強欲悪女と奴隷従者

南の月

第1話 高飛車女という奴は

「贅沢三昧、良いご身分だよな。働いたこともない、飢えたこともないお嬢様にはわからない世界だろうよ」

「この無礼者が!」

 女の護衛が力の限り俺の頭を床に押さえつける。

「うるせぇ! 不敬罪ってか。殺すならさっさと殺せばいいだろ!」

「ふぅん」

 頭上から、女の声がおりてきた。

 自分の優位を疑わない高飛車な声だ。

「お前は死にたいの。ならお前は殺さない。そうね……罰は、一年間私の忠実なしもべとして私に仕えるというのはどうかしら? ふふふ。一年の間私の言葉は絶対よ」

 俺を見下ろし、余裕たっぷりにふふふと笑う女に背筋がぞっとした。

 こうして俺は高飛車女の下僕になった。

 死んでもいいと思っていたけれど、奴隷の首輪をつけられるとは。



 何でこうなったかって?

 そりゃあの時の俺は、もう死んでもいいと思っていたし、高飛車女を見て猛烈に腹が立ったからだ。

 まぁ……どうせ死ぬなら、何やってもいいかと思ったわけだ。

 ちょっと見目がいいからと手を出されかけた母。

 自分の旦那がメイドにご執心と気づいた正妻は俺たちを追い出した。

 母の名誉のために言うが、母から誘った訳ではない。

 むしろ母は失礼にならないよう避けてたと思う。

 執事や侍女長に話して、目につかない下働きの仕事に変えてもらったくらいだ。


 それでも咎められるのは、俺たち平民。

 それでも苦労するのは、俺たち平民。


 正妻の怒りの感情のままに追い出された俺たちには、紹介状すらない。

 父はもう既に他界している。

 そもそもあの屋敷で仕事していたのだって、住み込みで仕事ができるからだ。

 だから追い出された俺たちには家すらない。

 それでも母は有り金全て使って粗末な家を借り、どこかから仕事を見つけてきて、朝から晩まで頑張っていた。

 俺も少しは役に立ちたくて、荷運びの仕事とか馬に餌をやる仕事とかやってたんだ。

 でも俺はまだギリギリ子供だったし、学もねぇ。

 そんな俺ができる仕事なんてたかが知れてて、それに払われる給金なんて子どものお小遣い程度。

 生活を楽にすることなんてできない。

 早く大人になりたい。

 もっと大きくなったら、ちゃんと稼いで、母を楽させたい。

 そう思って生きてきた。


 だが、突然母は死んだ。

 多分もう限界だったんだ。

 母は日が昇る前に起きて仕事をし、夕方家に帰ってくるものの、俺と一緒にご飯を食べるとそのまま夜遅くまで内職の仕事をしていた。

 いつも母のご飯は少なかった。

「母さんは、昼職場で豪華な賄いが出るから、大丈夫。食べ盛りのあんたが食べなさい」

 そう言ってた。

 今思えば嘘だったんだろうな。

 その日は俺の誕生日だった。

 俺はいつも通り配達の仕事に出ていたし、母も仕事だと思っていた。

 だが、仕事に行っていたはずの母は道でふらっと倒れ、その直後に来た馬車に轢かれた。

 騒ぎを聞いた人の中に近所のおばちゃんも居て、慌てて俺を呼びにきた。

 俺が来た時母は掠れる声で「おめ、でと」と言った。

 周りに散らばるジャガイモやほんの少しの肉の削りカスを見て、俺の好物のコロッケを作ってくれようとしていたことがわかった。


 まぁ不幸ではあったけど、急に倒れてきた母を避けられなかっただろうし、馬車の主に過失はない。

 ただ……。

「汚らわしい平民ごときが、私の馬車を止めおって! 馬車に傷がついていたらどうする!」

 そう言ってそのまま去っていったのは許せない。

 同じ人間なのか? いや違うか。

 あんなのと一緒にされるなんてこっちから願い下げだ。

 貴族って野郎はいつもそうだ。

 俺ら平民を人とも何とも思ってない。

 だから平気で手を出せる、だから平気で家から追い出せる、だから平気で馬車で轢けるんだ。

 母はあのあとすぐに死んだ。

 屋敷を追い出され、ギリギリの生活をしてた俺たちに、医者にかかる金なんてない。

 母は途切れ途切れに「一人、残し、て、ごめん……ね」と言って旅立った。

 母がいなくなるとすぐに家賃が払えなくなった。

 今まで以上にがむしゃらに働いたが、たった二ヶ月で追い出されてしまった。

 それからは物乞いをしてみたり、外で寝ようとしたけれど、明るい安全なところではしっしっと犬のように追い払われた。

 追い払われて行き場のない俺が辿り着いたのは、案の定スラムと呼ばれる地域で、一日目にして袋叩きにあい、身ぐるみ全部剥がされた。

 

 俺は何やってるんだろう。

 なんのために生きているんだろう?

