雪花火奇譚
冬野ゆな
山姥(全7話)
山姥――①
十一月七日。N県Yヶ岳――。
夜になっても雪は降り続いていた。
彼女は茂みの中で震える体を抱きしめていた。本来ならば昨日のうちに、既に山頂に着いている予定だった。道を見失ったのはいつだったか。確か山道の途中で、木に書かれた赤い矢印を見た。それから見えてくるはずの次の目印はいつまで経っても見えてこなかった。入る道を間違えたのだ。けれどその恐怖さえ、今のこの状況に比べればきっとマシだ。
いま、この茂みの中で、隠れて震えるしかない状況に比べれば――。
――化け物、化け物、化け物……!
カタカタと指先が震え、茂みが僅かな音を立てる。震える体が茂みを揺らさないように、自分の体を抱きしめる。寒さでもはや指先には感覚が無く、唇が震える。茂みのなかでは生き残っている虫がいるのか、小さな羽音が耳をかすめた。こんなに寒いのに。何かが足に這い上ってくるような気さえする。どこまでが幻覚かわからない。空気が淀んでいる気がする。
あの化け物も幻覚であればいいのに。でも、あの化け物が行ってしまうまではどうしようもできなかった。荷物も全部置いてきてしまった。ここから山を降りて、誰かに助けを求めるしかない。
茂みの向こうから、足音がする。
茂みをかき分け、山道を踏み荒らす音だ。自分を探している音だ。
巨大な鉈のようなものを振り回し、空気を切り裂く音がする。茂みの奥を探しているのだ。あの不気味な息づかいがする。彼女は息を潜めた。できるだけ温かな息を吐いたりしないように、膝の間に向けて息をした。夜だからきっと大丈夫だ。白い吐息になって空中に浮かぶことはきっと無い。
――だれか。だれか、助けて……!
いつの間にか茂みの向こうは静かになっていた。息を潜め、気配が無いかどうかを確認する。そろそろと重なった葉を少しだけ指でこじ開ける。暗い。何もいない。自分の心臓の音だけが耳に残る。いまにも爆発してしまいそうだ。ようやく降りられるかもしれない。わずかな希望の光に、彼女は息を吐いた。茂みから顔を遠ざけて、彼女は振り返った。
巨大な鉈が、月の光を反射していた。悲鳴さえあげる暇もなく、その首が地面に転がった。
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