3億

「魔法が使えないっていうのは、どういうことですか?」

トウゲンが確かめるように訊いてきた。


「言葉の通り」

「え、じゃあカウボーイのスピードに対応できていたのは魔法で動体視力を強化していたとかではなく」


「素だね」

「……自覚がないだけで人間じゃないのでは?」

訝しむような視線を向けられる。

俺は苦笑した。


「人間だってば」

「素の力であれっていうことは、魔法でバフをかけたらすごいことになるんじゃ……?」


「んー。俺にはそういうことできないんだよね。俺に魔法かけたらどんな内容であれデバフになるから。デバフってかアレルギー反応だけど」


「あ、そうでした。魔法によるサポートを受けられないのは辛いですね。あれ、ということは回復魔法は」

「お察しの通り。回復魔法も俺にとっては毒」


「……そんなハンデを背負ってどうやってあんな強さを手に入れたんですか?」


「ん、なんか一周回って本題に戻ってきた感じかな?」


「あぁそういえば最初はシラネさんが一体何者なのかという話でしたね。ずいぶん遠回りしてしまいましたが、教えてください。シラネさんの正体を」

トウゲンは居住まいを正して改めて訊いてきた。


俺はちょっと考えてから答えた。

「俺の正体……ってか強さの秘訣的なのは、まぁ師匠かな。鍛えてくれた師匠が良かった。それに限る」


「一体どなたなんですか? そのお師匠さんというのは」


「んー。そこまでは教えない。もう充分じゃないか? 結構色んなこと教えただろ。本当はあんま喋りたくなかったんだからな。俺の体質なんて明確な弱点だし、企業秘密的なことなんだから」

「そ、そうですよね。すみません」

トウゲンはぺこぺこ頭を下げた。


「まぁ喋ったのは俺だから責めやしないけどさ。とにかくこれ以上は教えない。さ、もう帰ろうぜ。いい加減冷え込んできた。お前らも風邪引くぞ」


俺は振り返って、後方の茂みに潜んでいるリサとランに声を掛けた。


「……バレてたんですか」

リサが観念したように出てきた。


ランも不貞腐れたように小石を蹴飛ばしながらこちらに近づいてきた。


「多分だけど、トウゲンが提案したんだろ?」

トウゲンはバツが悪そうに頷いた。


「僕にはどうしてもシラネさんが悪い人に見えなくて……。二人がシラネさんに悪い印象を持ったままお別れするのが嫌だったんです」


「まぁそんなこったろうと思ったよ。で、なんか印象は変わったか?」

リサがぶっきらぼうに答えた。


「マナアレルギーってものが本当にあるのか正直まだ疑ってますけど、調べてみようと思います。それで本当にあれば少なくともあなたは嘘つきではないということになるので、ちょっとは印象が変わるかもしれませんね」


「ふーん。まぁお前からどう思われるとか興味はないけど」

「喧嘩売ってるんですか?」


「もし俺が喧嘩を売ってたとしてもお前は買うべきじゃないな。勝てない喧嘩はするもんじゃない」


「ッ! これからたくさん経験を積んで強くなって、いつかあなたなんてボコボコにできるようになりますよ。その時に買います」


「へぇー。そりゃ楽しみだわ。なるべく早めに頼むぞ。ジジイになってから喧嘩なんかしたくないからな」

リサは引き攣った笑顔を向けてきた。


血の気が多いのは若い証拠だ。

是非頑張ってほしい。


「……ちょっといい?」

ランが不機嫌そうに申し出てきた。


「なんだよ」

「さっきさ。リサがあたしのことそそのかしたって言ってたじゃん。それであんたもそれを事実だって言ってたじゃん?」

「ああ」


「あれさ、ちょっとだけ説明させてくんない? 言い訳かもしれないけど、一応事情的なものがあるのよ」

「へぇー。興味ないけど聞くのは構わん」


「あっそ。じゃあ話すけど、あたしのパ……お父さんが病気なのよ」

「おう。で?」


「それで、その病気はすごく珍しくて治療にはめちゃくちゃお金がかかるの」

「ふーん」


「そのお金を稼ぐためにあたしは冒険者始めたんだけど、もちろんリサもそのこと知ってて、隠しダンジョンを見つけた時に危ないの分かってたのに入ろうってなったのは、あたしの事情を考えてのことだったと思うのよ。そうでしょ、リサ」

