素直

相内充希

第1話

 待ち合わせ時間は五分前に過ぎている。

 待ち合わせ場所までは走っても後五分はかかる。

 なんだって平日なののこんなに人がいるのよ!!

 無性に腹が立つ!!


 昨日は彼と喧嘩した。

 けんか?  正確には私が勝手に怒鳴り散らしてただけ。

 きっかけなんて些細なことなのよ。

 だって、原因なんてもう覚えてないんだもん。


 今日はもう前から決めてたデートの日。

 昨日は私のほうから一方的に電話切っちゃったし、おまけに遅刻までしてるし、彼がそこに来てるかなんて正直自信がない。


 改札を抜けて人ごみを掻き分けて出口に向かう。


 こんな日に限って事故があるなんて最悪よ。

 電車の遅れは十分程度。

 でも、その十分が運命を左右するんだからね!!


 ああ、どうか彼がいますように。

 わがままな私にあきれてませんように。

 ちゃんといたら、絶対素直になるから。

 いつも笑顔のかわいい女の子になるから。お願い!!

 ごめんなさいもちゃんといいます。

 意地なんて絶対張らない。

 大好きだってちゃんと伝えます。

 嫌いなんてうそです。

 だからだから……




 車のクラクションが遠くに聞こえる。


 待ち合わせ場所に彼の姿がない。

 血が凍りつくような感覚……

 鼻の奥が痛くなる。

 ……当然だよね。



 パコン


 突然後頭部をたたかれる。

 振り向くと丸めた雑誌を持って彼が立っていた。

「まーた携帯忘れただろ。携帯は携帯しないと携帯とは……って……え? 泣いてんの? 俺、そんな強くたたいたっけ」



 彼がいた彼がいた彼がいた!!!


「いたかったぁ」

 涙目で文句を言うふり。


「え、ごめん。軽くたたいたつもりだったんだけど」

「うそだよー」


 いたかったなんてウソ。

 ホントは最初に「あ」がつくの。

 でも、言えないんだなぁ…。


「じゃ、行こっか」

 彼に促されて歩き出す。

 彼の背中を一歩おくれて眺めて、息を吐き出す。

 素直になるって決めたのにな。

 その広い背中に向かって、あたしは声は出さずに唇を動かした。


「何してんだよ、置いてくぞ」

「やだ、まって!!」


 彼に追いつき、腕を絡め、彼の腕に小さくささやく。

 聞こえた?


「やめろよ、はずかしいから」

 腕をはがされ、頭をくしゃくしゃとされる。

「あぁ、せっかくセットしたのに」

 聞こえなかったかな、やっぱり。


「んなことは、ちゃんとわかってるから」

 怒ったような照れた横顔は耳まで真っ赤。

 ちゃんと聞こえてた!


 そして、彼が差し出した手にそっと指先を絡める。

 私の顔も赤いかもしれないなぁ。





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素直 相内充希 @mituki_aiuchi

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