第一話 吹き抜ける風

 濃緑色をした粘性の水たまりの中で、特殊なマスクを身に付けた二人の男が、メタルレイスの残骸の前でしゃがみこんで何かを剥ぎ取っている。どうやらメタルレイスとの戦闘が終わったようだ。地面に転がる残骸からは茶褐色の液体が滴り落ち、焦げくさい匂いが辺りに満ちている。


 一人は端末を使ってメタルレイスの熱量の高い部分を探しているようだ。仕草からすると大雑把な性格だということが分かる。もう一人の男の方は、無言でカバンに戦利品を詰め込んでいた。


 戦利品といっても、レイスハンターの武器や生活用品に応用される、機械の部品などのことだ。直接的に価値のあるものではないが、宝の山だ。全てを持ち帰ることができればいいのだろうが、重すぎてそうもいかない。ある程度の選別をして、その場に放置する。すると、巡回している回収業者が、レイスハンターのおこぼれを全て回収してゆくというシステムだ。まあ、誰が考えたのか知らないが、良くできた仕組みだ。


「こいつのコアストーンって、こんなところにあるんだな。」岩のような体格の男は、転がっていたメタルレイスの太い左腕を拾い上げると付着していた土を払い落とした。配線や部品の剥き出しになった金属質の腕からは、戦闘の激しさがよくわかる。


 腰に差していた特殊な短刀を取り出し、慣れた手つきで切り裂いていく。次第に小さな水晶のような綺麗なコアストーンが露わになった。純度の高そうなコアストーンを丁寧に取り外し、目を細めながら品定めしている。


「………。」もう一人の男は、横目で仲間の方をちらっと見た。


「おい。マグナ!  コイツは高評価がつきそうなコアストーンだぞ!  久しぶりに温かい食事にありつけそうだ。」古代彫刻のような精悍な顔立ちをした男の方を振り向きながらそう言った。


「あぁ。同感だ。コアストーンのほうは、ちゃんと報告しろよな。フォノン。」と、マグナは言った。


「わかってるさ。どうやら、ここから一番近いギルドは、ラナティスって町だな。」フォノンは、慣れた手つきで端末を操作しながら返事をした。


「そうか。初めての街だよな。この位置からだとちょうど南の方角だ。素敵な女神様がいたりしてな。」ずっと前、野営をしていたときにマグナはこう話していた。マグナの女神像とは、自分の人生のすべてをささげてもいいと思える女性だと。


「なあ、マグナ。お前は、女性に何を求めてるんだ?  みんな同じようなもんだろう。」


「フォノン。お前は、わかってないなあ。それが妻子持ちのいうことか?  自分の女神様は必ずどこかにいるもんさ。まあ、俺の勝手な考えだけどな」


 二人は膨れ上がったカバンを担ぐと、会話しながらゴツいタイヤを装着した六輪ビークルを停めた場所へと向かった。


 ハンドルを握るマグナの隣に座ったフォノンは、満足そうに部品とコアストーンで一杯になった膨れあがったカバンを抱えたまま、端末で町の位置を確認している。


 運転席に座ったマグナは、ガバッとアクセルを開けて六輪ビークルを走らせた。二人を乗せたビークルのタイヤがしっかり砂地を噛んで砂煙を上げる。景色は風に溶けるように後ろへと流れ去ってゆく。二十分ほどビークルに揺られただろうか。だんだん山裾にあるラナティスの町が近づいてきた。入口の横に構えるように立っていた。大木のそばのバギーが数台駐車してあるその横に六輪ビークルを停めた。


 二人は入り口の門を抜けると、ギルドを探しながら街の奥の方へと進んだ。整然と並んだ石畳でできた通路の上を、街の中を観察しながら歩いて行く。ビークルを降りてから、フォノンはずっと端末をいじったままだ。うつむいたままで歩みを進めるフォノンに、マグナが忠告した。


「フォノン。あまり良くないぞ。そういうの。」マグナはそう言いながらも、手の平に収まりそうな端末を覗き込こみながら屈んで歩く大男の後ろ姿が、どこか愛らしく思えた。いきなりフォノンは立ち止まった。キョロキョロと辺りを見回しはじめた。


「それにしても、マグナ!  結構な街だな。」このラナティスの街というのは、どちらかというと田舎の町ではあるが、少しだけ都の影響を受けていて、街の繁華街は整備が行き届いていて、ゴミ一つ落ちてないし、ビークルの修理屋から、宿屋にギルド、道具屋に花屋と、一通りの店は揃った街だった。


「あぁ。ギルドの位置はわかったのか?」マグナはフォノンに尋ねた。


「そこの中央広場の道具屋の横の通路を真っすぐ行って、通路の突き当りにあるはずだ。」と手の中にある端末で地図を見ながら横の通路の先を指差した。


 どうやら無骨なメタルハンターを見慣れているらしく、武器を携えた大男たちが歩いているのが目に入っても、住人たちは驚いた様子は見せなかった。そのまま真っすぐ進むと、噴水のある街の中央広場にたどり着いた。そこから、フォノンに言われたとおりに進むと、宿屋の隣にギルドらしき建物があった。


