第37話 野球はお好きですか?


☘美空 side


中学3年の春、我々美術部に野球部の応援用タペストリーの作成依頼が来た


美術部員も私と愛の評判を聞いて、かなりの人数入部してきた、しかし皆私達にお近づきになりたいと言う軽い気持ちの入部希望者で有る事は一目でわかった


「はいはい、静かに~本日は野球部の応援に使うタペストリーのデザイン案を各自に課題で仕上げてもらう」


『むずかしそー』『デザインしたことない・・』『私にはむりぃ』ザワザワと情けない事を言う部員にイライラを感じる・・・


(芸術をお遊び感覚でとらえてるから、そんな言葉しか出てこないだ!)


そんな時、2年になった愛が立ち上がり手を叩いて皆に言い聞かす


「はいはい、皆~デザインが難しいとか言う前に、この美術室に色々資料もあるから先ずそれを見て真似してみて」


『真似でいいなら・・・出来そう』『うんうん一緒に資料見てみよう』


私は自分の物差しでしか人を判断できない、両親や回りの人達はそれを欠点の様に言う、確かに愛の様に出来ない人の目線に立って接する事が出来たらなら私の周りは幸せなのだろう


だが・・自分の事は?既に高みに居る者は、さらなる高みを目指したい、さらに高め合いたいと思ってはダメなんだろうか?


そんな自分と同じ目線の人が居るだろうか・・・私には居ない・・両親も学校の教師も・・美術部の顧問も・・・習い事の先生達も


誰も私を批判しない・・・否定しない・・・反論しない・・・・


そんな時・・・・「お~い!愛ぃぃ今日は俺、休養日だから待ってるし、一緒に帰ろうぜぇマクド奢るよ~」


美術室の入り口からそっと顔を覗かすのは織田君だ


『きゃぁぁ織田先輩ぃぃ』『カッコいいぃぃ』『やっぱり瀬川先輩と付き合ってるのかなぁ?』『ええぇぇいいなぁぁあんな素敵な彼氏私も欲しいぃぃ』


「こらぁぁアンタたち、私と信一は付き合ってません!それと今は私のお話し中です!しーずーかーにぃー!」


部員に対し指を立てて怒る愛に部員も笑顔で従う、その指を入り口の織田君に向けて今度は怒りだす


「信一ぃぃぃぃ、今私、部活中!!そもそも野球部の応援タペストリー作る為にこうして皆でミーティングしてんだし邪魔すんなぁぁ!」


織田君は愛の怒声に驚きの表情で慌てて美術部の前から逃げていった


「ふふっ、ジュニア世界選抜の指定強化選手も愛の前では形無しだな」


日頃冗談を言う人間では無い私の発言に部員はポカーンとしていたが「アハハハ、やめて下さい美空部長ったらぁ」


愛の屈託のない笑い声に部員たちもクスクスと笑い出す、こういう子が皆から愛される子なんだろうな・・・



それから1週間後、美術部で皆のデザイン案をお披露目する事になった、講評は野球部の監督、美術部顧問、そして部長の上杉 誠也君達3年生12人と2年生で唯一のレギュラー織田君だった。


