第27話 嫉妬渦巻く ①

骨折の手術と一定のリハビリを終えた俺は、安楽死請負人としての仕事を再開する事にした。といってもまだ動作にはかなりの制限が有るので、当面解体作業は洸太郎に任せる事となった。

そんな俺達の元に、非常に厄介な人間が訪れた。この女は俺が骨折してすぐ連絡を貰い、何度も話し合いを重ねた結果実行する事が決まっていた。

だが女は前日になって、対象者にしか教えていない番号に電話を掛けてきたのだ。そしてその内容を聞いた瞬間、俺は声を荒げて「バカ野郎!!」と言った。

女はあろう事か、SNSに自分が明日安楽死する事を書き込んでしまったのだ。女のフォロワーは10数人しかいなかったのに、そのたった1つの書き込みが一瞬で世界中に広まってしまったのだ。

「安藤さん、最終確認日に念押ししましたよね。安楽死する事はこちらが許可した人間以外には言わない事と。此れはれっきとした契約違反です、明日の安楽死は中止します」

「そんな…………困ります!!私、明日死なないといけないんです。軽率な事をしてしまったのは謝ります…………ハンドルネームだし、どうせ誰も見てないだろうって思って……………」

女の言葉を聞きながら、俺は苛ついた様子で机を指でトントンと叩いた。此のバカ女は死ぬ前くらい、誰かに自分の存在を知って欲しかったのだという。




「明日の安藤直海は中止だ。此のクソバカ女、SNSで明日安楽死するなんて書き込みやがって。ウスラボケが!!」

「でも悟さん…………安藤さんのアカウント、今物凄い勢いで炎上してますよ。ほら見てください、コメント欄がめちゃくちゃ荒れまくってます」

そう言って洸太郎が俺に安藤のアカウントを見せてきた。すると対象のコメント欄に、なんと340件もコメントが付いていたのだ。

「安楽死出来て羨ましい・場所を教えて欲しい・自分も鬱病で辛いから安楽死したい・金持ちは楽に死ねてズルい……………なんだこりゃ、殆どこいつに対する嫉妬じゃねえか」

「そうなんです、大半が羨ましいってコメントなんですよ。安藤さんは何も返信してないですけど…………」

俺はスクロールして大量の嫉妬コメントを呼びながら、アホらしいと言って洸太郎にスマホを返していった。何がどうであれ、契約違反した人間を安楽死させるわけにはいかない。

「2割ぐらいですけど、早く死ねとか本当にやるのか証明しろとか攻撃的なコメントもあるんです。安藤さんが焦っていたのは、多分此の2割の人達に対してですね」

「知るか、ボケ。これだから温室育ちのお嬢様は。洸太郎、規約の中にSNS等の書き込みも禁止って明言しとけ。書かないとわからねえバカが多すぎる」




安藤直海は10代後半から難病に侵され、医師からも見放される程の酷い状態に陥っていた。見かねた姉が必死で安楽死施設を探し回り、やっと辿り着いたのが俺達のところだった。

合法化の国の施設にも何度も相談したが、安藤は全ての国から断られたのだという。其れは安藤の家が特殊な宗教に入っており、その教義に基づいた儀式をしたいと強く希望していたからだった。

俺達はそんな事は気にしないので、勝手にどうぞというスタンスで受け入れた。そして姉と安藤本人に何度も注意事項を伝えたのに、よりにもよって安藤は決行の前日に大ミスをやらかしたのだ。

俺は安藤に電話を掛け、はっきりと「契約違反だから中止」という事を伝えていった。電話の向こうで安藤はしくしくと泣いていたが、俺は用件だけ言って早々に電話を切ってしまった。

「なんでこうなるってわからねえんだ、クソが。今や世の中死にたい人間だらけだ、安楽死出来るのはある意味特権階級だろうが」

「ずっと病院暮らしでしたから、世の中やSNSの事に疎かったんだと思います。さっきお姉さんから謝罪のメールが届いてました。今回は自分達の落ち度なので、妹には良く言い聞かせて諦めさせますと」

当たり前だと言って、俺はソファーの上にどかっと座っていった。まだ少し痛む右手を摩りながら、バカ女の連絡先をスマホから削除していった。

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