第35話愛しい人を殺した犯人を探す旅〜ランナイ・シューワと言う男〜(ランナイ視点)

 スカイフォード・サヴァリアス王太子殿下。気がつかれただろうか、俺が指名手配されている殺人犯だと。


 もうここでは売れない。


 飴はどこでだって売れる。だから、手に職をつけて売り歩いているのだ。身軽なものである。ただし、空間魔法は使えない。魔法力は独特の色があり、ハイラに俺の居所が知られる可能性があるからだ。

 えっちら歩くか、おっちら船で旅するか。


 それで選んだのがイサクよりももっとずっと北にある国だった。


「ウシナか…南国出身には堪える寒さだな」


 だが、屋台が多い国なので紛れるにはちょうど良い。あちこちで菓子や飯を売っている。ガヤガヤしていて忙しない。

(これがこの国の日常の風景なんだな)

 朝から晩まで飯は屋台で済ますという人もいると聞く。なるほど、粥や麺を魚の出汁で食べる料理なんかもある。

(食欲のない朝にはちょうど良さそうだ)


 湯気が立ちこめる一角で屋台を組み上げ、ちゃんちゃんちゃきちゃきと、うさぎだの熱帯魚だのを作っていると、いつのまにか沢山の子供達が屋台を囲んだ。


「僕はねー、にわとりがほしい!」「私は猫ちゃん!」

「はいよ!ちょっと待ってな!」


 あっという間ににわとりを作り、猫を作った。


「じゃあ、僕は熱帯魚をもらおうか」

「はいよ!……え…」

「また会ったな、ランナイ・シューワ」

「…っ!…ひ、人違いでしょう…俺はそんな名じゃないね」


(なんでまたこんなところで…!!)


 俺はあんたから逃げてきたというのにと思いながら、震える手で熱い飴を切った。

 できたばかりの熱帯魚をスカイフォード王太子殿下に差し出す。王太子殿下はそれを受け取ると、繁々見つめて「ふうん」と言った。


「ハイラが恋しいか?」

「ハイラなど、行ったこともありません」

「ほう?ご出身は南国か?」

「だから、違うと言っているでしょう。確かに色黒だが…肌の色だけで決めないで頂きたい」


 なぜここに、スカイフォード王太子殿下がいるのだ。ここはウシナだ。わざわざ何の用で来たのか。


(そんなもの、決まっている)


 王太子殿下は心底楽しそうに、以前もご一緒だったご婦人に熱帯魚の飴を見せた。


「アイリス、これは何だと思う?」

「綺麗なお魚、です。魚の名前までは分かりませんが」

「だ、そうだ」


 だからなんだと言うのだ。綺麗な魚、その通りだろう。

 けれど、王太子殿下はにやりと笑って言った。


「残念だが、熱帯魚などと言うのは南国の者だけだ」

「え…」

「なぜなら、イサク以北の魚はこんなに色鮮やかではない。そうだろう?アイリス」

「あら!これ、実在のお魚なのですか?てっきり、店主のオリジナルだと思いました」


 ああ。


(…逃げてばかりの人生だった…)


 手拭いを取り去り、頭を下げた。


「…もう、全てご存知なのですね。国に帰り、裁きを受けます」

「あー…それはだな…半分合っていて、半分間違いだ」


 ぽかん、として二人を見つめると、アイリスと呼ばれたご婦人が雄弁に語り出した。


「去る十年前の七月、二人の遺体が発見されました。メイビー・ルーワとスローフィー・ガンカル。メイビーは貴方の恋人で、スローフィーとの密会現場に遭遇した貴方の犯行だと断定され、貴方は指名手配となった」

「…よく、覚えておりません…」

「ええ、それもそのはずです。貴方は犯人ではない」


 みんなが俺を犯人だと決めつけ、逃げ仰せて辿り着いた地で何が起こっているのだろう。

 アイリスという人は続けた。


「メイビーは縄で絞殺、一方スローフィーは拳銃で頭を撃ち抜かれている。貴方がカッとなって犯行に及んだとなっていますが、ここで一つの疑問が残ります。人を殺すのにわざわざ道具を分けるでしょうか?銃があるなら、メイビーも銃で殺せば良かったはず。わざわざなぜ、と。もし貴方が犯人ならば、現場は一人対二人です。メイビー達は逃げ出す隙があったはず。これは、恐らくスローフィーによる無理心中の可能性が高い」


 すごい勢いで話し終えたアイリスという人は、自信に満ちた顔つきで俺を見た。


「……変な人だ、俺の潔白を暴いてどうするというんだ」

「ハイラに戻って、私の店で飴細工を作って欲しいのです」

「お断りだ」

「貴方の安全は保証します!」

「…あんた、正気か?殺人鬼が作った飴を誰が食べたいっていうんだ」

「貴方は潔白なのでしょう!?なら、堂々としてください!売り上げのことを考えるのは私の仕事です!」


 なんでそんなに胸を張っているんだ。本当に不思議な人だ。


(逃亡生活で…人の温かさに初めて触れる…)


