第13話

レグロスとサイスの企みによって意図的に逸れる事となったガオーンのクリファは、それに気付いたのは少し経ってからだった。

それほど2人は祭に夢中になっていた。


「あれ?

サイスは?」


クリファはなんとなく振り向いて逸れている事に気付き、慌てて周りを見渡した。

けれどもその姿は見当たらない。


「どうやら逸れちまったみたいだな」

「ガオーン殿下。

何を悠長にかまえてるのですか!

大変!

早く見つけないと!」

「大丈夫だクリファ。

何も心配する事は無い」

「レグロス王子も逸れてしまったのですよ!?

何かあったら大変です」

「あっちにはブラザーが付いてるから心配する事は無い」


クリファはガオーンの反応が意外過ぎて顔を覗き込んだ。

自分を心配させないために敢えて落ち着いて見せてるのかと思っていたが、ガオーンの表情を見て本当に安心してるのが読み取れた。


「ガオーン殿下は彼を信頼してるのですね」

「おうよ」

「正直意外です。

ガオーン殿下は人間を信用してないと思ってました」

「基本は信用してねぇ。

でもブラザーは別格だ。

ブラザーはな正直なんだよ。

それに余計な気も使わねぇ。

だから信用出来る。

そして何より強ぇ」

「彼がですか?

そうには見えませんでしたけど」

「よく考えてみな。

群の中で生きるってのには大なり小なり強調を取らなければならねぇ。

群れが大きければ特にだ。

人間と言う大きな群の中で生きるのは過酷だ。

普通なら呑まれて流されちまう。

だけどあんな性格で呑まれて無いってのはブラザーが強い証拠だ」

「確かにヒカゲさんは私が思っていた人間とは違います」

「だけど生きにくいはずだ。

だから俺様はブラザーにこの国に来いと誘っているのさ。

ここならある程度の自由が保障されている」

「ガオーン殿下は友達思いなんですね」

「まあな。

俺様はスケールがデケェからな」


ガオーンは豪快に笑う。

その姿を見ながらクリファは考えさせられた。


はたして自分はどうなのだろう?

龍神の巫女となり竜人族の為に尽くして来た。

だけど成果は伴わない。

龍神を目の前で殺されて何も出来ずに帰るのみ。

そして元老院からお叱りを受ける日々。

そんな日々がはたして龍神の巫女として正しいのだろうか?

いや、正しいはずだ。

だって元老院が言っているのだから。


『今起こっている事から目を背けるな!

自分の目で見て自分の頭で考えろ!』

『その答えをお前は持っているのか?

巫女としてでは無くお前自身としての答えを持っているのか?』


思考停止しそうだった頭にガオーンとナイトメアの言葉が引っかかる。

考えるのを辞めてはいけないと言われてるような気がした。


だけど彼女には答えが出て来ない。

何をどう考えていいのかわからない。

そのわからない事すらわかっていない状態だった。


「どうしたクリファ?」


急にボーッとしていたクリファを心配そうにガオーンが見つめる。


「ガオーン陛下。

私は――」


クリファはまた止まった。

何かを聞きたい。

この今の状況を良くするにはどうしたらいいかを。

だけど言葉が出て来ない。

自分が今置かれている状況がわからない。

今の状況が本当に悪いのかどうかも判断が付かないでいた。


そんなクリファにガオーンは語りかける。


「なあクリファ。

この国に来いよ」

「嬉しいお誘いですが私には龍神様の巫女としての勤めがありますから」

「それはクリファを幸せにしてくれるのか?

サイスは幸せになれるのか?」

「それは……」

「もしサイスの為に我慢しようと思っているなら辞めろ。

それは間違い無く失敗する。

俺様も失敗した。

その時言われた。

自分すら救えない者に他人が救えるわけ無いだろ。

ってな」


クリファにガオーンの言葉が重くのしかかる。

本当に私は幸せなのか?

この役目ほ後に自分の幸せが待っているのか?

