5章 悪党は血の繋がりに囚われない
第1話
王都に帰って来た僕は颯爽と逃げ出した。
これ以上リリーナに迫られるのは限界が近い。
逃げ先はナイトメア・ルミナスの秘密基地。
残りの夏休みはここで過ごそう。
「あっ!
ボスだー!」
部屋に入ろうとしたらカナリアが飛び付いて来た。
「ボス!
久しぶりだね!」
「そうだね」
「ねえねえボス。
僕、今仕事終わって帰って来た所なんだ」
「そうなんだ。
お疲れ様」
「だからボス遊ぼう」
「いいよ。
何して遊ぶ?」
「それはもちろんギャンブルだよ」
「何のギャンブルする?」
「僕の部屋にルーレットあるからそれにしようよ」
「いいよ。
で、何を賭ける?」
「僕が勝ったら尻尾をブラッシングしてね。
ボスが勝ったら好きなだけモフモフさせてあげるよ」
なんて健全なんだろう。
最近リリーナに誘惑されてばっかりだったから心が洗われるよ。
「よし来た」
「今日こそ勝つぞー」
そう言ってカナリアはルンルン気分で部屋に向かって歩きだす。
僕もそれについて行く。
相当ギャンブルが楽しみなのか、尻尾をパタパタ振っている。
ん?あれ?
僕は見間違いじゃないかもう一度見る。
やっぱり間違い無い。
「ねえカナリア」
「どうしたのボス?」
「尻尾が10本に増えてない?」
「え?
まさか〜
1、2、3……」
カナリアが尻尾を一本づつ動かして数え始める。
一緒にお尻フリフリしてるのが何だか可愛い。
「……8、9、10。
あれ!?本当だ!?
なんで?」
「いや、僕に聞かれても。
気付いて無かったの?」
「全然気付かなかったよ!
……まっ、いっか」
「いいんだ〜」
「だって困る事無いし」
「ならいっか」
「だね。
そんな事よりギャンブルしないと」
そんな訳で特に気にする事無くカナリアとギャンブルを楽しんだ。
もちろん僕の勝利。
しっかりモフモフを堪能出来て癒された。
そのお礼にブラッシングもしたら癒し度が倍になった。
◇
いよいよ今日から新学期がスタートする。
なんて憂鬱な朝なんだろう。
「朝からこんなに可愛い婚約者が迎えに来てあげたのに何で不服そうな顔してるわけ?」
リリーナが僕の腕に抱きつきながら文句を言って来る。
「僕はね、学園ってのが嫌いなんだよ」
「私と一緒に居られるのに?」
「それが何のプラスになる――
って痛い痛い。
何で君はいつも僕の腕を反対に曲げようとするわけ?」
「いつも曲げて欲しそうにしてるから」
「そんな事思ったなど人生で一度も無い」
「それで?
私と一緒に居られるから学園が好きなのに、何でそんな不服そうな顔してるの?」
「何処をどう聞いたらそう言う話になるわけ?」
「ほら、やっぱり腕を曲げて欲しいのね」
「そうやってすぐに暴力に訴えるのは良くないと思うよ」
「失礼ね。
そんな事ヒカゲにしかしないわよ」
「何で僕にはするんだよ」
「可愛い婚約者の可愛い愛情表現」
リリーナは並の男なら許してしまうであろう完璧に作られた笑顔を見せる。
わかってても一瞬ドキッとしてしまう完成度だ。
「それより、そんなにくっついて暑く無いの?」
夏休みが終わったとは言え、まだまだ残暑が激しい。
当然くっついていると暑い。
「そんな〜
私達がアツアツのカップルだなんて恥ずかしいわ」
「そのアツいじゃない。
気温の話だ」
「今晩もアツい夜にする?」
「そのアツいでもない」
「夏休み中には卒業出来なかったから、次の目標は今年中ね」
「まだ言ってるの?」
「当たり前よ。
絶対諦めないわよ」
僕は深いため息を吐いた。
「何をため息吐いてるの?
私の何が不満なわけ?」
「腹黒、わがまま、話を聞かない、すぐ殴る、すぐに自分の都合のいいように話を改変する、僕を騙す……」
「またまた心にも思って無い事を言って〜
本当にヒカゲって照れ屋さん」
「いや心のままに言ってるよ」
「それでも私の事好きな癖に」
「好きだよ」
「え!?
あっ、そ、そうよね。
当然よね」
何故かリリーナが急にしおらしくなって俯いた。
その耳が赤く染まっている。
そして小声で呟く。
「なによ急に……」
「いや、急にもなにも嫌いだったらとうの昔に相手してないよ」
「そんな事わかってるわよ!」
リリーナがプイッと顔を逸らした。
だけで無く腕を反対に曲げようして来る。
「痛い痛い痛い。
なんで?なんで?」
今回は長いぞ。
本当に曲がったらいけない方に曲がったらどうするんだよ。
「これは少年じゃないか。
なんだい。
朝からイチャイチャとは青春だね」
僕に気配を悟られずに話しかけられる人は少ない。
勇者ツバキはその数少ない1人だ。
「やあツバキ。
これがイチャイチャに見えるなら疲れてるんだよ」
ツバキは僕とリリーナを不思議そうに見比べる。
「いや、それは誰がどう見てもイチャイチャしてるように見えるよ」
リリーナの奴。
いつの間にかニコニコ顔で僕の肩に頭を乗せてやがる。
なんて変わり身の速さだ。
「それで、その子は?」
僕はツバキの後ろに隠れる様に立っていた女の子を見る。
「この子は――」
「ツバキの子供?」
「ハハハハー!
少年は面白い事言うね。
残念な事に私の相手をしてくれる奴なんていないさ」
「僕なら今晩にも――
痛い痛い痛い」
リリーナに凄く睨まれながらつねられた。
「こらこら。
今のは少年が悪い。
彼女を前にそんな事言ったらダメじゃないか」
だからって思いっきりつねらなくてもいいじゃないか。
「この子は親戚の子供なんだ。
今日から少しの間だけ少年が通ってる学園に留学することになっててね。
その付き添いだよ」
「初めまして。
ヨーゼフと言います」
僕よりもかなり年下っぽいし声も幼い女の子だ。
それなのに学園に留学?
僕が不思議に思っているとヨーゼフが僕の目をジーッと覗き込む。
ああ、そう言う事ね。
「学園で会ったら仲良くしてやってくれよ」
そう言ってツバキはヨーゼフと一緒に先に学園に向かって行った。
「ねえリリーナ。
あの子の目を見た?」
「いえ、特に見てないけど……
なに?」
「別になんでも無いよ」
僕はそう誤魔化してツバキとヨーゼフの後ろ姿を見送る。
あの目は――
「痛い痛い痛い。
腕が折れる」
「なによ!
そんなにあの女が気になるわけ?」
「気になるて言ったら気になるけど――
だから痛いって」
「婚約者が横に居るのに他の女に目移りするなんてどう言うつもりよ」
「そう言う気になるじゃないよ」
「じゃあ、なんだって言うのよ」
「いや、それは……」
「ほら、答えられないじゃない。
ちょっと可愛いかったり美人だったりしたらすぐに目移りするのね」
「それは仕方ないよ。
僕は綺麗いな物が好きだからね」
リリーナは頬膨らませて睨む。
その顔も練習してるのだろう。
1番美人に見えるであろう角度で見せつけて来る。
でも、腕の痛みの方に気を取られてそれどころでは無い。
腕からミシミシと音までして来た。
僕の腕大丈夫なんだろうか?
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