第二十一話 逃走 鉄砂の地

 煙霧の里を出発したルキアたちの乗ったビークルが山裾から降りてきた。


 鉄粉の舞う鉄砂の地を走っているとメタルレイスの残骸をあさる解体業者が仕事をしているのが見えた。鉄砂の地はメタルレイスの残骸が転がっていることも多く、解体業者にとっては宝の山であった。噂では残骸から使える部品を抜き出して中古の武器に応用されるとのことだった。


「なんだろ、あれ?」遠くの方から鉄砂を巻き上げながら、大型のメタルレイスがこっちへ向かって突進してくるのが見えた。


 大型に属する目のない白い顔をしたバイソン型メタルレイスだった。がっしりとした体系から、相当な重さであることが想像できた。前方に長く突き出たウシのような形の頭のメタルレイスがビークルに迫ってきていた。


「なあ。なんでバイソン型がこんなに足が速いんだ?」


「金属化すると基本的な能力が上がるのかもよ」金属化してしまえば基本的な能力が上がるという推測は当然といえば当然か。


「このままだと、振り切れないぞ?」


「あまりこれは使いたくなかったんだけどな。足で踏ん張れるようにしててよね」そう言いながら、ニックはビークルのモードをレースモードに切り替えると、素早くアクセルを全開にした。


「どうして、そんなもんが一般向けのビークルに……」と、ルキアが何かを言いかけた瞬間、ニックが踏み込んだアクセルに反応したビークルはあっという間に力強く加速した。道路の脇にあった太古の建物の残骸が一瞬にして後方に引き伸ばされるように、流れ去っていく。


 悪路によってビークルが飛んだり跳ねたりスライドしたりしている。車体を支えるスプリングが痛んでしまいそうだ。


 荒れ果てた道路のあちこちに浮いた砂や土の固まりにハンドルをとられながらも、力強く前進するビークル。ニックはハンドルを両手で押さえつけながら、左右にぶれるハンドルを微妙に調整していた。


 真剣な表情で進行方向を見ているニックは、いつもの呑気な様子はどこにもなかった。何度もコントロールを失いかけるが、コンピューターによる完璧な制御がスリップアウトするのを防いでいた。


 駆け抜けてゆくビークルの過激な動きと、あまりにも静かな音がかけ離れていて、とても不思議な感じがした。荒れた地面に噛みつくようにタイヤがめり込みビークルを前進させる。大きなブロックパターンをした四本のタイヤ。舞い上がる砂埃がメタルレイスの視界を遮るが、センサーを頼りに走っていると思われる目を持たないバイソン型メタルレイスには煙幕としての効果は期待できない。


 メタルレイスは驚異的なスピードで車を追いかけてくるが、ビークルの推進力にはかなわないようだ。サイドミラーでメタルレイスを確認すると、すごい速さで距離を稼いだ。メタルレイスが追跡してこないことを確認すると、ニックはビークルを減速させた。どれほどの距離を走っただろうか、見たことのない場所にたどり着いた。


「振り切ったのはいいけどさ、ここは一体どこなんだ? 一先ず休憩でもしないか?」ニックはキョロキョロ辺りを見回しながらビークルをゆっくり走らせた。


 ルキアたちがいる場所は、電波の影響で地図には載っていないようだった。電波は太古の文明の残骸を国が改修したものらしいが、太古の文明がどれほどの進んだ技術を持っていたのか、今では誰にも分からない。ニックは停められそうな場所を探して、朽ち果てた公園の近くをうろうろしていた。


「あそこに見えてる、古寺なんかいいかもね」朽ち果てた古寺は太古の時代に作られたものだろうか。朽ち果て腐った柱や壁が崩れ降りていて見る影もない。


 なるべく音を立てないように、ゆっくりと近づくと、瓦礫と化した崩れかけの太古の古寺の横にある太い木の陰にビークルを停めた。


「悪いんだけどさ、焔。袋の中からキューブ取ってくれる? ついでに干し肉も」ルキアは申し訳なさそうな顔をしていた。


「うん。いいよ」焔は素直に返事をすると、自分の横に置いてあった袋の中からキューブを取り出すと、助手席に座っていたルキアに渡した。ルキアは目の前にある蓋をあけるとエネルギー切れ寸前のキューブを、新品のモノと取り換え、蓋を閉めた。パネルのメモリが「FULL」になっているのを確認した。


 木漏れ日が差し込む中、朽ち果てた古寺のすぐ横にド派手なビークルというミスマッチが、周囲の景色を異質な雰囲気へと変えた。


 ルキアは皆で仲良く干し肉を分けた。干し肉といえども貴重な保存食で、こういう時には腐らないので大変助かる。少し硬いが噛むほどに味が出る。ルキアは、ビークルの助手席に座ったまま、ハーブの香りがする干し肉をおいしそうに噛みながら、窓全開で何かをじっと双眼鏡で追っていた。


「こんなところから、何か見えるのか?」それを見たニックがいつもの口調でいった。


「それがさ、見えるんだよな」ルキアはポツリと答えた。ニックは答えに反応すると、作業を素早く終わらせ、ルキアの覗いていた双眼鏡を借りて覗いた。


「あ! あれって規約違反だよな、完全に………」一匹のメタルワームが、頑丈そうな結構な大きさの檻の中に閉じ込められているのが見えた。メタルワームといってもそこまで大きくはなく、まだ子供のメタルワームだろう。


 メタルワームの子供からは、大変貴重で良質のコアストーンが取れるということはメタルハンターの世界では常識だった。モノによっては、通常の三倍の根で取引されるという噂だ。いくらメタルレイスであっても、子供型にだけは決して手を出してはいけないとギルドの規約でそう決まっていた。


 メタルワームというのはまさに名前のままで、金属質に変質した頑丈な牙をいくつも持つ金属質のミミズだった。メタルレイスであっても、メタルワームの牙にかかればバラバラに噛み千切られてしまうだろう。


 土壌を分解して肥沃にする自然の土の中に生息しているミミズとよく似た仕組みを持っていることは知られていたが、どんな仕組みで金属の成分を分解しているのかはなぞが多い。

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