夏色の炭酸と向日葵

灯月冬弥

第1話 夏の始まり

 太陽が空高く昇り、じりじりと肌を焼くような夏の日差しが降り注ぐ。空気はもはや重たく、じっとしているだけで汗がにじみ出る。そんな季節がやってきた。都会の喧騒を離れ、緑豊かな田舎町にやってきたのは、梅雨明けが告げられたその日だった。


 主人公の凛(りん)は、都会の大学生活に疲れ、心の休息を求めて母方の祖父母が住むこの田舎町にやってきた。町はどこか懐かしく、過去と現実が混ざり合うような独特の雰囲気を持っている。細い道を抜け、祖父母の家にたどり着いた時、凛は早速、子供の頃の思い出がよみがえった。


 「お帰り、凛ちゃん!」


 玄関先で祖母が笑顔で出迎える。祖父はいつものように庭の向日葵の手入れをしていた。凛の到着に気づき、ゆっくりと立ち上がると、優しい目で彼女を見つめた。


 「よく来たな、凛。少し休んでいくといい。」


 祖父の声は低くて穏やかで、都会の喧騒で疲れた凛の心に、すっと染み込んだ。凛は大きく息を吸い込み、町の新鮮な空気と懐かしい香りを感じた。向日葵の花が風に揺れて、明るい黄色が目に飛び込んでくる。あの頃と変わらない風景に、心が解けていくようだった。


 その夜、凛は久しぶりにぐっすりと眠ることができた。次の日、祖父のすすめで、凛は町を散策することにした。細い道を歩きながら、懐かしい風景や新しい発見に心が踊った。田んぼの緑、遠くに広がる山並み、そして所々に咲き誇る向日葵たち。凛はふと、祖父母の家の近くにある小さな駄菓子屋を思い出し、足を向けた。


 駄菓子屋の店先には、昔と変わらない佇まいで、色とりどりの炭酸飲料が並んでいた。透き通ったガラス瓶に入った炭酸が、太陽の光を受けてきらきらと輝いている。凛は、子供の頃に飲んだことのあるレモン味の炭酸を手に取り、口元に運んだ。シュワシュワとした感触と共に、甘酸っぱい思い出が口の中に広がる。


 「やっぱり、これだよね……。」


 凛はつぶやきながら、昔の自分に戻ったような気分で、しばらくその場に立ち尽くしていた。そんな中、駄菓子屋の奥から誰かが歩いてくる音が聞こえた。振り返ると、そこには同じくらいの年齢の青年が立っていた。


 「君、ここで見かけるのは初めてだね。」


 青年は穏やかな笑顔を浮かべて話しかけてきた。凛は一瞬驚いたが、その優しい雰囲気に引かれて自然と口を開いた。


 「ええ、少しの間、ここの町に滞在する予定なんです。」


 「そうなんだ。僕もこの町で生まれ育ったんだ。名前は光(ひかる)って言うんだ。」


 「凛です。よろしくお願いします。」


 二人は自然と会話を始め、炭酸飲料を片手に、夏の風が吹き抜ける駄菓子屋の前で、穏やかな時間が流れた。


 「この町にはたくさんの思い出が詰まってるんだ。君にもこの夏、素敵な思い出ができるといいね。」


 光の言葉に、凛は心が温かくなるのを感じた。そして、この町での夏がどんなふうに過ぎていくのか、少し楽しみになったのだった。


 こうして、凛の田舎での夏が静かに始まった。これから訪れる季節が、彼女にどんな変化をもたらすのか、凛自身もまだ知らないままだった。

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