第39話結婚式は狂気に満ちて(アイリスとニーアールの視点が交互に入れ替わります)
咳払いさえ躊躇われるような、厳かな教会で、身じろぎひとつせずただ一点を見つめている。
つい先日、私はあそこで自分の式を上げたばかりである。複雑な気分なのはスカイフォード様も同じらしい。唇の上下を内に丸め込む仕草をした。
がちゃり、重たい音が響く。遂に扉が開かれたのだ。皆そちらを振り向いた。
光を背に浴びたニーアール様は、白いベール越しでも異様な笑みを浮かべているのがわかる。
たったの二歩、こちらに歩んだ時、厳粛な雰囲気はその瞬間に崩された。
密やかな声があちこちで響く。
「あれは、まるで…」「アイリス様のウェディングドレスと全く同じだ」「あの独特な紫色のアイメイクも同じよ?」「信じられない…」
(…ニーアール様はご自身の結婚式でさえ、私に寄せてくる気なのね)
初めは分からないつもりで躱していたけれど、ここまでくるとゾッとする。
(今日くらい、普通にお祝いして、普通に終わると思ったのに)
会場中の視線が、ゆっくりと私に刺さった。
ぱちくりと瞬きしてから頬をかいた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
明るい日差しが差し込む。天井はステンドグラスなのだ。
来賓客達は、私の美しさに騒然としている。
本当はアイリスが着ていた金糸で縫ったウェディングドレスが良かったのに、どうしても式までに間に合わなくて何とか似せて作ったけれど、まあ、上出来だろう。
くすっ
あの女もおにいさまも、私を見て完全に負けたという顔をしている。
このデザインのドレスは、私こそが着るべきなのだ。
私には抜群のセンスがあるし、そのくらいアイリスの結婚式を見なくても同じ様なウェディングドレスを思いついたに決まっている。
ならば寧ろ、私のデザインを盗用したのはアイリスの方だと言える。
このアイシャドウの色だって、私こそが似合うのに、どうしてあの女は私より先に使ってしまったのかしら。そんなの、自分が恥ずかしい思いをするだけなのに。
そもそも紫色は私の大好きな色だ。なら、紫をアイシャドウに使うのだって、私が初めに思いついたと言えるはずだ。
✳︎ ✳︎ ✳︎
新郎のドラゴアーク様は感情の読めない顔で、ただ前を向いている。
しかし、不自然なほどしっかりと握られたその拳が震えていて、私と同じように早くこの式が終わることを祈っているような気もした。
「ニーアール・サヴァリアス、汝はドラゴアーク・メイサンを夫として迎え、生涯愛しぬくと誓いますか?」
「はい、誓います」
「ドラゴアーク・メイサン、汝はニーアール・サヴァリアスを妻として迎え、生涯愛しぬくと誓いますか?」
「……」
「…ド、ドラゴアーク・メイサン…?」
「……」
皆が首を傾げて見つめる中、ヒソヒソっと、慌ててニーアール様がドラゴアーク様に耳打ちする。
ドラゴアーク様は耐え難いという表情で目を瞑って頭を振った。
「ちょっ…早く、言いなさいよ!」
「ニーアール・サヴァリアス?二人ともどうしましたか?」
牧師が窘めるのも気にせず、ニーアール様は、大きな声で叫んだ。
「ドラゴアーク!!早く!誓いの言葉を言いなさいよ!!」
「っっっ!!!!誓いの言葉が足りないので言い直します!僕は君がいなければ生きてはいられない!僕は君に降りかかる困難を払う!!全ては君を強く、深く、愛しているからだッッッ!!!!」
わあっと早口で言い切ると、ドラゴアーク様は、肩で息をしてその場にしゃがみ込んだ。
チャペルは異様なほど静まり返り、物音一つしない。
泣いているのか、ぐすっと鼻を啜ってドラゴアーク様はぽつりと呟いた。
「も、もう嫌だ…君は異常だよ、ニーアール…」
「ドラゴアーク!この馬鹿息子!立て!立ちなさい!!」
堪らず父親のメイサン宰相が声を上げた。
それを皮切りに、騒めきはあちこちで湧き起こった。
ニーアール様は、ドラゴアーク様を見向きもせずこちらにカツカツと歩んできた。
私たちが座る席の前で立ち止まると、無表情な顔で首を傾げる。ベールがゆらり、と揺れた瞬間、スカイフォード様の胸ぐらを掴んだ。
「おにいさまのせいだわ!!!本当はドラゴアークが言うはずだったのに!!おにいさまが先に余計なことを言ったから!!!二番煎じになってしまったじゃない!!!どうしてくれるの!?」
「…離せ…」
「あんたもそうよ!!!アイリス!!!また私のドレスのデザインを盗んで、アイシャドウまで真似をして!!!いくら私に憧れているからって限度があるでしょう!!?」
「離せと言っている!!ニーアール・サヴァリアス!!」
スカイフォード様の声にビクッと肩が跳ねて、一歩二歩と後退する。
「あっ…」
✳︎ ✳︎ ✳︎
なぜそんなところで蹲って泣いているの、ドラゴアーク。
結婚式の途中だと言うのに。早く立ちなさいよ。
「ドラゴアーク…」
すっと座席を立つ人がいる。身長はさほど高くないけれど、威圧感はまるで狼のようだ。
「国王陛下…」
逆光で、まるで黒い塊のような国王は、その目だけが異様に光っている。
「ニーアール。お前はどれだけ王族に恥をかかせれば気が済むのだ」
いつも優しかった国王が、なぜ私に怖いことを言っているのだろう。
「お前はもう立派に成人した。責任を取りなさい」
「や、やだ、なにを言っているの?おかしいわ、変なこと言わないで」
「この結婚式は取り止めだ」
どうして。
「ニーアール、分かっているね?」
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