「馬鹿だな、子どもじゃあるまいしよ、好奇心だけで近寄ったらとんでもない目に遭うぞ」


 屋台を閉める準備を始めると、今度は王太子殿下が俺を止めた。


「どこへ行く?」

「もともと流れ者。あんた達の目の届かないところに消えおおせるだけだ」

「…それは、できないな」

「はん、やっぱり俺を引っ捕らえようって魂胆か。怪しいと思ったぜ。なぜそんなに俺が無実だって言い張れるのか、ハイラに連れ帰って吊るし首にでも…」

「自ら命を断つつもりか?」


 心を揺さぶるような衝撃が走る。

 思わず王太子殿下をまじと見た。強い目線で俺を見返している。


「…ランナイ。本当は、真犯人を探す旅をしていたのじゃないか?」


(なんなんだ、この人たちは)


「本当は無理心中の可能性も考えていた、けれど見て見ぬ振りをして、一縷の望みをかけて犯人探しをしていた、違うか?」

「殿下……」


(違う。違うと言ってこの場を早く去って…)


 けれどなぜ、唇が震えて思うように動かないのだ。

 なぜ、ぼたぼたと涙が溢れて止まないのだ。


「殿下…!で、っ…うっ……ううっ…!お、俺ぁよ、もう生きてても仕方ねぇよ…!メイビーを殺したのは俺なんだよ、あいつが心中して逃げたいほどに、俺ぁあいつを…く、苦しめて…!!」

「それは、違う」

「なにも違わねぇよ」

「スローフィーとの仲を知ったのは?」

「あいつが死んでからさ…」

「うむ、恐らく、これはスローフィーによる無理心中だろう。先ほどから言っているように、これはあくまでも心中ではなく、メイビーに同意のない無理心中といえよう」

「無理、心中…」


(つまり、それは)


 心臓がバクバクして痛い。

 蹲る俺を見て、二人は続きを話すのを躊躇った。


「いい、話してくれ。ちゃんと知りたい」


 お互いが頷き合って、アイリスというご婦人にリレーのバトンが渡された。


「心中と言ったって、凶器は同じで良いはずなのです。ところがメイビーにはわざわざ縄が用意された。つまりこれは…その…敢えて刻みつけるような、そう言ったスローフィーの愛憎が窺えます。頭を拳銃で撃ち抜くのと、絞殺ならば後者の方が長く苦しむ」

「ならなぜ縄なんだ?別に水に沈めたって苦しいだろう」

「…よく、見えるからではないでしょうか。メイビーの顔が。スローフィーという男は、その瞬間を味わうことで、ランナイさんから初めてメイビーを奪えたという気になれた」


 何度も笑い合ったそばかすだらけの顔が浮かぶ。

 それがどんどんと毒色に変わっていく。


「なぜ心中ではなく、ランナイさんの犯行とされたか。それはスローフィーの手から銃が離れていたから。自分の頭を撃ち抜いたのなら、当然銃は握られたままのはず。けれど、スローフィーの手には何も握られていませんでした。しかし、彼は裸足だった。つまり、足の指に引っ掛け、頭をもたれる格好で自ら引き金を引いた。発射の衝撃で頭は後傾しますから、無理な体勢は比較的自然な仰向け若しくは横向きになる。当然銃は手から離れている。一見ランナイさんが殺したと言ってもおかしくない現場が仕上がる」


「はっ…俺の覚悟は半端だった…もう、もう良い…もう聞きたくない」


 こんなことなら、飴など売らずにさっさと命を絶っておけば良かった。

 王太子殿下はしゃがんで言った。


「…熱帯魚」

「え?」

「本当はハイラに戻りたいんじゃないか?お前は、いつだって故郷のことを思っていた」

「そんなんじゃ、ありません」

「アイリスは僕の婚約者だ。アイリスが君の腕を買いたいと言っている。死に急がずとも、どうせ人間いつか死ぬんだぞ。少しくらい付き合ってくれ」

「…殿下、お言葉ですが、普通こういう時は『死んだ女も貴方の幸せを願っているはずだ』とか『あの人も貴方が死ぬ事を望んでません』とか言うものでしょう」

「生きている人の心の内も読めぬのに、死んだ人の感情なぞ尚更分かるものか、と僕は思っているのでな。残された方はただ懸命に生きるだけさ。お前の人生を自分事として生きないでどうする。死んだ人のせいにして生を放棄するな」


 ああ、そうか、俺は変わってしまった人生を、お前のせいにして終わらせたかったのかもしれない。

 スローフィーのことは許せないし、本当は何があったのかなぞ分からぬけれど、命を捨てたらメイビーに叱られることだけは分かる。


「王太子殿下、アイリス様…。ハイラに…帰りたい…。故郷に…帰りたい…」


 冷たい風が吹き荒ぶ。

 風に紛れて、メイビーの声が「良かった」と言っている気がした。

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