THERA’S TOUCH (その6)

遅い朝食を食べ終えると、中途半端な時間になった。

今から何かするには昼にかかるためやりにくい。

かといって昼食は言語道断だ。

水遊びも昨日やったばかりで新鮮味に欠ける。

そんな気怠い気持ちを一番に表明したのはやっぱり彼女だった。


「ねえシュウなんかしようよ。まだやったことないことでさあ、あたいたちがその気になるようなのを。ねえそんなのないの?」

「注文が多すぎやしないか?そんな都合のいいことなんてあるわきゃねえだろう、というとでも思ったか?」

「あんの?」

「あるさ。本邦初お披露目。泣く子も目を剥き死にそうな爺さんも立ち上がる面白さこの上なしの遊びがな」

「それ何?どういうの?どうやって遊ぶの?」

「知りたいかあ~?」

「知りたい!」

「遊びたいかあ~?」

「遊びたい!」

「よーし。それじゃあ教えてやろう。ただしその前にこれには相手が3人いる。シン、ケイ、エイコー、トシお前ら全員こい」

好奇心でしっぽが箒みたいに膨らんだクメールによって、あっという間に4人はシュウの前に集められた。

「そろったよ、シュウ。で、どうすんの?」

「じゃあ次は場所づくりだ。エイコー、この辺一帯6畳くらいを整地してくれ」

相撲の土俵みたいな地面が出来上がった。

表面は固くつるつるの大理石のようなテクスチュアだ。

「次に取り出しましたるはこれ、テーブルとイス」

ストレージから取り出した真四角なダイニングテーブルと4客の椅子がセットされた。

ただ、普通のダイニングテーブルと違うのは、テーブルの表面に深紅のビロード生地のテーブルクロスが少しの皺もなくピンと張られている。

「お次はじゃんけん。さあ行くぞ」

トシが外れ、見に回った。

男どもはテーブルとイスを見た瞬間何に使われるのか察したようだが、クメールがあまりに興味津々なので黙っていた。

期待を高めれば高めたほど効果があるというものだ。

それに、この世界には存在するはずがないものと知っていたからだった。


「さあ、いよいよ御開帳。とくと御覧じろ」

小ぶりのアタッシュケースのような鞄の中から、多種多彩な模様が彫り込まれた厚みのある形の揃った小石のようなものが取り出された。

取り出された瞬間、男どもはどよめいた。

まさか、奇跡だ、なぜここに・・・と口々に考えたことが漏れ出る。

「綺麗だけど・・・。なにこれ?」

「これぞ中国4千年の叡智が生んだ最高の娯楽。至高の遊戯。その名を麻雀という」

どうしてこれがここにあるのか知りたくてたまらない4人だったが、クメールの殺気立った眼光に、後で絶対教えろよ、と引き下がるほかなかった。


シュウ、シン、ケイ、エイコーの4人によりデモンストレーション対局が始まった。

感触を確かめるようにガラガラと洗牌し、鼻歌交じりに山を積む。

サイを振って親を決め半荘の始まりだ

第1局

「ヤッバイなこの感触」

「おっと、その發ポン」

「ドラ喰うなシュウ。早いと嫌われるぞ」

「その一萬チー」

「シュウ、東ポン」

「ありがとよシン。いいのが来たよ」

「ケイが喜ぶと、ちょっと警戒」

「その南もポン。愛してるぜ」

「お前ら俺にも積もらせろ!」

「エイコーがキレた」

「おー怖い。なにしてんのかなあ・シュウとシンは?」

「安いよ々々、開店大バーゲン」

「ようやく積もれた、てこれじゃあなあ。行っちまえ、リーチ!」

「ハッハッハァ、悪いなエイコー、それ当たりだ。混一チャンタ發一通ドラ3で倍満。毎度ありぃ」

「キッタネぇぞシュウ。覚えてやがれ」

「立った、立ったわ、フラグが立ったわ、ペーター」

「ほらよ、持ってけドロボー」


第2局

「お、いい配牌、自分もらったな」

「親でかよ、ケイ。あー、そんでお前ら経過報告な。ケイのクローン心臓移植は継続、ただし魔法生成が優先で」

