第46話 あの人は今

 生きいきすだまはその頃、普通の男になっていた。

 元々は、家庭持ちの会社員。


 だが仕事がブラックで、会社ではうだうだ言われ、家では奥さんに家のことを何もしてくれない、子ども達を私一人で育てているような物じゃない。

 そんな感じで、どっちでもこっちでも、日々うだうだ言われていた。


 仕方が無く、もう少し楽な部署に異動しようとしたら……


「ああっ、嫁さんがやかましいから、楽な部署に移りたいだ?」

「はい、すみません」

 すると上司は、紙を出してきた。

 少し嬉しそうに。


『退職願 私儀 このたび、一身上の都合により、勝手ながら、二〇××年×月×日をもって退職いたしたく、ここにお願い申し上げます。』


「あのこれは?」

「なんだ? それを出せば楽になるぞぉ、毎日日曜日だ。希望通りだろ……」

 流石にこれはと思い、返そうとしたが、上司は首を振る。


「書け」

 そう言って睨まれる。

 ああ、どうやら言いだしたときに、すべては終わっていたようだ。


 俺の成績は悪い。

 要領が悪く、あと一歩が足りない。

 大体もう少しで契約と思ったら、他社が契約を持って行く……

 それで腹が立ち、夜な夜な資料を作る。

 だが結果は同じ。


 もう良いか……


「はい」

 退職願を出し、荷物を抱えて家へと帰る……


「なんて言おう……」

 そう、不安なのは、今日帰って妻になんと言うのか。


 お前が早く帰れと言うから、早く帰れるように言ったら首になった?

 本当のことだが、絶対喧嘩だ。

 

 家に居られるようになったから、家事は任せてくれ……

「なんてな」

 たらたら歩いても、家には帰り着く。


 階段を上がり、玄関に鍵をさす。

 

 この時間なら、まだ妻は仕事。

 保育園のお迎えは、まだ先だ。

「大体パートとフルタイムなんだもの。俺が家事をするって間違い……」

 開けかけた玄関。


 開閉をゆっくり、静かにする。

 誰も居ないはずの家の居間から、声が聞こえる。

 そう良くある話。

 

「ああっ、良いわ。もっと奥。乳首もお願い」

「相変わらずスケベな奴だな」

「良いじゃない。へたな旦那のせいで欲求不満なのよ。ああ、そこ。ううんっ、あっ」

 パンパンと打ちつける音は激しくなり、もう少しで終わるかな?


「いくぞ、口で……」

 男は、ゴムをしていなくて、抜いてお口フィニッシュを考えていたようだが、突然カメラ音が鳴り響く。


 驚き、抜くのを失敗をしたようだ……


「ああっ、あうぅっ」

 意外なことに、妻は中で出されると、同時に、深く絶頂をした様だ。

 立ちバックだったが、膝から崩れ落ちる。

 オッサンは、そのままの格好で、呆然とこっちを向いている。


「ごゆっくり」

 俺はそう言って、外へでる。


「なんだよそれ……」

 段ボールを抱えたまま、公園へと向かう。

 金も無いし……


 自販機で、いつもは買わない、百五十円の缶コーヒーを買う。

 ふと見ると、公園の一角に喫煙所があり、ちょっとガラの悪そうな人達が、たむろをしていた。

 まあ良いかと思い、禁煙後、お守り代わりに入れておいたたばこセットを取り出す。


 寿命が何年増えるか分からない禁煙。

 もういい……


 生きている気はない……

 もうやめよう。


 俺は空いている席。強面のお兄さん達の間に座る。

 たばこを咥えて火をつける。


 吸込み、軽く息を止める。

 長いこと吸っていなかったから、くらっとくる。


 ぶはーと、大きく息をはく……

「ああっ。美味い……」

 そう言ってしみじみ吸っていると、いきなり聞かれる。

 そう怖そうな、お兄さん達。


「あんた勤め刑務所帰り?」

「あっ、ええ。ですがまあ、嫌になっちゃいました。もうやめました」

 俺は会社だと思ったが、相手は違ったようだ。

 段ボールを抱えて、昼間の公園。

 ひさしぶりのようで、美味そうにたばこを吸う男。


 彼らは思った。

 まあ、ムショはしんどいって言うしな。

 俺達はこれから行くんだが……


「そりゃまあ、ごうくろさんです」

 そう言って頭を下げられた。

「ありがとうございます」


「ところで、ムショ…… 来たあいつだ」

「すみません。気を付けて」

 そう言ってそいつらは走って行き、向こうから、パンパンと何か聞こえた。


 そう少し手広くやり過ぎて、狙われた。


 口座の金は別に移したし、この体を捨てても問題は無い。

 数発の弾を撃ち込まれて、体は死んでしまう。


 ふっと抜け出して、次を探す。

 するとまあ、適度に闇堕ちをした体がいた。


 ラッキー……


 ほう、嫁さんが浮気ねえ。

 会社は今日辞めたと。

 色々が好都合だな。

 先ずは、間男を追い込んで、嫁さんは、便利に働いて貰うか。

 だめなら埋めるし。


 そう考えながら、安たばこを吸い始める。

 随分しけっているが、体は喜んでいる。


 スマホを確認し、写真とビデオの確認をする。


「間男君、金持ちの独身がいいが、嫁でも居ると面倒だな」

 嫁がいた場合、こっちの嫁さんに慰謝料請求が来る。


 ああいや、こっちは捨てて、間男の嫁さんとしっぽりするのも良いかもな。


 などと考え、色々と実行し、トレーダーとして生計を立てる。


 一応離婚はせず、嫁さんは奴隷契約。

 いやなら離婚。


 だが中身の変わった旦那は、ひと味違ったようだ。


 そんな男を、中学三年生の冬。

 塾帰りの雫は見つけた。


 輪郭のズレた妙な人。

 その男は、生き血をすすっていた。

「離れなさい」

 いつもの様に、雫は浄化を使おうとした。


 だが、風でもなく、殴られたわけでもなく、いきなり吹っ飛ばされ立木にぶつかり気を失った。


 そうそれは、超能力のサイコキネシスのような、不可視の攻撃だった。

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