キノン領国の森(1)

 朝になった。

 ウィリアが目を覚ます。

 横にゲントが寝ていた。ベッドがくっついていて、ベッドとベッドの間で手を握っている。

 先日、毒にやられたゲントの手を握りながら寝たら、朝には彼の魔力が完全に回復していた。一晩中手を握ることは、性行為による魔力回復のかわりになるのではないかと思った。

 ウィリアは握っている手にちょっと力を入れてみた。以前から感じていたが、ゲントの手のひらは、かなりゴツゴツした感触だった。

「……ん」

 ゲントも起きたようだ。

「おはようございます。ゲントさん」

「ああ、おはよう……」

「魔力の具合はどうですか?」

 ゲントは上体を起こし、自分の体の様子を確認した。

「……うん……回復している……。完全にあるようだ……」

「そうですか! では、手を握って眠れば、回復するのですね」

 ウィリアは安心した顔で言った。

「……うん……そうだね……」

 ゲントは、感情がこもらない口調で答えた。




 修行の旅を続ける。宿を出て道を進む。道は森の中を通っていた。明るいさわやかな森だった。

「ゲントさん、昨夜はこの辺で薬草を採ったのですか?」

「う、うん」

「どんなのがありました?」

「えーと……月見草とか……」

「月見草ですか。きれいでしたか?」

「あ、ああ」

「わたしも行けばよかったな」

「いや、夜露に当たるから来なくていいよ……」

「でもこの辺はさわやかな森ですね。緑がきれいです。あ、栗の花の匂いがします。もうそんな季節なんですね」

「ウィリア、先を急ごうよ」

 なぜかゲントはウィリアをかした。




 強い魔物を探すのも大変になってきている。二人は森の奥へ向かった。

 多少の魔素は感じるが、それほど強い気配はないようだ。

「あまり魔素を感じませんね」

「うん。ただ、これでも以前よりは強くなっている」

「そうなんですか?」

「以前……二・三年くらい前までは、この程度の魔素を感じると、けっこう強いという感触だった。最近は、以前ほとんどなかった土地でも魔素の気配がするようになっている。全般的に魔物が強くなっているのと関係があるのかもしれない」