初めて考えたのかもしれない。

だけどその答えを導く力は彼女には無かった。


「ガオーン陛下。

お気遣いありがとうございます。

でも私は龍神様の巫女に誇りを持っております」


クリファは笑顔を作って答えた。

その笑顔はどこか引き攣った笑顔だった。

ガオーンはそれに気付きながらもそれ以上は踏み込め無かった。

そのかわりにネックレスを取り出した。


「そうか。

でも気が変わったらいつでも来い。

それからこれをやる」


そのネックレスはレグロスがサイスに渡した物と一緒の物だった。



翌日。

クリファは竜人族の里に戻っていた。

そしてサイスを家に置いてから元老院の元に向かう。

そんな彼女を待っていたのは当然叱責と罵倒。

そして拷問まがいの仕打ち。


仰向けに倒れたクリファの上から容赦無く鉄砲水がのしかかり水柱となっていた。


「この出来損ないの巫女が!」

「申し訳……」


押し寄せる水で息もままならず溺れそうになっているクリファは上手く喋る事すら出来ない。

その事にすら元老院達は怒りをぶつける。


「謝る事すら出来んのか!

本当にどうしようも無いやつだ!」


更に水の勢いが上がる。

クリファは必死に酸素を取り込もうと顔を水が落ちて来ない所に伸ばす。

その顔目掛けて水が襲ってくる。

水が肺に入ってそれを押し出そうと咳をするが押しつけて来る水がそれを許してはくれない。

苦しさの余り手足をバタつかせるがそれすらも水に押し付けられて上手くいかない。

本当に溺れる直前に水が消える。

そこにはただ力無く横たえて咳込むと一緒に体をビクつかせるクリファの姿だけが残った。


「お前が選ばれし巫女でなければ生かしておく必要など無いのだぞ!

それを良く覚えておけ!」

「はい……

わかって……

おります」

「次こそは必ず龍神様をお迎えしろ」

「わかり……

ました」


クリファは弱々しく立ち上がりフラフラとその場を後にした。

塒の前に辿り着いた彼女に声をかける青年がいた。


「どうしたんだ?

ビショビショじゃないか」

「ドラッカー?

どうしてここに?」


クリファは声をかけて来たドラッカーを見る。

彼はクリファの幼馴染の同級生である。


「君がフラフラ飛んでるのを見かけたから来たんだよ」


ドラッカーは持っていた大きなタオルでクリファの髪の毛を拭き始めた。


「それで。

なんでビショビショなんだ?

もしかして巫女の勤めで?」


クリファは頷いてから答えた。


「私が失敗しちゃったから」

「そうか。

まあ失敗は誰にでもある事さ。

次は失敗しないように頑張ればいい」


ドラッカーは紙を拭きながら優しく声をかける。

クリファは疲労からボーッとしている中で頷いた。


「巫女の勤めはクリファにしか出来ない事だから頑張らないとね」


クリファはただただ呆然と聞いていた。

その時、塒からサイスが顔を出した。


「クリファお姉ちゃん!

どうしたの!?」


サイスの声にクリファの意識が戻って来る。

ビショビショになったクリファを見て駆け寄って来たサイスに笑顔を向けた。


「なんでも無いの。

ただちょっと川に落ちちゃって」

「風邪ひいちゃうよ。

もうお風呂入ってるから中に入って」


サイスがクリファの手を引っ張って無理矢理ドラッカーから引き離した。


「こんにちはサイス君」

「こんにちは。

クリファお姉ちゃんは休むので今日はおかえりください」


サイスはなんとなくドラッカーの事が嫌いだった。

特に理由は無く本当になんとなくだけど好きになれなかった。

だからサイスはドラッカーの方を向く事無くクリファと中に入って扉を閉めた。


「そんなに心配しなくて大丈夫よ」

「いいから早くお風呂に入ってあったまって」

「はいはい」


クリファは大人しくお風呂に向かう。

その気丈に振る舞いながらも微かに重たい足取りをサイスは見逃さなかった。

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