レイスシーカー ~紅色の霧の彼方に~

深山 有煎(ふかやま うせん)

序章 金属の亡霊

 近頃、世界のあちこちで紅色べにいろの霧が目撃されるようになってきた。


 ある深夜の街が紅色の霧に包まれている。泥酔しきった男が、よたよたと街を歩いている。男は国から支給された簡易マスクが外れていることに気がついた。足元に転がっている壊れたマスクを見つめていた。

 男は「ゴホッ、ゴホッ」と咳き込んでいる。どうやら、肺の奥まで紅色の霧を吸い込んだようだ。その咳は、とても激しく痛々しかった。男の目の玉の中には蠢く何かが這っていた。

 いきなり冷たい輝きを放った赤い眼を持つ三匹の猫が、狂ったように路地裏から飛び出してきた。猫たちの目はまるで飛び出す寸前のように大きく見開かれ、よたついていた男の傍らを、すごい勢いで駆け抜けていった。猫たちの喧嘩は、食い合いへと変わっていった。猫たちの甲高い鳴き声は、次第に聞こえなくなった。


 紅色の霧は更に濃度を増してきた。道端にしゃがみこんだ男は、そのまま横になると、深い眠りに落ちて行った。その静けさは、時間の経過を忘れさせた。



 紅色の霧の中で眠っていた男は、意識が朦朧としたまま不意に立ち上がった。男の姿は紅色の霧の中で、孤独な存在のように見えた。ぽつんと一人立ち尽くしたまま、両手を前に伸ばして何かを掴み取ろうとくうを掻いている。男は幻覚を見ているのだろうか。その姿は、まるで霧の中に見える何かを必死に求めているかのようだった。


――あなた……。あなた……。と、川の対岸から亡き妻の影が男を呼んでいる。妻の影は現実と幻想の境界を曖昧にしていた。四方から聞こえていた声がだんだん小さくなっていく。声が聞こえなくなったと思ったら、頭の中に直接入り込んできた。


「生きていたのか?」男は叫びながら、腕をまっすぐ伸ばしたまま川の対岸へ向かって走り出した。どこまでも妻の影を追いかける。しかし、妻との距離は一向に縮まらない。永遠に続くかのように感じられた。


 突然、周囲の景色が変わった。鮮やかで奇妙な色が幾重にも重なりあっていた。男は自分が宙に浮いていることに気がついた。いくつもの色とりどりの空間を抜けていく。男の肌はだんだん金属色を帯び始めてきた。


「待ってくれ! オレも連れてってくれ……。」男は手で空を掻きながら叫び続けた。男の叫び声は空間に吸い込まれていった――


 次の瞬間、男の体内で時間が止まったかのような感覚が広がった。男はカッと目を見開き、我に返った。全身が震え始めると共に、男の肉体は徐々に金属の機械へと変質していった。

 身につけていた衣服が剥がれ落ちて、金属の鎧のような肌が露わになった。死んだ魚のように白く濁っていた男の目は、次第に赤い光を放つ機械の目へと変わっていった。もはや、その姿には人間の面影は残ってはいなかった。


 幻覚から、我に返ったはずなのに、亡き妻の声は、まだ男には聞こえていた。男は亡き妻の声を追いかけて、紅色の霧の中へと消えていった。その後ろ姿は、まるで何かに取り憑かれた金属の亡霊のようだった。


 世界各地で機械仕掛けの金属の亡霊が現れて、街や人を襲うようになった。これにより人々は、「金属の亡霊レイス・オブ・メタル」からとって、「メタルレイス」と呼ぶようになった。

 メタルレイスによる犠牲が見過ごせなくなってくると、国は事態の深刻さを認識しはじめた。メタルレイスの討伐に賞金をかけてハンターを募ることを決めた。この施策は、失業問題の解決策にもなるとされ、一石二鳥であると人々は大いに喜んだ。レイスハンターになるための条件は、十五歳以上であるということのみだった為に、一獲千金を狙い、レイスハンターになるものが増えていった。景気の悪さも影響したのか、危険を伴う仕事であるにも関わらず、レイスハンターになりたがる者に欠くことはなかった。レイスハンターに志願する者は、荒くれ者や流れ者が多かった為に、ハンター達を管理・統括する「ギルド」が必要にかられて創設された。


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