 母もいない。父もいない。家もなければ、金もない、おまけに服までない。

 死んでもいい……。

 そう思うのに、体は正直で空腹ばかり訴えて死なせてくれない。

 なんだか笑えてくる。

 近くで倒れていた奴が身につけていたボロ切れを奪い、道を歩く。

 明らかに薄汚れ、異様な俺にみんなどんどん避けていく。

 そこで会ったのが高飛車女だ。

 全身綺麗な服を身につけ、有名な菓子店から出てきた高飛車女は後ろに控える男に大量の箱を持たせていた。

 すぐに貴族だと分かった。

 馬車すらあんなピカピカなんだ。

 一箱くらいいいだろう?

 今まで俺が奪われてきたものに比べりゃ安いもんさ。

 今度は俺が奪ってやる。

 当たり前だが、何の訓練も受けず、数日まともなものを食っていない俺と護衛の力は雲泥の差で、あっと言う間に取り押さえられ、冒頭のざまだ。


 

 俺の主……あぁ、高飛車女だ。

 高飛車女の奴隷としての暮らしは、本当に大変だった。

 奴隷になったその日高飛車女はこう言った。

「まぁ嫌だわ。そんな汚らしい格好で私の横に立たないでちょうだい」

 翌日はこう。

「その陰気臭い前髪どうにかならないの。そんな顔で私の前に出ないでちょうだい」

 またある日はこう。

「本当にお前は使えないわね。木偶の坊みたいにぼんやり立ってるだけじゃない!」

 俺はストレスの捌け口として奴隷になったのだろうか。

 高飛車女が罵ると、その後は必ず眼鏡がやたら似合う専属執事が俺を回収して、これまたすごい剣幕で身なりを整えたり、マナーを叩き込むのだ。

 眼鏡執事は本当スパルタで、厳しい。

 首輪さえ無ければ逃げ出せるのに……。

 あぁぁぁ! くそったれ!

 前髪も切り、身なりも整え、姿勢やお辞儀の角度、言葉遣いもやっと覚えた。

 覚えるまでに高飛車女からどれだけ暴言を吐かれたことか。

 もう何も指摘できまいと思ったら、次は紅茶を入れろと言う。

 そして案の定。

「これは本当に紅茶なの? 苦すぎるわ。貧民の舌は雑なのねぇ」

 紅茶だけじゃない。

 俺の字を見た高飛車女は、「こんな、みみずがのたうち回ったような字誰が読めるというの」なんて言う。

 こちとら貧民だ。

 読み書きできるだけですごいことだというのに、高飛車女は俺を馬鹿にすることにかけては世界一だ。

 その後? ……聞くなよ。

 紅茶も字も、もちろん眼鏡執事の特訓に決まってる。地獄だ。

 まだまだある。

 高飛車女は、「あぁ。退屈だわ。ちょっとお前たち戦ってみなさいな」と言い出した。

 お前たちと言うのは、あの日俺を取り押さえた護衛と言わずもがな俺である。

 もちろん瞬殺で負けた。

「退屈しのぎにもならないじゃない。次までに少しは私を楽しませられるようにするのね」

 もちろん答えは「はい」である。

 なぜなら一年の間は絶対服従だからだ。

 この日を境に護衛と俺の地獄の訓練が始まった。

 まぁでもこれは意外に面白かったのだ。

 毎日高飛車女からの無理難題、暴言ばかりでストレスが溜まっていたのか、地獄の特訓は俺の息抜きになった。

「わがままばっかり言ってんじゃねぇよぉぉぉ! くそ高飛車女が!」と心の中であらんかぎりに罵倒しながら剣を振ると実に爽快なのだ。


 高飛車女は俺を馬鹿にするのが世界一だと思っていたが、それは俺の自惚れだった。

 俺だけじゃない。

 ありとあらゆる人を馬鹿にするのが世界一なのだ。

 ある秋の日、高飛車女は「そろそろ服が欲しいわね」と言い出した。

 服なんて死ぬほど持っているだろうと思ったが、奴隷の俺が言えることは何もない。

 服が欲しい。そう言った一時間後には、応接室に王都でも有名なドレスショップのデザイナーがドレスやワンピース、外套などありとあらゆる服を山ほど抱えてやって来た。

 これ店の在庫全て持ってきたんじゃないか?