「じゃあ、おれがそれ引き取るわ」

「エイコーそれチーな」

「シンがもう鳴きやがった。ま、クローンだろうが魔法製だろうが移植するのは自分だから、まあ何とかするさ」

「で、シンは同時多重起動の枚数増やし継続で」

「何枚?」

「少なくとも4枚」

「おれとの連携もヨロ」

「おまいらブラック過ぎ。転生してやるぞ」

「召喚+転生は属性盛り過ぎ」

・・・

「トシはスキル習熟とメタモルフォーゼの他者付与の継続で、とここでリーチだぁ!」

「付与はエイコーとの連携もありかな?」

「おわっビックリした。気配消して不意打ちすな。と、悪りいなシン、それ当たり。リー即純チャン二盃口ドラ3で3倍満ド~ン!」

「汚ったねえぞシュウ。口で気を逸らしやがって」

「はいはい、振ったヤツは皆そう言うよ。修行が足りんのう」

「憶えていなさいね!キッ」

「悪役令嬢頂きました」 

・・・


最初こそ何をやっているのか全く理解できずみるみる機嫌が悪くなっていったクメールだったが、危険を察知したシンが自分の代わりに卓に着かせ、自ら背後霊となって打たせた結果、瞬く間に麻雀の虜となってしまった。


運も技術も戦略も必要なこのゲームだが、特筆すべきは初心者が運任せに無双してしまうことが可能な運100%展開が用意されていることだ。

クメールもその例外ではなかった。

地頭の良い彼女は、基本ルールと役を覚えたあたりでシンの背後霊を外し、自分だけで勝負することになった。

接待麻雀よろしく指導してあげましょうメルさん、と余裕をカマしていた3人は、彼女のバカツキ鬼ヅモに為す術もなく揃ってハコを被る羽目になってしまったのだった。


彼女の高笑いがあたりに響き渡る。

「あー愉快々々。こんなに楽しいゲーム生まれて初めて。もっとやろうよ・・・」

ここに至って残りの女性陣が、何か面白そうなこを自分たち抜きでやっていることに気が付いた。

「私もやってみたいわ、ダーリン」

「マスター、ワタシも入りたいです」

「ご主人様ぁ、わたしも不健全な遊びを覚えたいです。ダメですかぁ?」

瞬くうちにペア戦に突入してしまった。


勝ち抜けで見に回ったシュウに、エールのジョッキ片手にミーナがそっと寄り添う。

「ありがとなミーナ。おかげで皆が楽しんでる」

「紹介した魔道具工房いい腕だったでしょう?」

「全くだ。牌といい点棒といい再現度パないな。苦労して素材集めた甲斐があったぜ」

「ギルドで魔物図鑑調べて、アイリスに怒られて、大変だったわねぇ」

「それだけの価値はあったな」

「そういえばセラはどうしたの?こんな時は真っ先に来るのに」

「ここにいるわよ」

「お前も気配消して来るな!」

「忙しそうだったから、外れるまで遠慮してたの。次はわたしも混ぜてよね」


麻雀卓からは女子の姦しい声が響いてくる。

ギャーと悲鳴を上げたクメールはきっと振り込んだのだろう。

トーカとケイがハイタッチしているのが見える。

彼女が嬉しそうに、上がりました、と大声で叫んでいる。

あのおとなしいトーカがあんなにも感情を爆発させられるようになったんだなあ、と感慨深い。


「ミーナ、お前やらないの?」

「あたしわぁ、ほら、これ創るときにあなたに教えてもらったじゃないのぉ。みんなとはレベルが違うからぁ、レベルが」

「言ってろ。ほらみんなが呼んでるぞ」

ユキがこっちに大きく手を振っている。

あの子も最初の引っ込み思案なところがすっかり影を潜めて、あんなになっちゃったわねえ、と嬉しそうにつぶやいてミーナは重い腰を上げた。

遠ざかるミーナの後ろ姿を眺めながら、シュウは、俺たちも行くか、とセラを誘い彼女の後を追うのだった。


「 

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