第13話

「ま、まだ、してないから! 本当よ?」

「……まだ?」

「え? あ、その、今のは言葉の綾と言うか……」


 早乙女は気まずそうに目を逸らした。

 余計なことを聞き返してしまったな……。


「そ、そうか。……深堀はしない」

「そ、そう。……なら、いいわ」


 早乙女はそう言って、手に持っていた薄い本を遠ざけるようにしてテーブルに置いた。

 気まずくなってしまった。


「ジュース、飲むか?」

「……もらうわ」


 俺は早乙女のコップにジュースを注いだ。

 早乙女は神妙な表情でコップを両手で持つと、ゆっくりと飲む。

 そしてジュースを飲むと、お菓子を少しずつ、遠慮がちに摘まむ。


「……」

「……」

「その……」

「ん?」

「……ダメなこととは、思っているの」


 早乙女は肩を落としながらそう言った。

 興奮したり落ち込んだりと忙しい女だ。


「別にダメじゃないだろう」

「……でも、あまり良くないことでしょう?」

「いや、別に悪いと思ったことはないけど」

 

 公共の場で下ネタを言ったりするべきではないとは思うが。

 自分の部屋で一人で楽しむ分には問題あるまい。


 ……ここ、俺の部屋だったわ。

 そもそも、こいつ公共の場で履いてなかったわ。

 毎日、俺に報告してたわ。

 スリーアウトだな。


「そ、そう……?」


 早乙女は顔を上げた。 

 お前はスリーアウトだぞ、とは今更言えない雰囲気だ。


「みんな、してるから」

「女の子も?」

「したことないやつの方が珍しいんじゃないか?」


 知らんけど。

 俺の根拠のない断言に早乙女の表情が明るくなる。


「……ちなみに、何回くらいなら、普通かしら?」

「え」


 何回……?

 それは一日にか?

 週にか?


「一……二回くらいなら、十分、あり得るんじゃないか?」


 取り敢えず、多めに見積もっておく。

 おそらく平均は二、三日に一回程度だとは思う。


「ふ、ふーん、そう、そうなの。……氷室君は?」


 直球で聞いて来たな、こいつ。


「……毎日。疲れていたら、しないけど」


 隠しても仕方がないので、正直に答えておこう。

 

「何回?」

「……基本的には一回だけど」

「じゃあ、二回目もあるの?」

「……ない、とまでは言わない」


 よっぽど気分が乗っていればある。

 もっとも、そんなに暇でもないので、滅多に二回戦目はやらないが。


「そ、そう。……意外だわ」

「そうか……?」

「十回くらい、していると思ってた」

「お前は俺を何だと思っているんだ」

「変態」

「お前ほどじゃないぞ」

「私は変態じゃないわ」


 早乙女は憤慨した様子でそう言った。

 本気でそう思っているのだろうか……?


「……ちなみに、私は普段、しないわ。誤解しないでね」


 早乙女は目を逸らしながらそう言った。

 下手な嘘なら、付かなければいいのに。


「ふーん、そうか」

「本当よ? 本当だから」

「ああ、そう。分かった、分かった」


 俺が適当に頷くと、早乙女は安心した様子で胸を撫で下ろした。

 騙されやす過ぎて心配になる。


「……とりあえず、氷室君の考えは、分かったわ。氷室君は、悪くないと思っているのね。うん、うん」


 よく分からないが、早乙女は納得したらしい。

 一人で勝手に頷きだした。


「ところで、氷室君」

「うん?」

「お手洗い、借りてもいいかしら?」

「いいぞ。あ、薄い本、持ってく?」

「あら、気が利くわね……って、違うわよ!」

「冗談だよ、冗談」


 顔を真っ赤にして怒鳴る早乙女を俺は宥めた。


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