第28話流行りの菓子を買ってみる(ニーアール視点)

「ニーアール様、今日は随分と嬉しそうですね」

「ええ、後は貴方がミスをせずにきっちり髪を結い上げてくれれば完璧よ」

「…もちろんでございます。一層気を引き締めます…」



 今日はドラゴアークとデートの日。どこに連れて行ってくれるのかしら。


 スコールの時期は過ぎたし、抜けるようなハイラ晴れ。デート日和だ。

 庭に出ると、丁度馬車から長い脚が覗いたところだった。


「お待たせして大変申し訳ございません」


 現れたドラゴアークは、私の手を取ると最近流行していると言う菓子店へと連れて行ってくれた。

 彼はどんどん魅力的になっていく。並んで歩く彼を、みな頬を染めて振り返っている。


 私が指摘して以降、肌の手入れは怠っていないらしい。更に、髪をおろしてセンターで分けると、凛々しい眉が際立って、おにいさまに負けない素敵な男性に仕上がった。


 開店して間もないという菓子店では、行列ができていた。


「先日ある方から頂いて食したところ、とても美味しかったのでぜひと思いまして」

「なあに?オラン、ジェット?」


 ショーケースの中を覗き込むと、オレンジにチョコレートがかかった菓子が並んでいる。

 見た目が可愛らしく、店外で女性達が列を成しているのも頷ける。

 販売員の女は菓子に合う、ブランデーや紅茶をセットで勧めてきた。

 なるほど、菓子だけではなくセット販売で客単価を上げているらしい。


「紅茶はミルクティーがおすすめです」


 おすすめもなにも、本当のことを言えば紅茶はミルクティーしか飲めない。

 無理して流し込んでいるだけだ。たぶん成人したらストレートで飲めるようになるんだと思う。みんなそうなのだから、きっとそうだ。

 別に茶葉なんてわざわざ自分で買わずとも、城にいくらでもあるだろうから、菓子だけ買ってみることにした。

 オレンジにチョコレートをかける趣向など、どう言う思いつきなのか分からないが、ご令嬢達はこの可愛らしい見た目に釣られているのだろう。

 ブランデーと一緒にラッピングしてもらっている貴族女性もいる。


(…確か、彼も誰かから貰ったって言ってた…まさか、女の人?)


 モヤモヤする心情とは反対に、軽やかなベルの音と共に店外へ出た。


「…ご予定がなければ、お茶でもいかが?」


 思わず放ったお誘いの言葉に、ドラゴアークは「喜んで」と言って微笑んだ。





✳︎ ✳︎ ✳︎





 ぱり、


 心地よい歯触りだけれど、私には苦い。大人が好む味。舌にヒリつくように残る、ピール独特の痺れ。もういらない。


「菓子の味はどうですか?ニーアール様」

「え?ええ、美味しいわ、流行りの菓子というのも良いものですわね」


 ドラゴアークは企みに似た微笑みで私を覗き込んだ。


「…嘘を仰っている」

「なに…」

「本当は苦くて、この菓子が美味しいなんてとても思えない。違いますか?」


 ガタッと音を立てて、立ち上がった。


「無礼だわ!美味しいと思っているもの!この味の良さが分からないような子どもじゃないわ!」

「それからニーアール様は、僕が誰からこの菓子を貰ったのか気になって仕方がないのでは?」

「は、はあ?自意識過剰なんじゃないの!?」

「…ムキになるところも可愛らしい」

「別にムキになんか…」


 はあ、とため息をついて、どっかりと椅子に座った。


「別に答えても良いですよ。僕はアイリス・ドストエス伯爵令嬢様から頂いたのです」

「アイリス…?…なんですって?あなた、今なんて?」

「あの菓子店は、シャウダン伯爵が経営しているのですが、メイサン家も出資しておりまして」

「それで、なんであの女が関わってくるというの!?」

「オランジェットは、ドストエス伯爵令嬢様がイサクから持参した菓子なのです。つまりあの店は、シャウダン伯爵とドストエス伯爵令嬢の共同経営なのです。出店にあたり、お礼も兼ねて頂きました。」


 雷が落ちたのだろうか。衝撃が大き過ぎて、口をぱくぱくさせるしかない。


「まさかとは思っていましたが、やはりドストエス伯爵令嬢様と何かありましたか?」


 なんて楽しそうに微笑んでいるのだろう。

 私は菓子をぐしゃりと掴んで叩きつけた。


「こんなもの!!全然美味しくないわ!!!」

「美味しいと言ったり美味しくないと言ったり、いちいち可愛らしい」


 ぽそりと放った言葉は、私の耳には届かない。

 目を細めて微笑む彼の肩を、怒りに任せて揺さぶる。


「何が目的だというの!?ねえ!」


 しかしドラゴアークは、私の腕を優しく掴むと、その手の甲に口付けした。


「僕なら、貴方のことをなんだって分かってあげられる。まだスカイフォード王太子殿下にお心がおありですか?」


 私は慌ててその手を引っ込めた。


「お、おにいさまのことなんて、別に……」

「ならどうしてドストエス伯爵令嬢様に対してそんなにムキになるのですか?」

「イサクが嫌いなだけよ」

「…貴方は嘘が下手だ。ほら、すぐにそうやって顔に出る」

「貴方の目的は、なに?私を揶揄って遊んでいるの?」


 しかしドラゴアークはくつくつと笑った。


「ああ、申し訳ありません。いちいち突っかかる貴方があんまりにも可愛いので」

「やっぱり子どもだと思っているんじゃない!信じられない人だわ!」

「違う。好きな女性に対して試すようなことをするのは、いつの時代も変わらぬ男の性質といえましょう」

「好きな、女性…」

「ニーアール様はもっとご自身を大切になさった方が良い」

「急にお説教?」

「そうしないと僕が悲しいのです」


 緑色の瞳が私だけを映して、揺らめいていた。

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