 高飛車女のわがままにこれだけ素早く対応できるなんて、やはり有名な店はすごい。

 だが、高飛車女は違う。

 持ち込んだドレスや服を一つ一つ粗を探すように見分する。

「まぁ、この色とこの色はセンスがないのでなくて? 一昔前の流行よ」

「このドレスを縫った者は、目が悪いのかしら。こんな縫製ではちょっと引っ掛けただけで破けてしまうわ。私に笑い物になれというの?」

「レースをつければいいってもんじゃないでしょう。本当平民のセンスは理解しかねるわ」

 結局その日高飛車女は持ち込まれたドレスや服の全てにいちゃもんをつけつつ全て買い、去年買ったという外套やマフラー、ワンピースを「これで勉強するといいわ」なんて言って押し付けた。

 買うのかよ!

 わざわざいちゃもんつける必要あったのか?

 本当に高飛車女は性格が悪い。


 あとびっくりなのだが、家柄がいい高飛車女は王太子の婚約者なのだそうだ。

 こんなののどこがいいんだ? 家柄か? そりゃそうだな。

 またある時高飛車女は自宅で夜会を開いた。

 この頃になると俺は高飛車女に連れられて、何度か茶会や夜会に出たけれど、高飛車女の開いた夜会ほど豪華なものはなかった。

 特に食事や飲み物には力を入れて、他国の料理なども再現していた。

 土産も王都有名店の新作スイーツにこれまた有名ドレスショップの刺繍入り絹のハンカチ、精緻なデザインが好評の木箱などなど大盤振る舞いだ。

 まさに贅沢の極み。

 夜会に出す料理のために俺まで、あっちこっちの店に走って材料を探したり、他国のレシピ本を読む羽目になったから、本当にこの夜会の準備は大変だったんだ。

 え? なんで他国のレシピを読めるかって?

 そんなのあの高飛車女のせいに決まってるじゃないか。

「腕が疲れたわ。お前、この本読み上げなさい」といつものように無茶を言うから、他国の本を音読する羽目になったのだ。

 もちろん語学なんて学んだことないから、やれ発音が変だの、何を言っているかわからないだの、あーだのこーだの文句をつけられたし、その日から眼鏡執事による地獄再開だよ。

 そういうわけで、日常会話レベルならなんとなくわかるようになったわけだ。

 どうせ俺にできるはずがないのだから、それで文句をつけてやろうと思ったんだな。

 お望み通り完璧に音読できるようになってやったぞ。

 ざまぁみろ。

 そう思っていたら、さらに難しい本の音読になった。

 くそっ!


 そんな地獄のような日々も残り1か月に迫ったところで、高飛車女がこんなことを言い出した。

「お前の顔はもう見飽きたわ」と。

 お? じゃあこの地獄の日々ももう終わりか?

 首輪外してもらえんのか?

 そう期待する俺に高飛車女は続ける。

「お前、私のために働いてきて。もう手筈は整ってるわ。私の名に泥を塗るのは許さないわよ」

 そのまま俺はいつも通り眼鏡執事に回収され、馬車に乗せられ、そのまま王宮にやってきた。

 いつ首輪が外されるのかと思っていたが、首輪は外されないままだった。

 寮に案内されここに住むよう指示される。

 俺は下級文官になったようだ。

 大方高飛車女は、俺に高飛車女に有利な情報を掴んでくるか、王宮での手駒として生きろと言っているのだろうが、明確に指示されたわけではない。

 何か言われるまで普通に働くことにする。

 どんなわがままも叶う高飛車女にはわからないかもしれないが、世の中には思い通りにならないこともあるんだぜ。

 王宮で働き始めた俺は、あの高飛車女が強欲悪女と呼ばれてることを知った。

 ちなみに高飛車女の婚約者である王太子は光の王子と呼ばれている。

 輝くばかりの金髪と立太子してから王都の貧困率が回復したり、他国も注目し出すほど栄え始めたから、王太子はみんなの希望なんだとか。

 貴族は俺たち平民なんて人とも思っちゃいねーから、王都の貧困率なんてどうでもいいと思ってるくせに。

 げぇー。

 そんな希望の光の伴侶が我儘放題、贅沢放題、傍若無人な女であること、そしてそれが後の王妃になることを多くの……本当に多くの貴族が嘆いていた。

 まぁ、あの高飛車女の贅沢は規格外だからな。

 わからなくもないが、俺からすればお前らも十分傍若無人だ。

 俺は母に似て顔がいい。

 顔がいいもんだから、この王宮で何人の女に迫られたことか。

 薬を盛られそうになったこともある。

 な、傍若無人だろ?

