「台風」ショートショート集
卯月 幾哉
風の子の思い出
『ごめんね。帰りの便が欠航しちゃって。つむぎの世話、任せて大丈夫?』
「台風直撃じゃあ、仕方ないよ。仕事も在宅になったし、任せといて」
昨日の夕方、近畿地方に上陸した大型の台風四号が列島を文字通り縦断している。
その翌日の今日、俺はマンションの我が家で、可愛い一人娘の面倒を見ながら仕事をすることになった。
「……パパ、台風ってワクワクするねっ!」
娘のつむぎは、今年から通い始めた小学校が休校になって大はしゃぎだ。
やれやれ。
子供は風の子とはよく言うけれど、今日ぐらいは家の中で大人しくしていてほしいものだ。
「つむぎ、パパが仕事してる間、一人で遊んでいられるかい?」
「はーい!」
よしよし。返事はいっちょ前だな。
俺は会社支給のパソコンで、データの整理や資料の作成といった仕事をこなしつつ、ときどき娘の相手をする。
――ふと、昔のことを思い出す。今は遠い記憶の彼方にある、自分の子供時代のことだ。
†
あの日も今日のような大きな台風が来ていて、学校が休みになった。
俺はガタガタと揺れる家の中、一人で留守番をすることになった。
そしたら、どこからか白髪の女の子が現れたんだ。
『君、誰……?』
『私は――』
流れはあいまいだけど、俺はその子と一緒に遊ぶことになった。
何をして遊んだも覚えてないが、妙に楽しかったことはしっかりと記憶に刻まれた。
『私のことは、他の人には内緒にしてね』
あの子はそう言った。
翌日以降、俺はあの子にもう一度会おうと、家の中や外、色んな場所を探し回った。
しかし、どこを探しても見つけることはできなかった。
結局、あの子が現れたのは、あの台風の日だけだった。
†
「――……はい。お疲れ様でした」
昼下がり、娘に乱入されることもなく、一つの会議が無事に終わった。
子供部屋の様子を見に行くと、明るい声が聞こえて来る。
ほっと一安心というところだが、少し妙な感じがする。
「……え〜……だよ。……はつむぎの番……」
ドアの向こう側で、娘はあたかも誰かと会話をしているかのようだ。
今、この家は俺と娘の二人きりだと言うのに。
「……っと、次も会議だった」
俺は娘の様子が気になりつつも、仕事に戻ることにした。
「パパ、おしごとおつかれさま〜」
「うん。――つむぎ、さっきは誰かとお話ししてたの?」
仕事の後、娘に先ほどの件を尋ねる。
娘は「うーん」と首を傾げた後、人差し指を唇の前に立てる。
「……ナイショ!」
その娘の仕草が、遠い昔の誰かと重なる。
……まさか、ね。
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