第11話 忍者の生活

 日本を歩けば、実際に忍者がいる。

 向こうで友達達が言っていた噂。


 そうそれは本当だった。

 昔のように装束を着ることなく、普通の人に紛れて生活をしている。

 すれ違う学生も、サラリーマン? もすべて忍者かもしれない。

 私は、その情報をオターク仲間に流す。


 忍者の生活は徹底している。

 食事につかう箸も、実は暗殺道具。

 それを理解したのは、お世話になっている風祭家での出来事。


 それは、そう…… 食事中に起こった。

 颯司が…… 颯司というのは此処のお世継ぎ? 跡継ぎであり、わたくしの仕えるべきご主人。

 家長…… の風祭 飄重かざまつり ひょうえ殿が後回しにしていたエビフライを、かれは、自らの若さ故のはち切れんばかりの欲望のために、手に掛けようとした。そうそれは禁忌。手をつけては行けない領域であったようだ。


 彼は万全を期し、神速そして無音でそれを実行したようだ。

 未熟な私には見えなかった。


 その時、部屋の中の風が騒ぎ、何かが起こった。

 それを若、颯司殿が、ひゅんと下から上に箸を振るう。

 その瞬間、何かがはじけて、室内の気圧がかなり上昇をした。


「まあ、お客様の前ではしたない」

 そう言って、少しあきれ顔の奥方。

 風祭 静かざまつり しずかがすっと席を立ちどこかへ行くと、山のようなエビフライを携え戻ってきた。


 男衆二人はそれを見て、母上に礼を言いつつむさぼり食う。


 その時私は、何の変哲も無い家の中、到る所に刀傷や何かかが刺さった後が修繕されているのを見つけた。


 一つの言葉を思い出す。

常在戦場じょうざいせんじょう』。

 これは、全日本人が心得ている教えと聞く。

 彼らは常に戦場にいるような心持ちで暮らしている。

 食事といえども戦場。

 ここは、自らの命を繋ぐため、生きるか死ぬかの過酷な場所であることを理解した。

 そうこの時、私は日本が恐ろしい国と呼ばれる理由を知った。



 かつてドイツとイタリア。

 そして日本は、世界の国々と戦った。

 その時、アメリカは恐れたあまり、オーバーキルをしたといわれている。


 その後も、日本人は和やかな顔の下に、刃を潜めて世界を渡り歩いた。

 そういえば、刃の下に心あり。


 『忍』という漢字は、上がやいばで下がこころ。 つまり、心臓に刃物が突きつけられるような危機的状況であっても、彼らは動じずに冷静に考え、自分の意思を貫き通す強い心をあらわしていると聞いた。


 日常生活がすべて戦い。

 私はそう…… 日本での生活を甘く考えていた。

 表だけ見れば平和で安全な国。

 それは、戦えば周囲まで巻き込む戦闘となるから。

 だがら日本は平和。


 外国から来た者で、はっちゃけた者が居るが、きっと彼らは…… その真の姿を見たとき…… この世にはいないことだろう。


 はっ、日本の路上にゴミが無いのは暗殺防止?

 きっと、ぱっと見てゴミだと思うのは我ら外国人。

 もしゴミが落ちていれば、それは忍者が変化したもの?

 あの人なつこい烏や猫も…… もしかするとそうかもしれない。


 むうぅ。それを思えば、景観を台無しにする電信柱。なぜ未だにこんな物をと思ったが、身を潜めるために組織が頑張って残しているのかもしれない……

 そういえば、電信柱の上で烏が私を見ていた……


 そう美味しい食事だったが、私は普段行わない以上のレベルで思考の沼へ沈んでしまった。気が付けば、ひどく疲れていた。


 驚くのは、家にあったひどく大きな浴室。

 疲れていたから遠慮しようとしたが、強く勧められて入ることになった。

 三日くらい入らなくても平気なのに……


 静殿と一緒に入浴をする。

 手順を聞き、湯につかる。

 きっとこの間にも、私は見られている。

 はっ湯に入れというのは、これから私、飄重殿と同衾を?

 奥方がが、危険物を持っていないかボディチェックを?


「あの、お風呂まで入って、私この後? 飄重殿と?」

 怖かったが聞いてみた。


 だがお湯に入っていたのに、急激に気温が下がる。

「なに? アマンダちゃん。うちの亭主が気になるの?」

「いえ、勉強した中で、古代の風習を見て」

 そう答えると、何か空気が温む。


「ああ。稀人まれびとの風習ね。大昔の閉鎖的な村だと近親婚が増えるから。エスキモーさんだったかしら、あちらでも似たものがあったとか。現代日本じゃそんなもの無いわ。お風呂は疲れを取るため。暖まってから体温が下がるとよく眠れるわよ。慣れないところだから、その方が良いわ」

「ありがとうございます」

「つまらない考えは、起こさないでね」


 軽く言った言葉。だが、静殿の後ろに一瞬何かが見えた。

 あれは一体何だったのかしら、そうジャポンの鬼……


 私は、忘れない内に、今日あったことをノートに綴り、就寝をする。

 しんとした屋敷。

 すぐそこに道路があったはずだけれど、日本家屋というのはこんなにも遮音性が高いのね。さすが和紙ね。障子に張られた薄い紙でこんな……



 朝まで、ゆっくり眠り、居間の方へ向かう。

 そこには、すでに皆さんが集まり食事をされていた。

「おはようございます」

 挨拶は完璧なはず。

 なぜだか、殿方二人がそっぽを向く。

「アマンダちゃん。透けて色々見えているから、着替えてらっしゃい」

 つい、いつものつもりで、体を締め付けないシースルーのルームウエア。


 見えていると言われてまじまじ見ると、いつもの様にブラはしていないし、ショーツもメッシュタイプ。

「はい、着替えて参ります」

 頭を下げて、部屋へと帰る。


「Tバック」

 つい静が言うと、男達の顔が見ようとしてしまう。

「こらっ」


 

「行ってきます」

 朝から結構なものを見てしまった。

 見えそうで見えないのは結構良いな。

 つい身近な朱莉や静かで想像してしまう。


「無いな」

 メリハリの無い体だと、きっとああいうのは似合わないだろう。


 今日は、少し元気がある。

 昨夜は雑草を焼いた跡から、灰坊主が出てきていた。

 たまに人が襲われ、囓られるくらいの弱い奴。

 奴よりも、最近うろつく猪の方が怖い。


「おはよう。颯司、何かおごってよ」

 雫が朝から背中へ張り付いてくる。

「朝一から無心か?」

「だってぇ」

 なぜか、人の服。それも、そでを持ってフリフリする。


「今日は絶対、朱莉は休みだし」

「ああ、そうかもな」

 奴は先に俺が倒したものだから、朱莉はその辺りに火を放った。

 草刈りをして積んでったものだから、燃やしてもよかったのだろうが、目ざとい消防さんはやって来た。


 当然、火は消して逃げたが、きっと親にはバレただろう。

 火の術は気を付けないと危ないんだよ。

 浄化をするには最強なんだけどなぁ。



「はっ。ご子息はどこに?」

「学校よ」

「これは抜かりました。忍術の教えを受けようとしたのに」

「それなら教えるわ。一応情報のクリーニングはしたし。あなた本当に普通のお嬢さんなのね。大学を入学と同時に休学。いいこと」

 その時の静殿は、まだ普通だった。

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