第9話 あなたのハートを鷲づかみ


―――クラヴィスの父親は、妻のキテラを亡くしてから、だんだんお酒に救いを求めるようになっていった。ある日、紅色べにいろの霧の出た夜に、お酒を飲みに行ったきり忽然と姿を消してしまった。


クラヴィスは、


何度、父の失踪を忘れようとしたことか。


何度、父を許そうとしたことか。


何度、自分を許そうとしたことか。


 クラヴィスは父の失踪を受け入れることができず、不安と孤独に苛まれる日々を送っていた。心無い街人達は、父親は女でも作ってクラヴィスを捨てたのだなどと噂して、クラヴィスの幼い心を土足で踏みにじった。


 クラヴィスは、父親がどうして自分を一人残したまま去ってしまったのかと思い悩むようになった。必然的にその真相を知りたいと願うようになり、父の失踪した日に現れたという紅色の霧について、手当たり次第に本で調べるようになった。


 クラヴィスを不憫に思ったマグナとローズは、家族ぐるみで付き合いのあったキテラの娘ということで、養女として迎え入れることにした。その話に、ルキアはもちろん賛同した。


 歳の近いルキアの存在は、クラヴィスのこころの支えになっていた。ルキアの実直な刀術の鍛錬に対する姿勢に影響を受けた。読書に没頭するクラヴィスの姿は自らの存在意義を本の中に見出そうとしているようだった―――


 シャッターが開いたままになっているガレージの前を通った時のことだ。ガレージには、街に滞在しているレイスハンターのモノらしい使い込まれたビークルが三台ほど並んでいた。


 油圧ジャッキで浮いたままの状態でこっちを睨みつけているビークルは、好戦的な目つきをしている。これが最近のビークルのデザインなのだろう。


 この店の修理の腕前は、この界隈ではピカイチだった。遠く離れた南西のサンベルト地方にある金属の都から、わざわざ足を運ぶ客もいた。


 ガレージの前を通りかかると、聞き覚えのある声がルキア達を呼び止めた。


「二人ともいつも仲がいいことで」

 そう呼び止めたのは、油まみれのオーバーオールを着た少年だった。スパナを手にした少年が、にやにやしながら二人の方を見ている。手にした道具や服装からして、メカのことが大好きなのは直ぐにわかった。


「よぉ、ニック。今日も父さんの手伝いか?」


「何度言ったら分かるんだよ。修行だよ、修行」

 いつもの決まり切った突っ込みに、いつもと同じ反応を見せるニック。


 そのやり取りを、呆れ顔で見ていたクラヴィスが、「面白い話を耳にしたんだけど。聞きたい?」と、話に入ってきた。


 面白いという言葉にすぐにニックは反応した。


 マグナとフォノンは、子供たちの会話を聞きながら、エメラルド・シードのことなのだろうと、笑みを浮かべて見守っていた。


「なんだよ。勿体ぶらずに言ったらいいだろ、クラヴィス?」


「あのね。エメラルド・シードっていう名前の石があるらしいんだけど」


「だけど?」

 ニックが身を乗り出してきた。


「なんでも願いが叶う石らしいわ」


「なんでも!?」

 ニックの耳がピクリと動いた。


「ほら。やっぱり、食いついた」

 丸メガネを手でクイッと持ち上げながら、クラヴィスは言った。


「へぇ。そんなものホントにあるのかよ」

 ニックは興味を示しながらも半信半疑なようだった。


「あるらしいわよ。いつかみんなで探しに行こうよ」


「うん。いいね」


「そうそう。言うの忘れてた。オイラさ、大事な用事でしばらくこの街を離れてるから。そこら辺はよろしく~」


「用事って何だよ?」

 ルキアはニックの大事な用事という時はビークルの改造なのだとわかっていたが、一応聞いてみることにした。


「それはもちろん、企業秘密だよ。企業秘密」


「どうせ、またビークルの改造なんだろ?」

 ルキアの言った一言が図星だったのか、ニックの目が少し泳いだ。


「いやいや。こっちは大したことあるぞ?」

 そう言いながら、店の奥から何やら取り出してきた。


「何だそれ?」

 ルキアはいぶかしげに、ニックの持ってきた薄型の四角い箱を見ていた。


「じゃ〜ん! 発信機の入った鉢金だ! 名付けて『あなたのハートを鷲づかみ』で、こっちが受信機ね」

 そう言うと、『鉢金』をルキアに、緑色をした画面の付いた『箱』をクラヴィスに渡した。


「相変わらずの、ニックワールド全開だな。でもさ、どうして今時プログラムじゃないんだ? それに、なんだか形やネーミングが古くないか?」

 そう言うと、ルキアは受け取った鉢金をじっと観察していた。


「その辺は、予算の都合ということで……」

 ニックは頭をぼりぼりかいていた。


 ルキアは文句を言いながらも頭に装着すると、額の殆どが『あなたのハートを鷲づかみ』で覆われた。


「でもさ、これで二人の仲は完璧だろ? ゴニョゴニョ言わずに使ってみてよ。すぐに使えるように設定してあるからさ」

 クラヴィスは手にした緑色の四角い画面を確認していた。


「ピコン、ピコン」

 丸い光が音に合わせて点滅している。


「わぁ。すごーい。でも、やっぱり古いかも……」

 クラヴィスは『箱』をひっくり返したりしながら観察している。


「クラヴィスまで何を言い出すんだよ。本ばかり読んでないで、たまにはノスタルジックな気分で古い機械にでも浸ったらどうさ?」


「それにしても、本当に位置がわかるんだねこれ」

 機械音痴のクラヴィスだったが、目をキラキラさせながら受信機をいじくりまわしている。


「でもさ、居場所がわかっちゃったら困る時だってあるだろ?」

 ルキアはぼそりと言った。


「あ……」

 ニックは、クラヴィスの顔色がだんだん変化していく様子に恐怖を感じた。


「あのぅ……。お言葉ですが……、ルキアさん」

 クラヴィスは、声を震わせながら言った。クラヴィスの頭が、だんだん前へと傾いてゆく。


「え!?」

 ルキアは、目では見えない際どい気配を感じると、少し焦った。


「ルキア? わたしに居場所を知られて困ることでもあるワケですか?」

 クラヴィスのメガネ越しに覗く目が、徐々に吊り上がっていく。いつもの温厚なクラヴィスではない。ハッキリ言って、結構怖い。


「あ。いや。その。絶対に。ありません!」

 ルキアは、上官に向かい機敏に返事を返す軍人のように言い切った。ルキアの返事に納得したのか、爆発寸前だったクラヴィスの怒りは鎮まった。


「ふう。第十回恋愛闘争が勃発するところだったね。でも二人は付き合ってるとかじゃないもんね」

 ニックは腹に手を当てケタケタと笑った。


「まるで。人ごとだな、ニック」


「だって、人ごとだもん」

 ニックは笑いコケていた。


 ニックとそんな会話を交わしたあと、四人はローズの待つ家へと急いだ。


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