第6話 勲章

「はあー。傷…… 残っちゃった」

 雫はシャワーを浴びながら、自らの体を見る。


 数時間前のこと、狐を追いかけていた。

 だが一向に見つからず、住宅街の方へ足を伸ばした。

 この所、お小遣いがもらえていない。


「大体、風で何処でも探れる、颯司がずるいのよ」

 そう言いながら、自分の周囲に水を張り巡らせ、探り始める。


 そして、彼女の意識が、立ち位置周辺から外れたとき、不意に民家の壁を越え、三メートルくらいの蜘蛛が降ってきた。


 その上半身は女の人。

 静止している上半身とは違い、一本の足がかすんだ。

「やばっ」

 訓練のたまものか、とっさに氷を作りシールドを張る。


 だが、結構鋭く、すっぱりといかれた。


 ムチか何かで叩かれたような感覚。

 彼女の初めて。

 バッサリと切られた。


 腹圧で押し出される内臓。

 胸骨が切り開かれ、息ができなかった。

 でも、命を。颯司が息を吹き込んでくれた。

 そっと唇を押さえる。

 まだ感触を覚えている。

「ふふっ」


 それから二時間後。

「ほら、早く起きなさい」

 しっかり起こされる。

 またシャワーを浴びる。


 今度は目覚めるため、冷たい水を……


「眠い。あと二日で土曜日。ゆっくり寝てやるぅ」




「おっはよう」

「雫。おはよう」

 学校に行けば、友達くらい居る。


 楽しいおしゃべり、そして眠りを誘うホームルーム。

 睡眠作用のある授業。

 学校は、私を殺しに来ている。

 こんな責め苦、贖える訳はない。


 座っていたが自然に目が潰れ、机へ思いっきり頭突きをする。


 ゴンという音は、思ったより響き、注目を集めた。

「いつものか?」

 呆れたように先生が聞く。

「そうです」

 その後は、きちんと突っ伏する。


 背後から友人がペンでこしょこしょするが、その位では私に勝てない。

 だが、不意に思い出す。

 あの蜘蛛。


 畜生。


 そう私は寝ていた。

 だが戦っていた。

 視界を塞ぐ霧を発し、それに忍ばせ、氷の槍を蜘蛛に向けて……

「きゃあぁ。何これぇ」


 そう、叫び声が出るまで起きなかった。

 手前の霧で、クラス内はかなりザワついたようだ。

 霧の中で形成された、一メートルくらいの槍。

 それはもう少しで、先生を撃つところだった。

 危ないところだった。


 私たちの力は、基本的に法ではさばけない。

 お願いをしたら犯罪となれば、人間全員犯罪者。


 人間生きていれば、あの野郎こけろとか、もげろとか思うでしょ。

 そのたびに起訴。

 無理無理。


 ああそうね。つららを手で持って刺せば立件できそう。

 しないけど。


 まあ、今のは寝ぼけていたけど危なかった。

 先生なんて、幾度もこけろとかもげろとか思ったけれど、殺すほどじゃない。

 浮いている槍を消滅させる。

 そして、霧も消す。


 当然体勢は、机に突っ伏したまま。

 バレてない、バレてないと繰り返す。


 そう、ここの学校では、怪現象が時折報告される。

 プールの水が突然現れたり消えたり。

 校庭に、机が並んだり、土偶が並んでいたり。


 校庭の草が、綺麗に刈られていたり、夜でも無いのに人魂が目撃されたり。


 校舎の壁が綺麗に洗われていたり、校長先生の話が長いと、校長先生にだけ雨が降ったり。

 まあ色々起こる。


 この町全体がその手の話が残る町だし、仕方が無いという風潮がある。


 岩手県の遠野までいけば、座敷童の伝承もある。


 ここは幽奇ゆうき市。


 地名にも色々残り、御陵町とは旧魅了町だし、奥津根町は旧御狐町だ。

 蛇原などもある。


 だが周りを山に囲まれ静かな町。

 なぜか、町の予算は豊富で暮らしやすい。


「あれ、雫。そんな傷が、どうしたの?」

「ああ。うん」

 水着になると、脇腹からの傷跡がうっすらと見える。

 特に体が温まると浮き出すようだ。


 普通のクラスメイトは、当然傷のことを知らなかったか。

「治さないの?」

「うーん。良い。これは反省と記念だから」

「なに、勲章なの?」

「そうそう」

 そう言って、パシャンと飛び込む。


 プールは好き。

 唯一、颯司に勝てるから。


 水流をコントロールすれば、時速五十五ノット。百キロだって超せる。

 無論、普通の水着だと、全部脱げるからしないけどね。


 だけど何時だったか、ラーメンを賭けたとき、奴は水面を走ったのよ。

「自由形だろ?」

 そんなへりくつを言って。


 まあ、ラーメンは美味しかったし、四人一緒だったけど楽しかったし。

 いいけど。


 私たちが授業で楽しんでいると、山の中腹が吹っ飛んだ。

 その瞬間に、大首が空を飛ぶ。


 お父さん達は、空を飛びながらそいつを追いかけていた。

 無論見えたのは、爆発があった一瞬。

 私のお父さんが、水を使い、周囲の光を散乱させて見えなくしている。


 お父さん達も、ああやって町を守っている。

 頑張らなきゃ。


 だけど、その時私たちは思っていなかった。

 アラクネーと同じように、海外の者達が日本へ密かに入り込んでいたことを。


 そう、大陸のやばい人達が戦力として、連れてきていた。


 無論、低位の物の怪達は、意思の疎通など難しいが、上位の妖怪やモンスターなどは意思の疎通もできるし、低位のモノを従えることもできる。


 それは静かに、日本の中で広がっていく。


 そして仕事上、ぶつかるのはすぐそこだった。

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