泥水の雫の中の光

自らを隅っこに追いやり、日の当たらない闇で生きはじめた。

純粋だったが故か、ことの真実を幾度と目にしたとき、その度に全身が震えるようなほどに、ひどく衝撃を受け落胆した。

美しく見えた、思えた表面の水面下。

彼が思い描き、目標としたそれとは全く違った世界の上に、美しい世界が成り立っていたことに気付く。

それは、どろどろと、ねとねととした汚物を心臓にぶちまけられたような感覚におそわれたようだった。


生気を失ってしまった彼は、ただただ息を続けるだけで、ぴくりとも動かないでいる。

前傾姿勢で地に座り、纏っているぼろ布の隙間から視線だけは前を見、視界に入ってくる出来事だけを無感情に見ていた。

彼が生きることに希望に満ちていたときは、様々な感情や思考が巡っただろう。しかし、彼が見て来た光景や景色は、光沢を持ち、映るものをすべてを輝かせていた瞳も、次第に汚れ、くすんでいった。


固い冷たいコンクリートにころんと体をうずめたまま横になってみた。

いつも見える景色よりさらに傾いた。

不規則なリズムが耳と全身から感じた。

大きな布をまとい目だけのぞかせて、目の前で繰り広げられる世界をただただ傍観していた。


とどまることなく、駆け抜けていく二本の足のお化け。

目の前に映る水溜り。

濁った水の中にうっすらと現実の世界を映し出している。

その水溜りが人々の動きによって、ゆらゆらと揺れているのを無感情に眺めていた。


どのくらいの時間が経っただろうか。

目の前にあった水たまりに足のお化けの片方の足が勢いよく飛び込み、水しぶきをたてた。


その瞬間、電気のような強い衝撃が全身を走った。

いくつもの滴が飛び立っていく様がスローモーションのように見えた。

滴の粒がきらきらと輝き、未だかつてない美しい光を見たような感覚に見舞われた。

黒く塗られた汚い世界に少し光が見えたように思えた。

昔遊んだオセロのように黒が白にひっくり返っていく様のようだった。

黒が悪で白が善かは分からなかった。

そんなことはどうでもよかった。

ただ言えることは、盤面である緑の板は、正確に1マスを描き、傾きなく平面にたっていた。

そして彼は立ち上がり、歩き出した。

光の見える方へ。

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