 ウィリアは、黒水晶が二年ほど前に活動を開始したという話を思い出した。魔素の増加や魔物の強力化と、黒水晶の活動には、関係があるのかもしれない。

 ガサリ、と葉が揺れる音がした。

 ウィリアは剣に手をかけた。

 茂みの中から、巨大な芋虫が出てきた。一メートルほどある。

「ひゃっ!」

 ウィリアは思わず飛び退いた。

「あー、巨大化したイモムシか。これはたいしたことないね」

 ウィリアは後ずさりしたまま、固まっていた。

「虫、嫌い?」

「あまり得意ではありません……」

 普通のスライムとそれほど強さに差がない。倒すほどの相手でもなかった。これは放置して、先に向かった。

 しばらく歩いていると、ウィリアは背後の空中から、気配を感じた。

 剣を振るう。

 背後から飛んできたものは巨大アブだった。それは剣で切られ、体を二つにして地面に落ちた。

「得意じゃないわりには、ちゃんと倒すじゃないか」

「こういう、明確に危険があるのはいいんですよ。さっきのような、ブヨブヨしたものはなんか嫌で……」

 森を歩き続けると巨大アブやハチが時々襲ってきた。ウィリアが斬る。時々ゲントが風魔法で倒す。全体として、それほど手応えはなかった。

 歩き続ける。これ以上歩くと夜までに次の村へと着けなくなるが、野宿でも別にかまわない。

 森の中の道は、けもの道ではなくいちおう人間が通る道のようだ。ときどき立札が立っている。しかし、獣や魔物のせいか、大部分が壊れていて読むことができない。

 進み続けていると、気配がした。

「……?」

「……ん?」

 二人は戸惑った。魔素の気配は薄い。魔物ではなさそうだ。人間だろうか。こんな森の奥にいるとしたら誰だろう。野盗が隠れているにしても、奥すぎる。

 木の枝がザワッと音を立てた。

 ウィリアとゲントの目前に現れた者がいた。

 二人いる。女性だった。若い女性のようだ。

 一人は、身軽な服装をしていて、手に短剣を持っている。

 もう一人は金属製の鎧を着込んで、剣を持っている。

 短剣を持った方が、ウィリアとゲントを睨んで言った。

「そなたたち、何をしに来た!?」

 ウィリアが戸惑いながら言った。

「怪しい者ではありません。ただ、魔物狩りをしてるだけです」

 短剣を持った女は首をかしげた。

「……いや、怪しいな。間者ではないか?」

「間者?」

 ウィリアが戸惑っていると、短剣を持った女が踏み込んできた。ウィリアを狙って、短剣を振り向ける。

 ウィリアはそれをよけた。

 もう一人の、剣を持っている女もウィリアに向かってきた。剣を振り回す。

 だが、ウィリアの動きはすばやい。二人がかりで攻撃してくるが、体をかわして余裕があった。

「く……」

 二人の女はゲントに目線を向けた。攻撃対象を変えたようだ。踏み込んでくる。

 ゲントは荷物を背負っているのでウィリアのようにはすばやく動けない。しかし体の向きを巧みに変えながら、相手の攻撃をかわした。

 ウィリアが向かってきた。

 剣で女の持っている短剣を、またもう一人の持っている剣をたたき落とした。剣先を二人に向け、威圧する。武器を落とされた二人の女は後ずさりし、真剣な目でウィリアを睨んだ。

「……」

「……」

 ウィリアと二人の女が見つめ合った。

「ちょっと待ってよ」

 後ろからゲントが声をかけた。

「僕たちは本当に魔物狩りしていただけだ。間者でも何でもない。命のやりとりをする前に、話し合って理解してもらえないかな?」

 二人の女はそれを聞いて表情を変えた。戦いでは不利だとわかったので、ゲントの言葉に従おうと判断したようだ。女の一人が言った。

「……わかった。まず、そなたたちが何者か説明してもらおう」

「わたしは修行中の剣士です。強くなるため、魔物狩りの旅をしています」

「僕は薬屋だ。いまは彼女の従者として、一緒に旅をしている」

「……」

 二人の女はそれを聞いて、嘘ではないと判断したようだ。

「……われわれは、あるお方のしもべとしてこの森を守っている。ここは立ち入り禁止だ。すぐ立ち去るが良い」

 ゲントが答えた。

「立ち去るって言っても、もうだいぶ入り込んだので、ここで野宿しないといけないんだけど……」

「いや……野宿は困る」

「それに、立入禁止なんて書いてなかったよ」

「立札があったはずだが?」

「ああ、それらしきものはあったけど、壊れて読めなかった」

「え? 本当?」




 四人で少し戻って、立札のあるところまで来てみた。立札の残骸があったが、壊れている。

 鎧を着た女が言った。

「あー……。一週間前に直したばっかりなのに……」

 身軽な方の女が言った。

「最近、魔物が多くなってるから……」

 二人は実際に森の管理をしているようだ。

「ところで、このお二人はどうしてもらおう……。野宿させるのもダメだって言われてるし……」

「どうするか伺ってみたら?」

「そうね……」

 身軽な方の女が、ウィリアとゲントに向き直った。

「これからある方に、あなた方をどうすればいいかお伺いを立ててくる。その間、悪いがここにとどまってはもらえないか」

「わかりました」

「うん、待っている」

 身軽な方の女が森の陰に飛び退き、見えなくなった。鎧を着た方の女が残された。居心地悪そうにしていたが、ウィリアとゲントは危険な者ではないと理解はしているようだ。




 やかたの中。

 身軽な方の女が、館内の一室の、扉の前にひざまづいた。

「子爵さま、お取り込み中でしょうか?」

 部屋の中から声が聞こえた。

「アカネか。なんだ」

「森の中に、入り込んだ者がおりまして……」

「……」

 扉が開いた。ガウンを着た若い男が出てきた。

「話を聞こう。入り込んだ者とは?」

「旅人のようです。二人組で……」

「侵入者は排除せよと言っているだろう」

「それが、かなり強くて、力での排除は無理のようです」

 ガウンの男の眉がゆがんだ。

「強い……? まさか……妻の間者じゃないだろうな……?」

「いえ、おそらく、ただの旅人のようです」

「風体は?」

「男と女の二人で……」

「女?」

 男が興味を示した。

「はい。女の方は、鎧を着ていて、修行中の剣士と言っていました。まだ若く、おそらく二十歳になっていないか、そのくらいで……」

「へえ……。その、かわいい?」

 女はやや斜めを向いて答えた。

「かわいいかどうかは、それぞれ基準がありますので、答えかねます」

「かわいいんだね?」

「……まあ、かわいいと判断されるかもしれませんね」

「ふーん……。男の方は?」

「二十代くらいの、わりと体格がよい男でした。旅の薬屋で、今は女の従者をしていると言っていました。こちらもかなり体の動きは切れる者でした」

「ふむ。女剣士と従者ねえ……」

「夜までに森を出られないので野宿したいと言っていました。一晩の野宿を認めて、明日帰るように言おうかと思いますが……」

「いや……ちょっと待って」

 男は少し顎に手を当てて考えた。

「なんだか興味がある。会ってみよう。連れてきなさい」

「えー? 会うんですか? 旅人には、あまり会わない方がいいんじゃないんですか?」

「まあ、因果を含めれば秘密は守るだろう。応接間に連れてきてくれ。待ってるから」

「……わかりました」


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