沼津平成第一ミステリ短編集

沼津平成

部屋が〇〇で満たされていく

 犯人は風船を買っていた。


     上


 ミステリ作家である九条充くじょうみつるはその事件現場に刑事たちと同行していた。

 もう少しで着くというときに、後部座席で新人の上村刑事と、電気あんまのやり合いがはじまった。

「ウニョ」

「ウニョ」

「どうかしてるのかね、九条くんたち」

「いえ、なにもしておりません……ウニョ」

 上村刑事がこたえた。

 白髪のベテラン警部は運転席にいた。

 昨晩酒を呑んだ高川警部が後部座席が映っている鏡を顎でしゃくると、あたりは急に静かになった。

   

      *


 気を取り直して、上村刑事は、A4の用紙を指さして、「これ、ミステリ作家の九条さんわかりますか?」ときいた。

「……はい」

 少し悩んだあと、九条はこう答えた。

「これはおそらく、なんでしょうが……もっとも、私は安楽椅子探偵に慣れていないので、実際に行って調べてみる必要はありますが」


     *


 被害者は永原友恵、四十二歳。

 元結婚相手である山本翔太、メイドの赤城梢、「おならマシーン」製作者、水谷と鼻村に容疑がかかっている。

「これはシュミレーション結果によるものですがね」と高川警部がいった。「——彼女は、密室で死にかけたのです」


     *


「まさか!」

 と、上村刑事がいった。

「九条さんの推理があってる……」


     中


 密室にはどういうわけかわずかな隙間があった。

「密室とはいえませんね。空気を取り込めたのに、なぜ?」

「それは凶器がなんであろうと、同じでしょうね」

「私の推理だと犯人も重傷を追っています」

 山本翔太と赤城梢が傷を負っている。

「しかし……」

「なにかしたのかね?」

「いえ。そういうわけではありませんが、まあ,彼は後々話すとして、次に行ってください」

 渋々だが、「うむ」と警部はうなずいた。「風船の割れた後があります。あとは水鉄砲が」

「水?」上村刑事は、「絶対に九条さんの推理が合ってるじゃないか!」と言った。

 密室には屋根裏部屋のように天井が二つ重なっていた。

「輪ゴムもおちていた」

「あとりんご、バナナ、みかんも」

 りんごは葉、バナナは皮、みかんは中の実だけがのこっていた。

「すでにメイドが犯人とはわかってるのに……証拠がない」

「証拠ならありますよ」上村刑事と九条の二人が異口同音にいった。

「しかし、みかんは踏み潰せるのに、みかんに汚れているのはどういうことじゃ」

「いいから説明をきいてください」

【読者への挑戦】

 手がかりは揃いました! メイドのトリックは?


     下


 被害者である永原友恵さんは、輪ゴムを左足で踏んでいました。しかし何かの拍子に転んで、輪ゴムが取れてしまったのでしょう。

 輪ゴムの力で水鉄砲が落ち、段ボールの天井が外れ、傾いて、水鉄砲はそのまま落ちてきます。落ちたところで水が入った風船を割ると、ふやけた段ボールの中が、水で満たされていきます。

 あとは、どうやって転ばせたのか? バナナの皮の中にみかんの実を詰めればいいのです。

 りんごについては目眩しに置いておいただけでしょう。余談ですがこれは津軽リンゴらしいですよ。


     *


 かくして事件は解決したのだった。

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