「……」

リサは肯定も否定もしなかった。


「あの時リサはあたしのことを思って行こうって言ってくれたの。だから何ってわけじゃないんだけど、ただそれだけは知っててほしくて」


「そっか。まぁ俺からすればそんな事情があったとしてもって感じだな。っていうかむしろそんな事情があるのなら余計に間違った判断だったと思う。死んだら1ゴールドも稼げねぇ。その時点で終わりだ。時間かかっても地道に稼ぐしかねぇんだよ」


「普通はそうですね」

リサが意味深に呟いた。


「どういうことだ?」

リサは暗い顔で説明した。

「ランのお父さんの病状はかなり深刻で、悠長にしている暇はないんです。それに……治療に必要なお金だって平凡な稼ぎ方じゃ絶対に手が届かない。どれだけ危険でも一攫千金のチャンスに懸けるしかないんですよ」

「なるほどねぇ。具体的には? いくらかかんの?」


「……3億ゴールドです」

リサはとんでもない額を口にした。


「は!? 何がどうしたら治療費でそんなにかかるんだよ!」


ランが俯きがちに答える。

「ただの病気じゃないの。この地域のマナに常に触れてないと症状が進行するっていう特殊な病気でね。お父さんはこの町の出身で、生まれてこのかた町から出たことがないのよ。それでも病気は緩やかに進行してる」


マナっていうのはその土地の風土によって微妙に変わる。


そしてランの父親はこの土地のマナに包まれていないと生きていけないらしい。


多分正確な例えではないけど、水質が変わると生きていけない魚みたいなイメージかな。


「それで……その病気を治療する設備はこの国にはないの。だからまず設備を整えてもらうのにお金がかかる。それに薬もすごく希少で高価なのよ。諸々含めると3億ゴールド必要なんだってさ」


ランの表情は酷く儚げに見えた。

内心どこか諦めているところがあるのだろう。


俺はなんだかデジャブを感じていた。

前にも同じようなことがあった気がする。


「あんたにこんなこと話しても仕方ないわよね。カウボーイの角、ありがと。治療費に充てさせてもらうわ。じゃ、あたしはこれで」

ランは俺にひらひらと手を振って帰っていった。


「ラン……。あの、私もランと一緒に帰ります」

「おう。気をつけて帰れよ」

リサも帰った。


二人を見送った後、俺はトウゲンに訊いた。

「トウゲンもランの父親の病気については知ってたのか?」


「はい。というか、ランだけじゃなく僕たちはみんなそのために冒険者を始めたんです。僕たち三人は子供の頃からいつも一緒に遊んでいて、ランのお父さんにはたくさん可愛がってもらいました。とても物知りで優しい方で、魔法について色々教えてもらったりしてたんです。だからその恩返しというか……」


「へぇー。めちゃくちゃ立派じゃん。俺そういうの大好き。陰ながら応援してるわ。頑張れよ」

「はい!」

トウゲンは人懐っこい笑顔を浮かべた。


「じゃ、俺は帰るから。トウゲンも達者でな」

「本当に色々ありがとうございました! 必ず立派な冒険者になります」

「おう。期待してるわ。じゃあな」


俺は帰りながら考えた。

3億かぁ。

大変だなぁ。

んー……。


今度隠しダンジョンを調査するために調査団が来る。

俺は調査団にちょっとした知り合いがいるのだ。

相談してみるか。

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