【掌編】お花さん【700文字以内】

音雪香林

第1話 お花さん。

 現在中学二年生のお兄ちゃんは、三歳下の私のことを「僕のお花さん」と呼ぶ。

 私は花にたとえられるような美貌の持ち主じゃない。

 だから前に一度。


「私はお花なんかじゃないよ」


 と訴えたけど、お兄ちゃんはとてもやわらかくて優しい笑顔で。


「お前は花だよ。今はまだ蕾だけどね」


 と確信のある響きの声で言いながら頭を撫でてきた。


 私は納得できなかったけれど、なんと返したらいいかわからず黙ったまま会話は終了してしまった。


 ……もし、お兄ちゃんの言葉通り私が花だとしても、きっと日陰に咲いている小さくて地味な雑草だと思う。


 誰かにそこに在るとも意識されずに踏まれて終了の花。

 だけどお兄ちゃんは。


「お前がいつか運命の人に会って花開くまでは、僕が守るからね。僕のお花さん」


 なんて、ありえない「いつか」が本当に来ると信じているから……。

 私は、


「花なら……良い香りもしなくちゃね」


 と香水を買うために少ないお小遣いを貯金に回す。


 小学生で香水は背伸びし過ぎかな、制汗剤の方が年相応かもしれない、とも思ったけれど。


 これは私の「決意」の証だから。


 日陰に咲いてて小さくて誰にも見つけてもらえなかったとしても、お兄ちゃんが誇れるような凛としたになると。


 私はお兄ちゃんの……お兄ちゃんだけのための「お花さん」だ。

 たった一人のためだけに咲くっていうのもロマンティックだよね。


 私は人知れずふふふっと笑い声を漏らして貯金箱に硬貨を入れた。




 おわり

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