THERA’S TOUCH (その5)
翌朝になった。
ベースキャンプは目を覆うばかりの惨状を呈していた。
男たちはシュウを除き誰もテントに帰り着いたものはなく、すっかり火が消えてしまった焚火の周辺に酒瓶と共に転がっている。
よく見るとクメールも交じっている。
酔っ払いどもの体が地面に転がっている状況は、まるでセリにかけられるマグロの様だった。
女性で外でつぶれていたのはクメールだけの様で、他は皆テントで寝ることができたらしいとシュウは安堵した。
その半面、メルときたらハンターの流儀とはいえ潰れるまで飲んで地べたで雑魚寝とは世も末だねえ、まあシンの奴が側にいるから安心して醜態をさらしているんだろうけどなあ、と嘆息する。
とりあえず朝食を作るかと、小声でベルの名を呼んだ。
「お呼びデスか、シュウ様?」
何の気配もなくすぐそばでベルの返事がしたため、危うく叫び声をあげそうになるのを抑え込んだシュウは、朝食作りを提案した。
「よろしいのデスカ?いつも通りワタシがご用意しマスガ」
「いいんだよベル、こういう時は俺もいつも作ってるからな。たまには一緒に作ろうぜ」
「ありがとうゴザイマス。ワタシもシュウ様と一緒に作るのはとても楽しみデス。それで何をお作りになるのデスカ?」
「キャンプの定番、ホットケーキにベーコンエッグのソーセージ添え。俺は野菜は苦手だからサラダをベルに頼める?」
「分かりマシタ。ホットケーキにはシロップとバターでいいデスネ。お飲み物はいかがシマス?」
「冷たいミルクとフルーツジュース。昨夜の肉の残りを使って塩コショウで整えたスープ、それから取っておきを一つ」
「それでシタラ、ワタシはミルクとジュースの用意をシマス」
「じゃあ取り掛かるか」
キャンプ地をよい香りが満たしている。
香りにつられ、地面から、テントからだんだんと人が簡易厨房に集まってきた。
「いい匂いね。何作ってるの?」
「朝飯だ、セラ。食べたかったらとっとと顔洗ってこい」
「はーい」
セラの返事を皮切りに皆が身支度を整えに散っていった。
昨夜の深酒が祟ったのか、はたまた寝不足が原因か、皆の顔が一様に暗い。
それでも腹に少しでも食べ物が入ると、だんだんとどの顔にも生気が戻ってきた。
用意されたものを全て平らげる頃には、しっかりいつもの調子を取り戻していた。
そんな中、女性陣には初めての、そして男どもにはおなじみの香りが鼻腔を刺激した。
女性陣には小ぶりの、男どもには小さめのジョッキサイズのコップが配られた。
中身を見てクメールが毒づいた。
「なにこれ?香りは最高だったけど、中身は最低よね。これホントに飲めるの?」
「鍋の焦げを集めたんじゃないのぉ?」
「炭よ炭。これで昨夜の酒を全部漉し取るのよ」
「でもいい香りがするのよねえ、セラ」
「それが罠よ。飲んだらきっとものすごい味がするに違いないわ」
女性陣が好き放題言いあっている中で、トーカがあることに気が付いた。
「マスターが涙ぐんでいます」
「そういやシンの様子が変。何でそんなにジョッキを握りしめてるの?」
「ご主人様が幽体離脱しています」
「ダーリンそんなの飲むのおよしなさいって。ああ、もう口をつけそう」
「さあ皆、この辺でいいだろう。マルディグラで初めての飲み物をやってみな」
相変わらず女性陣が躊躇って手を伸ばさない中、男どもは揃って一口口に含み、ああ、とため息を漏らした。
「どうだい!、俺の淹れたコーヒーの味は」
「全く、苦労したぜ、この世界でコーヒーを探すのはよ」
「いったいいつ、どこで見付けたんだ!」
「そう興奮するなよシン。話せば長くなるからちょっと端折って言うとだな、俺があるクエストでアルカンを離れた時の事だ」
「それって半月お前がいなかった時の事か?」
「それそれ。その時大平原の南部にある山間の村で、きれいな赤い実をつけた木を見つけてな。現地人にこれはなんだって聞いたんだ。そしたらこの実はフルーツとして食べるが種は捨てている。味は甘みと渋みがあるっていっててな。試しに食べてみたところサクランボみたいな味で、種は二つに分かれた半球状だったんだ。それで俺はピンっと来たね。これはコーヒーチェリーに違いないって」
「それでどうしたんだ?」
「俺は村人と交渉して、完熟したコーヒーチェリーの種を発酵させる方法とその後水洗いし乾燥させそれを集めてアルカンに送る段取りをつけたんだ。その間にコーヒー豆を焙煎する専用の焙煎器を工房に発注してようやくコレが飲めるようになったんだ。偉いだろう!」
ひとしきりシュウの講釈が終わると、思い出したようにミーナがつぶやいた。
「それでぇ、頻繁にあの工房にいってたのねぇ」
しかし、ミーナの反応はまだましなほうだった。
「アンタってバカ?なんでこんな苦い飲み物にそんなに一生懸命になるの。バカなの?」
ここにきてシュウは女性陣と男どもでコーヒーに対する激しい温度差があることに気が付いた。感涙にむせぶ男どもに対し、女性陣は味見をした後誰一人口をつける者はいなかったのだ。
いみじくもセラの放った一言が如実に彼女らの気持ちを代弁していたのであった。
「この味がわからないとはお子ちゃまだな、うちの女性陣は。焙煎も決まってこれだけのコーヒーはそうそう飲めないのに」
「今の聞いたぁ?メル」
「なんかけしからんことを言っているよ、この男は。それじゃあお返しにあたいたち特製のスペシャルドリンクも飲んでもらおうよ」
言うなりクメールは、素早く後ろからシュウを羽交い絞めにした。
危険を感じたシュウは、なんとか振りほどこうと足掻くが、ワーキャットパワーに為す術もなく、冷や汗をだらだら流すばかりだった。
「ち、ちょっと落ち着こうかみんな。たかが飲み物で大げさな・・・」
シュウの宥めようとする言葉は、セラの氷の視線に途中で封じられてしまう。
その間にもユキとトーカが其処ら辺に生えてる草を適当にむしって集めてると、それをセラが風魔法ですり潰しどろどろの暗褐色の液体をジョッキ1杯作り上げた。
妖しい笑みを浮かべてシュウに近よるセラ。
シュウは必死で周囲を見回した。
「シナモン、セラを何とかしてくれ」
「青汁は体にとってもいいと聞いていますわ」
「なあミーナ!」
「ベル、お口に合わないかもしれないからぁ、ハチミツを持ってきてあげてぇ」
がっくりと項垂れるシュウは、もう抵抗する気力をなくしたようだった。
他の男どもはシュウの方を見ないよう、離れた場所で固まって雑談している。
「そこで笑っているあんたたち。シュウの次はあんたたちの番だからね。楽しみに待ってな!
怒りのクメールの叫びに、彼らの顔はジョッキの中身のように青ざめたのだった。
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