 もちろん眼鏡執事や堅物護衛とありとあらゆる地獄の特訓を受けてきた俺は、そんな安っぽい女に引っかかることはない。

 時に笑顔で、時に言葉で、時に早足で? 華麗に逃げる。

 まぁ、大体の女は俺の首輪であの高飛車女の持ち物だとわかるからすぐに凄い勢いで引いていくので、それでも来る女は面倒な女一択だ。

 引っかかるわけがない。

 それに平民の使用人に当然のように手をあげる奴、罪を擦り付ける奴、罵倒する奴……たくさん見た。

 これのどこが傍若無人じゃないというのか。

 高飛車女だけじゃない。

 貴族なんてみんな糞野郎だ。


 仕事自体は簡単だった。

 こんなのあの高飛車女の無理難題に比べれば、朝飯前だ。

 俺に手駒としての仕事をさせたいのかと思っていたが、意外にも高飛車女から連絡は一度もなかった。

 もう俺なんかのこと忘れたんだろう。

 飽きたって言ってたしな。

 言葉通りだったってわけだ。

 そう思っていたが、一ヶ月が経った頃突如眼鏡執事が来た。

「貴方の首輪を回収しにきましたよ。よかったですね。奴隷解放です」

「え?」

「一年ですよ。約束の一年が経ったので、貴方の罰は終わりました。さ、それを返しなさい」

 ノロノロとあまり働かない頭を働かせながら、あの高飛車女の家紋が刻まれたネックレスを眼鏡執事に返す。

「はい。確かに。あぁ。最後にこれ解放祝いですよ」

「どういうことだ。最後の一ヶ月俺はあの女のために働いてなんかいないぞ。そもそもあれは罰じゃないか。祝いなんておかしいだろ」

「そんな顔して、もうわかっているでしょう。あぁ、祝い金は我が家の見習い従者の給料を元にしています。これから頑張って下さいね。お嬢様の名に恥じないように。それでは」

 顔が歪んだ。

 泣きたいような、怒りたいような。

 やっぱりむかつくな。

 いつでもその気になれば引きちぎれるような家紋入りのネックレスを首輪と言って、奴隷とか勝手に言いやがって、暴言を吐いて。

 結局あいつは俺を真っ当に生きられるよう教育して、仕事を与えただけじゃないか。どこが罰なんだ。

 お前みたいな貴族……貴族野郎なんて大嫌いなんだ。

 大嫌いなんだよ……。


 首輪がなくなっても俺の日常は変わらない。

 下っ端も下っ端だったが、俺の仕事が早いことと隣国の言語が読めるということで、半年もたつ頃には外務部の文官になった。

 外務部と言っても、その中の下っ端であることには変わりないが。

 流石にここの仕事は朝飯前とはいかなかったが、全く出来ないというほどでもない。

 やりがいがあった。

 それに何より今は仕事に生きたかった。

 高飛車女と無関係な日常が信じられなかった。

 高飛車女のことを考えると何故だか腑が煮え繰り返るようだった。

 くそっ! 仕事だ、仕事!

 奴隷解放から一年が経った。

 王宮で仕事をしていると色んな噂が耳に入る。

 今ホットな話題は、聖女と呼ばれる清廉潔白な少女に王太子がご執心ということだ。

 その少女は子爵家ということで家格は足りないものの、あの強欲悪女よりはマシだと王宮では概ね好感的に捉えられているらしい。

 王太子もしょっちゅう聖女とお茶飲んでいるようだし、先日はどこかの貴族の夜会でエスコートもしたらしい。

 おい、それはどうなんだ。

 俺は去年何度も高飛車女のエスコートをしたが、それはこの王太子が高飛車女と夜会に行かなかったからだ。

 政略とは言え婚約者のエスコートはせず、他の女のエスコートはするってどうなんだよ。

 さらに一年経った。

 まだあの高飛車女は王太子の婚約者だ。

 だが、王宮で見かけたことはない。

 それに引き換え、聖女の人気は鰻登り。

「私は夜会ごとに新しいドレスなどいりませんわ。私が欲しいのは、ドレスではなく貴方なのだもの。お金では買えないわ。あの方も早くそれがわかればよろしいのに」

 うるせぇよ。

 名前こそ出さないが、遠回しに高飛車女の批判だ。

 だが、そんな女の言葉を王太子はうっとりと見ながら満足げに聞いているし、他の貴族たちも感銘を受けたような顔をしている。

 なんか胸糞悪りぃな。


 その年の終わり、例年通り王宮でパーティが開かれた。

 これは王国貴族が全員出席するパーティで、外務大臣から目をかけられるようになった俺も文官として大臣の側に侍り、大臣のサポートをしている。

 そこで約二年半ぶりに見た高飛車女は、王太子から婚約破棄されていた。

「強欲悪女を未来の王妃にするわけにはいかない! 王妃は清らかな心を持つものこそ相応しい。よって、お前との婚約は破棄する。お前は空白の地でその腐った性根を叩き直すんだな! あぁ、これは王太子命令だ。もう王都へは帰ってくるな。お前のその顔も見たくない」

