第76話 クリスマスパーティー① 準備
次の日の朝。
俺はいつものショッピングモールにやって来ていた。
陽菜から送られてきたメッセージには、「先に着いてるね」と書かれていた。
少し緊張しながら目的の場所へ向かうと、クリスマスツリーが飾られた広場の脇で、陽菜がスマホを片手に立っていた。
彼女はいつも通り可愛らしい私服姿で、冬の澄んだ空気の中でもひときわ輝いて見えた。俺に気づくと、陽菜はふわりと微笑み、軽く手を振った。
「輝、お待たせ。遅かったね」
「いや、俺が早く着きすぎたかなって思ったんだけど」
少し早めに着いたのは、単に彼女に会うのが楽しみだったから、なんて口に出すことは恥ずかしくてまだできない。
「咲音ちゃんは?」
俺が尋ねると、陽菜は少し困ったように笑った。
「それが、咲音、今日になって急に『お友達と遊びたい!』って言い出して。朝友達の所に送って来たの」
「そっか。じゃあ、二人で買い出しだね」
二人きり。
その言葉が、俺の胸に甘い響きをもたらした。
陽菜も、少しだけ頬を染めているように見える。
「うん。咲音の分も、しっかり選んであげないとね」
陽菜が手に持っていたメモを見ながら言った。
そこには、フェルトやモールといった飾り付けの材料から、ケーキの材料、パーティー用のジュースやスナック菓子まで、びっしりと書き込まれていた。
「結構たくさんあるな」
「ね。でも、きっと楽しいパーティーになるから」
陽菜が、そう言って微笑んだ。その笑顔を見て、俺も自然と「そうだな」と頷いていた。
まずは、手作りのオーナメントを作るための材料を買いに、大型雑貨店へと向かった。店内にはクリスマスグッズが所狭しと並べられており、見ているだけでも楽しい。陽菜は、フェルトの色見本を真剣な表情で吟味したり、キラキラしたモールを手に取って嬉しそうに眺めたりしている。
その姿は、まるで小さな子供のようで、俺は思わず頬が緩んだ。
「これ、咲音ちゃん、喜びそうじゃないか?」
俺が、動物の形をしたフェルトのキットを指差すと、陽菜は「あ、可愛い!」と声を上げた。
「うん、これなら咲音も簡単に作れそうだし、私も手伝いやすいかも」
陽菜は、そのキットを手に取り、買い物かごに入れた。他にも、様々な色のフェルトや、星の形をしたスパンコール、キラキラしたリボンなどを選んでいく。
陽菜の隣で、俺は選ばれた材料をカゴに入れていく係になった。
「この色とこの色の組み合わせ、どう思う?」
陽菜が、赤と緑のフェルトを並べて俺に尋ねてくる。
その距離が近くて、彼女の甘い香りが俺の鼻腔をくすぐった。
「んー、どっちもクリスマスっぽいけど……緑の方が、落ち着いてていいかもな」
「そっか。じゃあ、緑にしようかな」
俺の意見を真剣に聞いてくれる陽菜の姿に、胸が温かくなる。
ただの買い出しなのに、こんなにも楽しいのは、陽菜が隣にいてくれるからに違いない。
雑貨店を出た後、今度は食料品売り場へと向かった。
スーパーマーケットの店内も、年末年始の準備をする人々でごった返していた。
カートを押しながら、陽菜がリストの品物を次々とカゴに入れていく。
「ケーキの材料は、これで全部かな? 卵、牛乳、小麦粉、砂糖……あ、生クリームも忘れちゃいけないね」
陽菜が確認しながら言う。俺は、彼女の隣で、カゴに入りきらなくなりそうな品物を支えたり、重いものを運んだりした。
「チキンは、どうする? 焼くタイプにするのか、それとも買ってこようか?」
「うーん、ケーキを作るし時間ないし買っちゃおう」
陽菜と協力して、チキン、サラダ用の野菜、パーティー用のジュースやスナック菓子を選んでいく。
広い店内を二人で歩き回るのは、なんだか新婚夫婦になったみたいで、俺は内心、ドキドキしていた。陽菜も、時折俺と目が合うと、ふっと笑ってくれる。
レジに並ぶと、長蛇の列ができていた。カートいっぱいの品物を見て、陽菜が少し申し訳なさそうに言った。
「ごめんね、輝。荷物たくさんになっちゃうね」
「気にするなよ。これくらい、どうってことない」
俺はそう言ったが、内心では、この重い荷物を二人で運ぶことが、なんだか二人の絆を深めているようで、嬉しかった。
会計を済ませ、大量の荷物をエコバッグに詰める。両手にいっぱいの荷物を抱えて、スーパーを出た。外はもう、夕暮れが始まっていた。
「わ、すごい荷物になっちゃったね」
陽菜が、自分の抱えているエコバッグを眺めて苦笑する。俺も、両手に持った袋の重みに、改めてその量を感じた。
「これ、持って帰るの大変だね」
「だな。ちょっと遠回りになるけど、駅の向こうのバス停まで行けば、家の近くまで行けるバスがあるから、そこまで歩こうか」
俺が提案すると、陽菜は頷いた。
「うん、そうしよう」
バス停までの道のりは、荷物が重い上に、少しだけ上り坂になっていた。陽菜が、時折「大丈夫?」と心配そうに俺を見てくる。
「大丈夫だよ。陽菜こそ、重くないか?」
「うん。大丈夫。でも、やっぱり、一人じゃ無理だったな、これ」
陽菜が、ふっと笑った。
その笑顔に、俺の疲れも吹き飛んでいくようだった。
「あっ」
その声と共に陽菜は何かに躓いたのかバランスを崩す。
「あぶなっ!」
俺はとっさに手を伸ばし、陽菜を支えた。
その時、俺の体に陽菜がもたれ掛かって来る。
陽菜は、驚いたように俺の顔を見上げた。
「ご、ごめん! ありがとう、輝」
「いや、大丈夫だったか?」
俺は、自分の心臓が跳ねるのを感じた。
陽菜も、少しだけ顔を赤らめている。
そのまま「あぶないから」と自然な流れで、俺は陽菜の手に自分の手を重ねた。
こけないように、という建前で。
陽菜は、一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに何も言わずに、俺の手に力を込めてきた。繋がれた手から伝わる温かさは、荷物の重さなど全く感じさせないほど、俺の心を温めた。
バス停に着くまでの道のりは、繋いだ手と、時折触れ合う肩が、二人の距離をさらに縮めているようだった。バスを待つ間も、俺たちの手は離れることなく、二人の間には穏やかで心地よい沈黙が流れていた。
バスに乗り込み、陽菜の家へと向かう。揺れるバスの中で、俺たちはそっと目を合わせ、微笑み合った。隣に座る陽菜の温もりと、繋いだ手から伝わる確かな感触が、俺の心を幸福感で満たしていく。
松村家の最寄りのバス停に着き、陽菜の家まで歩く。
玄関先で荷物を降ろし、買い出しの成果を眺める。
「ふぅ、これで一安心だね」
陽菜が、ホッとしたように息をついた。
「ああ。これだけあれば、最高のクリスマスパーティーになりそうだな」
俺が言うと、陽菜は嬉しそうに頷いた。
「うん! 本当にありがとう、輝。一人じゃ、絶対こんなにたくさん運べなかったし、色々と助けてもらったよ」
「気にするな。約束だからな」
そう言って俺が笑うと、陽菜も笑顔を返した。
「じゃあ、準備するか。咲音ちゃんが帰ってくるまでに出来ることしとこう」
「そうだね!」
そうして、俺たちは準備を始める。
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