美術室に設けられたパーテーションに画用紙で描かれた其々のデザイン案となる下絵を掲げる

先入観や忖度を防ぐ為、名前はあえて伏せて各々のデザインには番号を割り振った


私のデザインは夏の大会に相応しく燃えるような熱気を色と模様に込めたデザイン、番号は5番だ


当然気になる愛のデザインは私と対称的に青を基調とした下地に雲を連想させる白い模様、汚れた白球が宙に舞い上がるデザインだった番号は2番


他の部員も中々良くかけていたが、やはり技術の部分で私と愛が頭一つ以上抜けている、しかし今回は自信があった愛のデザインは「大会を頑張れ!」というメッセージ性が薄い


「では、これから審査に映ります、監督と顧問からお聞きしますので気に入った番号を答えて下さい」


「まず野球部監督から」「5番」「次に美術部顧問」「5番」


まずは、私が2つリードした「次に上杉キャプテン」「5番」「次・・・・」


此処までで既に私が7票獲得して愛が6票、他の人のが1票と私の優位で最後の審査員である織田君が答える


「では最後に2年の織田君」「2番」


最後の最後で織田君の票が愛のデザインに入り同点に、私と愛のデザインについての決選投票が行われる事になった


「では無記名での投票の結果、5番のデザインに決定しました」


結局他の人に入れていた3年生の男の子が最終私に票を投じ私のデザインが採用された


美術部内で拍手が起こり、審査会は終了となる。しかし私の目は一人の様子に釘付けになる、それは織田君だった


「ねぇ織田君すこし話がしたいんだけど、時間いいかな」


私は帰宅しようとしていた織田君を下駄箱の近くで待ち伏せしていた


「はい?何でしょうか?美空先輩」


「ここじゃ何だが戻る様で悪いけどもう一度、美術室に来てくれないか?」


美術室には先ほどのデザインがそのまま飾られたままだった


「君は決定したデザインに納得してない様子だったが理由を聞かせてもらえるかな?」


すると織田君は一瞬驚いたが、少し悲しそうな笑顔を作ると頭を掻きながら答えてくれた


「見られてましたか・・そうですね・・・5番のデザインは確かに情熱的で力強さが感じられるデザインです、それこそ大会で全力を出しきれ!ってメッセージを感じます」


「確かに・・そう感じるだろうな・・だがそれの何が気に食わない?」


「いえ、失礼を承知で申し上げるなら多分このデザインを描いた方は野球部を応援するのでは無く大会でいい結果を残せる様に頑張れ!そうイメージして画いたのでは無いでしょうか」


織田君の物言いに瞼がピクつく


「それの何が不満だ?大会で結果を残す為に野球部員は頑張ってきたのだろう?その為に後押しするイメージのデザインの何処に問題がある?」


すると織田君は私を真剣な目で見つめる・・この目だ・・この私の身体・・いや心の奥まで見通す様な目・・体の奥からゾクゾクして動悸が強くなる・・胸が苦しい


「先輩・・俺はそうは思いません・・大会で結果を残す為に野球を頑張った訳じゃ無く、野球を頑張った積み重ねが大会での結果に結びつくと考えてます」


「で、では2番を推した理由はなんだ!?やはり幼馴染の作品だからか!?」


私は自分で言ってて情けなくなる・・・私はこんなみっとも無い女か?いち野球部員のしかも年下の男の子一人に認めて貰えないからとムキになって・・・


「すいません、2番が愛の作品だというのは直ぐに分かりました、5番が先輩の作品だという事も・・・」


「やはりそうか、君がそんな人間だったなんて幻滅だよ!」


「・・・美空先輩は野球が好きですか?」


「はぁ?それが今なんの関係が「野球部の事は?野球部に好きな人はいますか?」・・なに?!何が言いたい!!」


織田君は私の作品をそっと悲しそうに見つめる・・・


「俺この作品で応援されたら、「大会勝たなきゃ!!負けれない!!」って思っちゃいます・・・」


「はっ!それで良いじゃないか、それの何が悪い!」


「でも、こっちの2番の作品で応援されたら「今まで頑張ってきた事を全力で出し切ろう!!、皆で楽しんで行こう!」って思います・・・」


「!?」


「きっと、先輩のデザインも間違って無いと思います、部員の中の特に卒業のかかる3年の人たちには大会に賭ける思いが先輩のデザインに共感できたと思います」


そう言うと織田君は私の方を向き直り優しく微笑むと・・・


「でも、俺はこの大会を尊敬する先輩達と一緒にプレイ出来る最後の機会だと思ってます・・だから皆で楽しんで全力で野球出来たらそれが一番って思っただけです」


織田君が愛のデザインに視線を向けるのに合わせ私も愛の作品を見つめる・・・


「愛が、こういう作品を画けたのは俺達の事を間近で見て、感じて、一緒になって体験してたからじゃないでしょうか」


そう言いいながら織田君は苦笑する


「でもっ、ふふ、本当の事言うと愛の作品にも満足はしてないんですよ、ふふ」


「では・・君の想うデザインってなんだい?」


「そうですね・・みんなで楽しみながら、全力で戦って勝とう!ってそんなデザインがあれば素敵ですね・・・」


つまり・・・愛と私の良い所を足した様な作品という訳か


この時私の中で今まで感じた事の無い熱いモノが込み上げて来る感覚を覚えた。



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