 建物の正面の壁に『Guild』と、手書きのような書体で大きく書いてある。


「ここがギルドか。」ヒゲもじゃの大男は、ギルドの前に備え付けられた長椅子にドスンと腰掛け、大きなカバンを乱暴に置くと、入口の方へと目を向けた。


 ドアノブに手をかけ扉を開けると、二人は中に入っていった。無愛想な表情のギルドの主が店の奥から顔を覗かせた。「いらっしゃい」と、ボソッと言って二人の特徴を確認した。店主が出てきた部屋の重そうな扉の上には、「コアストーン解析室」という金属のプレートが貼られていた。


 店主は、木製カウンターに肘をついた。「あんたら、報告かい?」手のひらを二人の方へ向けて、何かの提示を求めるような仕草をした。


二人は登録証を取り出すと、店主に渡した。店主は登録証を受け取ると、素早く機械に読み込ませた。胡散臭そうな目を二人の方へ向けながら、モニターに表示されたデータと比べているようだった。店主は二人の大男の評価を見たのか眉が動いた。


「大柄、ヒゲもじゃ、盾持ち斧使い。中肉中背、顎髭と、額の真ん中にアザのある刀使いか。アザのある黒髪の刀術使いに髭モジャ?」改めて目の前にいる二人のレイスハンターをジロジロと見た。


「何か、俺達の顔に何か付いてるっていうのか?」フォノンは呑気に頭をボリボリと掻きながらマグナの方を見た。


「………。」マグナは無言のまま、咄嗟に額のアザを前髪で隠した。


「まさか、あんた達が『双剣の百』を倒したっていう、マグナとフォノンかい? この街のギルドに立ち寄ってくれて光栄だよ。」ベテランハンターの来店に、店主はガラリと態度を変えた。


「いや………。」マグナがそう言いかけたところで、フォノンが話を奪った。


「いやぁ。戦闘不能にまでは追い詰めたんだがな。命乞いをするもんだから、逃がしてやったんだよ。あの怪我じゃあ、今頃はあちら側だよ。あんときゃ、『キテラ』もいたっけな。」


「ん? その名前はどこかで聞いたことがあるな。確か、有名な魔女狩りのときに断罪されたっていうリストの中に同じ名があったな。もしかしてあんた達の仲間だったのかい?」


「おい。余計なことをしゃべるな、フォノン!」カバンの中身をカウンターに丁寧に並べていたマグナだったが、動揺したのか声を荒げた。


「あ。すまん。」口を滑らせてしまったフォノンは深く反省しているように見えた。二人の顔色の変化から重たいものを感じ取ったのか、店主は急いで話を変えた。


「すまん、すまん。興味本位で深入りするもんじゃないよな。レイスハンターをやってりゃ、そりゃあ、色々あるだろうからな。ところであんた達、今日はコアストーンは提出できるのかい?」店主の目がガラリと変わった。


 フォノンは「ああ。これなんだが。」そう言って重厚な色をした二つの純度の高そうな石を取り出すと、カウンターの上にゴロリと置いた。


 年季の入った木製のカウンターの上で、薄赤色の光を放つコアストーンが視界に入った途端、店主の表情がにこやかになった。


 メタルレイスから回収できるコアストーンという鉱物は、いわゆるレアメタルというやつで、名前の通り石であり、メタルレイスのエネルギー源として機能するらしかった。敵の強さや体の大きさによって、その色や大きさなどが違っていた。ギルトに納められたコアストーンはケミカルプラントで、キューブに加工されるようだった。


「最近、解析依頼が増えてきてな。コアストーンの解析が終わるのは四日ほど後になるが問題ないよな?」


「あぁ。わかった。」マグナは頷いた。


「ところでさ。こいつは俺達にとっちゃ、税金代わりのようなモノだよな? 本当のところは、相当な値打ちのある代物なんだろ?」フォノンが、不躾な質問を店主に投げかけた。図星だったのか、店主の眉がピクリと動いた。店主は何も聞こえなかったふりをして、軽く咳払いをすると話に戻った。


「コアストーンの解析が終わったら、すぐに端末のほうに連絡が行くのは分かってるよな? 連絡がいったら端末のほうで取引金額を確認してくれ。あとは、今回の賞金と細かなものの金額だが………大雑把に鑑定するぞ………。」と、慣れた手つきで順に機械に入力していった。


「まぁ。ざっと九十クリスタだな。」端末を眺めていたフォノンの顔が笑顔になった。


 九十クリスタとは、現在の価値に換算すると、一般的な月給の四倍程の金額だ。一回の旅の長さや消耗する武器の修理代、燃料であるキューブの交換、ビークルの手入れなどを考慮しても無難であると思えた。メタルハンターという命の危険がある仕事であることをふまえると、少し安い気もしたが、まあ今回は納得のいく金額であった。


 二人が店を出たあと、店主が二人に駆け寄ってきた。希少なコアストーンが手に入るとなると、ギルドからの店舗の評価が上がるのかは知る由もなかった。店主は上機嫌で話しかけてきた。


「なあ。今日はこの街の宿屋に泊まっていくといい。店の隣にあるから、寄っていきなよ。話は通しとくからさ。なんなら、寝室でこころの疲れも癒やしてくれるぞ?」


「こころの疲れの方は結構だが、あたたかい食事は出るんだろうな?」


「ああ。当たり前さ。宿代もギルドが支払うから。安心して身体を休めてくれよな。また、この街のギルドをごひいきに!」ギルドの主が客であるメタルハンターにお辞儀をするのは珍しいことだった。


 二人はギルドを後にした。


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