第19話 覗きとストーキングが生き甲斐の男 ①
俺はもう何人も人間をこの手で死なせている。だから偉そうに他人の事を、ああだこうだいう資格は無いだろう。だがこの男に関しては、流石の俺でも生き方を変えろと言った。
緒方真一・34歳。職業はビルの夜間警備員。チビの不細工で、女に好かれるタイプではない。
これだけなら、どこにでもいる只の非モテの中年だ。だがこいつのヤバいところは、覗きとストーキングで12回も逮捕歴が有るということだった。
この緒方には徹底した美学の様なものがあり、その基準に沿った覗きとストーカー行為を至高だと考えていた。俺と洸太郎は、此れはもうある種の才能だとすら思った。
「覗きって言うと普通、パンティとかブラとかそっちを想像しますよね。俺の場合は違うんです。もっと人としての恥部を、この眼球の中に収めたいんです。
例えばメチャクチャ美女なのに、歯に青のりがくっついたままだったり。今日のヒップラインを吟味して、生理で夜用ナプキンを着けている事を確認したり」
「……………………おい、この変質者。其れの一体何処が興奮するっていうんだ。お前のその独自の価値観は、俺達には1ミリも理解出来ねえ」
緒方の性癖はあまりにも特殊なものであり、またそれを覗く為の方法も独特過ぎた。
この男は20代にクライミングにドハマリしていた為、なんと壁を命綱無しでよじ登って実行するのだった。
「命懸けでトイレの窓を除いた時の、あの何にも代えられない高揚感……………美女が奏でるオナラのメロディを聞けた時、俺は生きていて良かったと心から思うんです!!」
此のバカは兎に角生命力に溢れ過ぎている。ストーカーの方も覗きと同じで、こいつにしか出来ない方法で何十回も実行していた。
「お前、前科有るけど1ミリも反省してねえじゃん。もうこのままバカを貫き通せよ。爺になるまでトイレ覗いとけ」
「いや………………其れがですね、そういうわけにもいかなくて。こんな俺にもね、心から愛する人が出来たんです。久々に行ったボルダリングジムで知り合って、1年前から同棲してたんです」
覗きとストーキングに命を懸ける男にも、クライミングという唯一の特技があった。その腕は相当なもので、かなりハイレベルな大会で優勝した事もあるという。
恋人とはあっという間に意気投合し、ラブラブ状態で同棲生活がスタートした。しかし今から三カ月ほど前に、覗き写真がパンパンに入ったフォルダを見られてしまったという。
「俺の不注意で、整理している途中でスリープにしたままで……………写真が全部見られた上に、過去の逮捕歴もバレちゃって………彼女は大激怒、荷物纏めて実家に帰っちゃったんです」
「もういいじゃねーか、どうせ追いかける程の女じゃないだろ。また前みたいに、覗きとストーキングを生き甲斐にしろ」
「悟さん、それは流石にダメですよ。緒方さん、クライミング本気でやったらいいじゃないですか。そしたらまたすぐに新しい出会いがありますよ」
俺と洸太郎はそう言って緒方を励ましたが、なんといっても緒方にとっては人生初の彼女だったのだ。捨てられたショックで唯一の生き甲斐も無くし、もう死にたくてしょうがないのだという。
緒方は天涯孤独の生まれで、覗きに目覚めたのも施設職員のパンツを見た事がきっかけだという。幼少期から34歳になる今まで、ずっと緒方は自分なりの美学を貫いて生きてきた。
しかし最愛の人を失ったダメージが大き過ぎた為、夜間警備員の仕事も行かずに放置しているという。ちなみにこの時点で、緒方の所持金は2000円だけだった。
俺は正直に言うと、この男は即安楽死させてやる方がいいと思っていた。やる事があまりにも常軌を逸しているし、この世に存在する価値はほぼ0に等しいからだ。
だが洸太郎は、緒方にワンチャンス与えてみてはどうかと俺に言った。どうせなら安楽死させる前に、実家に逃げた彼女を覗き&ストーキングさせてはどうかと提案したのだ。
「といっても元恋人に迷惑をかけてはいけないので、緒方さんが行動した後僕たちで警察に通報するんです。緒方さんは捕まり、刑務所内で過ごすことになります。其処でもう一度、自分の今後についてよく考えてみて欲しいんです」
「お前はお人良しだな、洸太郎。まあでも確かに、こいつは常人とは違う、特殊な才能を持っている事には違いない。衣食住が保証された環境で、冷静に自分の事を見つめなおすのも良いかもしれねえな」
俺は洸太郎の提案を受け入れ、緒方を説得して元カノの実家に行くように伝えた。その為の金を渡してやると、緒方が満面の笑みで俺達に礼を言った。
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