第30話全く同じドレスで(前半、ニーアール視点)
最近のニーアールはどうかしている。
どう見ても、スタイルに合わないドレスと独特なダウンヘア。
クリクリだった髪は、侍女が膨大な時間をかけて、なんとかストレートもどきにしている。
極め付けは…
「ねえ、あれ…」「やだ…どうしちゃったの」「ファンデーションが、首の色と違いすぎるじゃない…」
元々小麦肌であるのに、無理に真っ白なファンデーションを塗りつけている。
その髪型や出立ちはまるで、アイリス様を思わせるようでゾッとした。
先日15歳になったニーアールの成人祝いであるというのに、本日の主役は別の意味で注目の的になっている。
勿論スカイフォード王太子殿下とアイリス様のお姿もある。
ある、が…
(おいおい、嘘だろう?)
ニーアールのドレスや装飾品、髪型に至るまでアイリス様と殆ど同じだ。
ご令嬢達も段々と気がつき始めて、声を潜めてあちこちで噂が始まった。
王太子殿下とアイリス様は何も気が付かずに、こちらへと歩み寄って挨拶した。
「ニア、立派なレディになって嬉しく思う。これからは一王族としての在り方について日々考えて行動しなければならないよ」
「当たり前ですわ、スカイフォード殿下。私はもう子どもではありませんから。もうニアなどと幼い頃の呼び名で呼ばないでくださいませ」
王太子殿下は、ニーアールの随分と変わってしまった言葉遣いに頬を掻きながらも、これで良いのかもしれない、という表情で微笑んでいる。
「それからドラゴアーク殿、ニーアールのことをよくよく頼む」
「承知いたしました」
アイリス殿はにこにこと微笑んで、それから
「ニーアール様、成人誠におめでとうございます。今日というよき日にお招き頂いて大変嬉しく存じます」
とそう言ってお辞儀をすると、王太子殿下と腕を組んで下がろうとした。
ニーアールは肩透かしを食らったようなおかしな表情で固まっている。
「ちょっ、ちょっと…っ!お、お待ちになって?アイリス様、どうも私とドレスが同じではありませんか?」
「はい?…あら、ニーアール様もサロン・ド・ライシャで仕立てたのですか?」
「ええそうよ。なぜ主役の私と同じドレスを?」
「…えーっと…」
会場中が騒めき始めた。我々はその中心にいた。
「どうしてわざわざ私と同じドレスと装飾品で身を固めているのか、納得のいく説明をしてくださる?」
「申し訳ありません、ニーアール様。意図した訳ではありませんので、お許しください」
そう言って頭を垂れた。
ゆっくりと顔を上げた時の計り知れない美しさに、会場中が本物の気高さを見る。
「冗談じゃないわ。わざとでしょう?そんなに私の真似がしたいのかしら。この私に憧れているのでしょう?」
ビシッとアイリス様の鼻先に指を突き立てている。
しかし、アイリス様の肩を抱く王太子殿下が、顔色ひとつ変えずに言い放った。
「…ニア…いやニーアール、何か勘違いしているみたいだが…このドレスは、僕が彼女のために作らせたのだ」
「えっ…」
「そんなに気になるなら、デザイナーに聞いてみるか?もしニーアールのデザインを変えもせずそのまま使い回したのなら、こちらとしても厳重に注意しなければならないからな」
「それは…!別にそこまでしなくても良いけれど…」
「でもニーアールは気になるのだろう?アイリス、君は気になるかい?」
アイリス様は微笑みを湛えたまま、首を振った。
「いいえ…けれども主役とドレスが被るのは、確かに私も望むところではありません。着替えて参りますわ。スカイフォード様、せっかく仕立ててくださったのに申し訳ありません」
「いいさ、また君にプレゼントができると思うと嬉しいのでね」
二人とも颯爽と去って行ってしまった。
ニーアールは暫くあんぐりと口を開けていたが、やがて奥歯を噛み締めて、ドレスの裾を握りしめていた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
ハイラでの暮らしが落ち着き、イサクでの婚約式のため久方ぶりに故郷の土を踏んだ。
玄関で出迎えてくれた母は「まあまあまあ!船酔いは大丈夫かしら?」と開口一番そう言ったので笑ってしまった。
「お母様ったら。船酔いは全然大丈夫なのよ、気になさらないで」
「本当に?…まあ、これは…スカイフォード王太子殿下。長旅お疲れ様でございました」
実際はイサク近海まで空間魔法で移動したので、2、3時間の旅路であったけれど、それは秘密なので言うことができない。
スカイフォード様は慣れたもので、その辺りの質問を上手にかわしている。
「アイリス殿がいない日々は、お寂しかったではないですか?僕は近くで宿泊しますから、どうぞ家族水入らずで過ごされてください」
「お気遣い痛み入ります」
近くで、内密に、というが、第二の自宅のようなイサクの王城に宿泊するつもりなのである。
スカイフォード様は、私のおでこに口付けした。
「ハイラに来てから気を張り詰めていただろう?ゆっくり休んで欲しい」
と言ってからお辞儀をして去って行った。
久しぶりの我が家、ハイラへ発った日と一ミリも変わらない自室。
この鏡台でテレサに髪をといてもらっていたのが昨日のことのように思い出される。
清潔に保たれた空間だけれど、認知してしまった時点でもう駄目だった。
悪意を持って私の身支度を整えていた侍女。
鏡台、化粧道具、ベッド、机…そのどれをとってもテレサの念がこもっている気がしてならない。
思い出さないように過ごしてきたつもりだったけれど、こんなにも簡単に引き戻される。
来た時よりも明らかにげっそりとして現れた私を見て、両親はスカイフォード様の元で宿泊するよう提案した。
けれど、こんなことくらいで実家にも帰れないなんて情けなさすぎる。
「お母様の仰る通り、旅の疲れが出たのかもしれません。夕暮れまで、懐かしい街並みを散策して気分を紛らわせますわ」
一緒に残ってくれたフォンミーを連れて、サン・ルシェロに出会った本屋へと足を伸ばした。
幼い頃から歩き慣れた道からは、懐かしい匂いがする。
フォンミーがキョロキョロする姿も珍しい。
(物珍しい物でもあったかしら)
けれど、侍女は後ろを振り返って眉を顰めている。
「どうかした?」
「いえ…」
「あ、そこの本屋よ。買いたいものは決まっているの」
久しぶりの山積みの書籍に胸が躍った。
フォンミーが振り返った路地からは不穏な気配が這いずっている。
「アイリス、帰ってきているなら、ちゃんと挨拶しなきゃなあ」
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