湖畔
「ウィリア、朝だよ……」
ゲントの声がした。
「ん……。おはようございます」
ウィリアは目が覚めた。
ゲントはすでに服を着ていた。彼の服は、昨日の魔物との戦いで、ところどころ破れていた。
ウィリアも起きようとする。布団を払った。
裸だった。
慌てて布団を戻す。
昨夜何があったのか、はっきり思い出した。ウィリアの顔が赤くなった。
ゲントも気まずい顔をした。
「あっ……。僕はこっち見てるから、着替えて……」
ゲントは向こうを向いてくれている。
ウィリアはベッドから起き上がった。包帯を巻いている以外は全裸だった。もう一つのベッドのところまで行って、自分の下着をつける。
昨夜は血だらけだったはずだが、ウィリアの体には血の跡はついていない。
体にも、痛いところはどこにもない。包帯を外してみた。かなり大きな傷がついていたはずだが、その跡はなかった。
「ゲントさん。治してくれたのですね」
ゲントは向こうを向いたまま頷いた。
宿の食堂で、簡単な朝食を食べた。主人がやってきた。
「おお、元気そうだな」
ゲントが答えた。
「おかげさまで。案外すぐ治ってね」
「ちょっと、布団とかシーツとか確認させてもらうぞ。部屋に貴重品は置いてないな?」
「ああ、確認してくれ。血はついてないと思うよ」
「そうか?」
主人は二人の泊まった部屋に、シーツがだめになっていないか調べに行った。
ウィリアが言った。
「シーツの汚れまで治したのですか?」
「ああ。……君のおかげだ」
枯渇した魔力を補うため、ウィリアが協力した。その協力した方法について再度思いだし、ウィリアの顔がまた赤くなった。
ウィリアとゲントは宿を後にした。宿の主人はシーツが血で汚れていないのを見て不思議だ不思議だと言っていた。
「今日はどこに行く?」
ゲントが言った。表情は、いつもの飄々とした笑顔に戻っていた。
「少し行ったところにパセルという湖があって、周辺の森に手頃な魔物が出るようです。そこに行きたいと思います」
二人は並んで道を歩いた。
「ところで……」
ウィリアが言った。
「ゲントさん、その服、あちこち破れてますよね。魔法で鎧の破損も治したのに、服は治せないのですか?」
「うん……」
ゲントは自分の服の破れを見た。これから夏に向かう季節だからまだいいが、寒い時期では辛いだろう。
「これが破れたのが、魔力が枯渇してからだ。治癒魔法というのは、傷ついた直後や死んだ直後にはよく効く。物品だったら破壊されてすぐ。だが、時間が経つと効きにくくなる」
「ああ、鎧の場合には、直後に魔法を使ったため修復できたのですね」
「そうだ。これが人間とか動物なら、その生命力を利用することで時間が経っても治癒できることもある。だけど物品は難しい。この服はもう修復できないんだ」
ウィリアも、鎧には風魔法の傷はつかなかったが、鎧の下に着る服にはいくつも穴が空いて、ぼろぼろの状態になっている。
ウィリアが言った。
「わたしは魔法のことをよく知りません。いろいろ聞きたいことがあります。教えてください」
「答えられることなら」
「あと……他にも聞きたいことがあります。ですが、落ち着いてからお訊ねしようと思います」
森の中にパセル湖があった。それほど大きくはないが、円形をしていて、水が澄んでいる、きれいな湖である。
人は来そうにない。湖畔の適当なところに荷物を置いて、ウィリアは魔物退治、ゲントは薬草採取を行った。
昼食をとった後、ウィリアはゲントにいくつか質問をした。
「魔力というのは、女性を抱かないと回復しないのですか?」
「何もしなくても徐々に回復していくんだけど、時間がかかる。僕の場合は、使い切った状態から、一週間ぐらい経たないと完全には回復しない」
「女性を抱けば完全に回復しますか?」
「だいたい、そうだ」
「そういえば、あなたが女性を買ったのは、野盗の討伐や、わたしを治療した後でした。魔力を回復するために娼館に行っていたのですね。女性を抱きたいわけじゃなかったのですね?」
