第42話 ラクサルの泉

 ルキア、ニック、チノの三人は、南の空に薄い夕焼けが残るころ、ケミカルプラントの一望できる小高い丘にあるラクサルの泉に到着した。ケミカルプラントが見渡せる位置に陣取ると、交代で見張ることにした。

 ラクサルの泉周辺の地面は、赤茶けた鉄砂に覆われていて、ところどころに生えた天然の草花が風に揺れていた。丘の頂から見下ろすと、ケミカルプラントの巨大な煙突から煙が昇っているのが見えた。ケミカルプラントの無機質な姿が異様な存在感を放っていた。


 張り込みを始めてから、十日目の事だった。

 今日の見張りの担当はニックで、食事の担当の方はルキアとチノだ。

「なあ。ルキア。オイラ達、張り込みを始めて何日目だっけ?」

 ニックがボヤキはじめそうな雰囲気だった。

「今日でちょうど十日目になるかな」

 ルキアはニックの質問に答えながら、丁寧に武器の手入れをしていた。

「あーあ。紅色の霧なんて、一体いつ現れるんだよ。早く派手に動き回りたいよなあ」

「何よ、ニック。忍耐力がないわね。そんなに早く紅色の霧が現れるとでも思っていたの?」

 ニックのボヤキに答えを返したチノの顔にも、疲れの色が滲んでいた。


 一般的によく言われる「寝ているだけなら楽でいい」という言葉は、実際に経験したことのない人が口にするのだろう。実際にやってみればわかることだが、精神と肉体が健康な人であれば、三日もじっとしていれば、自然と動きたくて仕方なくなってくる。ましてや、血気盛んな若者に、十日間もビークル周辺だけでじっと見張りを続けていろというほうが無理があるだろう。


――そんなとき、遠くの方から森の中を駆けあがってくる馬の蹄鉄の音が聞こえてきた。あやかし森に向かったクラヴィスの操るロクザの足音だろうか。だとすれば、ツァローニを乗せてて来るはずだ。程なくして、ロクザに乗ったクラヴィスとツァローニが現れた。ロクザから降りた二人は皆の方へと歩いて来た。


「みんな、ツァロー二さんを連れてきたわ」

 ツァロー二を皆に紹介した。

「へー。この人がクラヴィスのお師匠さんなんだ」


 ニックが双眼鏡を片手に、何かつまむものを探しにトランクの中を確認しに行った。ビークルの方に向かう途中、ニックは人数を数えていた。

「今、五人いるよな。食材が足りないと思うぞ」

「オイラを忘れてるんじゃないのか?」

 クラヴィスの胸元から現れたティプトが言った。

「あ。ティプトか。このエロ守護神め。そんなところに隠れていたのか」

 クラヴィスの胸元から顔を出したティプトを指さしながら言った。

「ニック、ティプトが可哀そうじゃない」

 クラヴィスがかばうと、ティプトは舌を出したあと、クラヴィスの服の中に隠れた。

「そうすると、五人と一匹か。どう考えても食材が足らないな」

「ほんとだ。そろそろ買い出しに行かないとまずいわね」

 食事担当のチノがニックの横から食材を確認しながら言った。

 それにしても、フォノンのいう通り長期戦を考えて水源地で張り込むことにしたのは正解だった。

「仕方がないから、鉄の都に買い出しに行こうよ」

 ニックが言った。

「アタシがロクザに乗って行ってくるわ。こんなド派手なビークルじゃ、目立ってしょうがないから」

 チノは皮肉ったが、ニックは全く気にしていない様子だ。

「オイラも一緒にいっていい?」

 ニックが答えた。

「どうして、あんたなのよ。あたしはルキア様と一緒に行きたいのよ。どうして、あなたはそこまで鈍感なのよ!」

 そう言い放ちながら、チノはロクザに跨った。

「仕方がないだろ。この中で鉄の都に一番詳しいのはオイラなんだから」

 ニックは持っていた双眼鏡をクラヴィスに預けると、ロクザの背中に飛び乗った。

「確かにそうだけど。ところであんたね。そんなに密着しないでくれる?」

 後ろに跨ったニックに向かってチノが言った。

「オイラが何かしたのかよ?」

「今してるじゃないの。硬いものがあたってるわよ」

「勝手に反応するんだから、仕方がないだろ?」

 ニックの返した言葉に、チノはため息をついた。

 そうやら、チノは諦めたのか、ロクザの手綱を握り直すと、ロクザを鉄の都へ走らせた。

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