 さて、どうするんだと高飛車女の方を向けば、高飛車女は驚きも嘆きもせず、相変わらず高飛車に言い返した。

「婚約破棄は承りました。しかし私は名に恥じるようなことは一切しておりませんわ。殿下こそ私という婚約者がいながら他の女性と親しくするのは不実ではなくて? 何度もそちらの彼女を伴って夜会に出ているの存じておりましてよ。殿下有責でこちらから破棄が正しいのではないかしら」

 おぉ! 高飛車女が正しい。

「この後に及んで何を言っている。お前こそ自らの欲に任せて、王都中の物を買い漁り、王家と匹敵するほどの夜会を開く。なんと派手な生活を送っていることか。時には他家の使用人まで買っているそうじゃないか。そいつはそんなに見目が良かったのか? お前のようなふしだらで強欲な女は要らないと言っているのだ」

 まぁ。事実だ。

 高飛車女は王都中の物を買ったと言っても過言でないほど買い物するし、他家の夜会に出た際、目に留まった使用人を買ったこともある。

 だが、無断で連れ去ったわけでもないし……それは罪……なのか?

「それの何がいけないのかしら?」

 そうだよなぁ。

「もう良い。つまみ出せ。二度とここへは戻ってくるな。」

 最後は王のこの言葉で高飛車女の行く末が決まった。

 空白の地ってのは魔物が蔓延る通称魔の森のさらに北の土地で、魔の森があるからか、寒さ厳しい土地柄か、手付かずのただの何にもない土地だ。

 人も住んでいないそんな土地。

 そもそも高飛車女だって、ただの令嬢だ。

 令嬢一人で魔の森を越えられるはずがないのだから、王は、王子は、高飛車女に死ねと言っているのだ。

 万が一空白の地にたどり着いたとして、令嬢一人に何が出来る。

 身の回りの世話すら自分でしたこともないというのに。


 その後、何事もなかったように夜会は続いた。

 着飾った人々は楽し気におしゃべりをし、ダンスする。

 気持ち悪い。

 人を一人死の淵に立たせておいて、この笑顔。

 あー気持ち悪りぃ。

 やっぱり貴族ってやつは大嫌いだ。

「大臣」

 声かけると、大臣は俺がすることがわかっていたのか「達者でな」と言ってくれた。

 お前ら貴族は大嫌いだ。

 だが、高飛車女とこの大臣の横は息がしやすかったな。

「今までお世話になりました」

 俺の穴なんてすぐに埋まる。

 実際俺がホールを出ても、気づくやつなど誰もいない。

 あーいた。めんどくさい女が。

「どちらに行かれるの? 私も人に酔ってしまって……」

 そう近づく聖女の女のどこが清らかだというのか。

「邪魔だ」

 ありったけの殺気で威嚇して、女が怯んだすきに足早に立ち去る。

 王宮を出るとなぜか眼鏡執事が待っていた。

「やはり、来ましたか。こちらです」

 連れてこられた先は、見慣れた高飛車女の家。

 高飛車女はドレスを脱ぎ、簡素なワンピースを着、トランク一つ持って馬車に乗るところだった。

 まっすぐな姿勢で立つその姿は凛としているが、その表情は死んでいるようだった。

 なんだ。普通の女の子じゃねーか。


「おい」

 高飛車女は俺を見て驚いていた。

「お前、死にたいのか?」

「私は……ふーっ。死ぬことを望まれておりますし、もうそれでいいですわ」

 かつての奴隷からお前と呼ばれても、高飛車女は咎めもしなかった。

 何もかも諦めたような、悟りきっているような顔がむかついて、気が付いたら口を開いていた。

「そうか。じゃあ俺が死なせない。そうだな……。どうせ死ぬなら、一年間俺の忠実なしもべになったらどうだ? 俺の言葉は絶対だからな」

 高飛車女の目がまた見開かれる。

 婚約破棄には驚かないのに、俺には驚くのかと面白く思いながら言った。

「あぁ、首輪は今度買ってやるよ」

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