、いつのまに!」
「君が夫婦を睨んでいた間に取っておいた。甘く生きてもいいとは思うけど、この手の甘さはない方がいいね。損するだけだからね」
ウィリアとゲントは、アンデッドの骨をギルド事務所に持ち込んだ。確認に時間がかかり、報酬の五百ギーンが出たのは翌日になってからだった。
一部とはいえ金も戻ったし、旅をするには十分である。二人は街を出ることにした。ギルド事務所を出たときには昼近くになっていた。
「昼食を取ってから街を出ようか。何を食べよう」
「あの、お世話になったレストランに行きませんか? 挨拶をしておきたいし、最初に食べたパスタがおいしかったです」
「いいね」
先日のレストランに入った。店主がいた。
「おや、いらっしゃい。あれからどうなった?」
「おかげさまで、盗まれた荷物が見つかりました。今日は客として来ました。パスタを大盛りでお願いします」
「そうか。そりゃよかった。じゃあちょっと待っててくれ」
しばらくしてパスタが運ばれてきた。二人はそれを味わって食べた。
隣のテーブルに男たちが座った。一人が店主に聞いた。
「マスター、一昨日の、ゴリラみたいに強い女の子いないの?」
横にいる、鎧を着た女剣士が当人とは気付かないようだ。店主が答えた。
「あー、あの人は短期雇いで、もういないんだよ」
ウィリアは下を向いた。ゲントは苦笑していた。
街を出て、街道を歩く。
ウィリアが言った。
「強いと言われるのは普通に嬉しいのですが、ゴリラみたいというのは余計だと思います」
「傷ついた?」
「ちょっとだけ」
ウィリアは遠くの景色を見た。
「……でも、貴重な体験をしました。いろいろなことを学びました」
「たとえば?」
「お金が大切なこと。貧乏が辛いこと。そして、一般の方が苦労して働いていることがわかりました。理屈では知っていても、体感してなかったことです」
「そうか」
領国に戻れば、いい領主になれるね……とゲントは思ったが、言わなかった。言えばいやがられるに違いない。
二人は修行の旅を続けるため、街道を先へ進んだ。
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