「……あ……いや……。抱きたいわけじゃなかったとか……そういうことでもないです……」
「あ、そうですか」
二人はカップでお茶を飲んだ。
「……あなたは、なぜ旅をしているのですか」
「君と同じで、修行かなあ。治癒師としての」
「修行して、どうするつもりですか?」
「……どうするんだろう。自分でもわからない」
「人生の目的などは、ないのですか?」
「あまり、考えてない」
ウィリアはいぶかしげな顔をした。
「どこの領国でも優秀な治癒師を必要としています。どこかに仕えようという気はないのですか?」
「ない」
「もしもの話ですけど、もし、出世する気があるなら、わたしがいま領国に帰れば、あなたを取り立てることができます。あなたには命を助けてもらいました。お礼として、男爵格の地位を用意することは可能です。
領国に仕えるのがいやならば、王国に紹介することもできます。そういうつもりもないですか?」
ゲントは首を振った。
「……ありがたいけどね、それもない。君が領国に帰ることは賛成だが、僕はどこにも仕えるつもりはない。一介の冒険者として、旅を続けるつもりだ」
「そうですか……」
ウィリアはお茶を飲んだ。
「なぜ、わたしに目をつけたのですか?」
「前衛の仲間が欲しかったからね。これでも人を見る目はあるつもりだ。君が強いと思ったのは間違いじゃなかった」
「……強くなんかないです。何度も負けたのを知っているでしょう。あなたがいなければ、もう、命はありませんでした……」
「強いよ。強いけど、ここまで強情で向こう見ずだったのは、ちょっと予想以上だった」
「……」
ウィリアはちょっとむすっとした。
「……だけど、君に寄り添うことが、僕の修行にもなっている。まだしばらく、一緒にいさせて欲しい」
「こちらこそ、お願いします。あと……」
ウィリアは少し口ごもって、言った。
「魔力が少なくなったら、言ってください。回復に協力します」
赤くなった。
「ありがとう。協力してもらうかもしれない」
夜になった。湖畔で野宿をする。
月が湖面に映っていた。
ウィリアとゲントは焚火の前で、並んで座っていた。干し肉などを暖めた。
肩が触れる。
ゲントはウィリアの方を見た。
ウィリアは見つめ返した。
「……」
ゲントは無言のまま、右手で彼女の肩を抱いた。
体を寄せる。
左手で、ウィリアの体に触った。
鎧の隙間から手を滑り込ませ、下着に差し入れ、ウィリアの胸を触った。
ウィリアの体を草の上に倒し、その上に覆いかぶさった。
ウィリアがとまどった表情で言った。
「あ、あの……」
「ん?……」
「ゲントさん……性行為をするのですか?」
「……あ……うん……」
「魔力が少なくなったのですか?」
「……いや……魔力は十分にある……」
「ということは、楽しみのために性行為をしたいのですか?」
「……あーー……。その……。まあ……。そうだ……」
ウィリアは悲しげな顔になった。
「……魔力補給のために体を使われるのは覚悟しています。ですが、あなたとわたしは仲間ですけど、夫婦でもないし、恋人でもないです。そんな関係で楽しみのために性行為をするのは、あまりにも、はしたないような……」
「………………」
ゲントは体を離した。
「……君の言う通りだ……」
ゲントは恥ずかしそうな顔をした。少しウィリアから離れて、焚火の前に座った。
ウィリアが体を起こして言った。
「あ、ですが、どうしても我慢ができないというのなら、いいですよ。性行為をしても」
「……」
ウィリアからはゲントの表情は見えなかった。
「……いや、いいんだ。……あと……」
「?」
「勝手に胸を触って、ごめんね」
「あ、はい」
ウィリアは、謝り方がかわいいな、とちょっと思った。
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