アマノツカミの選定
なめがたしをみ
祠の呼び声
「私の右目は左目と入れ替わってるんです。そうすると、人間の目は不思議なもので、見えるようになるんですよ」
その女性は笑いながらそう言った。
「入れ替えるときがね、それはもう、生きてるのが嫌になるくらいの痛みが脳みその奥に届いてね。入れ替えたあとも一週間はその痛みが続くんです」
山奥にあるこの村に行くという女性は、こちらが聞いてもいないのに話を続ける。
「運転手さんは、この村の噂を聞いたことあるかい?」
話を振られたので一応答えるが、正直早く降ろして街へ戻りたい。
「えぇ、少しだけ聞いたことはありますけど……創作の怖い話か何かでしょう?」
その噂とはこうだ。
その村の奥にある祠にはアマノツカミという神様が祀ってある。
ただ、この神様はとても気性が荒く、毎年村の何人かを喰らっていくらしい。
村の人たちは困り果てていた。
毎年何人も人がいなくなってしまっては、いつかこの村からは人が一人もいなくなってしまう。
そこで村長は、村の外から毎年人を連れてくることにした。
「えぇえぇ、そうです。そうです。それでね、運転手さん。お聞きしたいんですが、あなたは何人連れて行ったんですか?」
「……なんのことですか?」
「わかってるくせに」
車内が静寂に包まれる。
確かに、この村に行きたいと言って乗ってきたお客さんを、何回もタクシーに乗せてきた。
ただ、帰りのタクシーを呼ぶ人は誰一人としていない。
麓のタクシー会社に、すべての運転手に通達があった時がある。
『深く詮索するな』
一人の運転手は村に行くお客さんを乗せた後、興味本位で村に入ってしまい、戻りの途中で失踪したこともあった。
タクシーは村の近くの川に落ちていて、運転手はまだ見つかっていない。
「まぁ、呼ばれた人が悪いんですけどね」
私はそう言って不敵な笑みを浮かべる女性に、どうしても聞いてみたくなってしまった。
「誰に……呼ばれるんですか?」
「聞いたら帰れなくなりますよ?」
怖い、怖いのに聞いてしまいたくなる。
「じゃあ、帰りにお話してあげますよ」
気がつけば、村の入口に車は到着していた。
「明日の夜七時に迎えに来てください」
そう言って、女はお金を払って降りていった。
村の中へと入っていく女を運転席から眺めていると、どこからともなく声が聞こえてきた。
「おいでおいで、待っておるよ。甘い甘い蜜があるよ。楽しい楽しい宴をするよ。おいでおいで、泊まっておいき、暖かい布団で寝ておいき」
気がつけば、運転席から降りようとする自分がいた。
ハッと我に返り、エンジンをかける。
「明日、明日になれば聞ける」
聞けば何かが起こるかもしれぬ。
だが、運転手の顔から笑みが消えることはなかった。
アマノツカミの選定 なめがたしをみ @sanatorium1014
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