幼馴染と偽りの恋人になってみた。

京野わんこ

幼馴染と偽りの恋人になってみた。

「……ねー、たっちゃんってさ、彼女いたことある?」


 幼馴染の初花ういかが俺にそんな質問をしてきたのは、二人でゲームをしている時だった。

 あまりにも唐突で脈絡のない質問だった。正直どういうこっちゃと思ったが、その割に答えは至極単純だった。

 俺は即答した。


「あるわけねーだろ」


 なんとも悲しくなる答えだったが、それが真実なのだから仕方がない。

 そもそも彼女がいたのなら、こんな呑気に家でスマ◯ラやってないわけで。


「ふーん」


 初花はなんとも興味なさげに呟いた。


「じゃあ初花はいたことあんのかよ」


「あるわけないじゃん」


 まぁ、いたら男の家に上がり込んで呑気にス◯ブラやってないわな。


「てか、何だよ急に」


 俺が尋ねると、初花はゲーム画面から全く目を逸らさずに言った。


「いやー、実はさ、佳奈に彼氏ができたらしくてさ」


「へぇ」


 佳奈っていうのは、俺たちと同じクラスの女子の名だ。


「それでさ」


「うん」


「最近その自慢話が鬱陶しくて」


「うん」


「しかも彼氏の居ない私にマウント取ってくんのよ」


「うん」


「ウザったいったらない訳」


「うん」


「だから私も反論しようと思ったんだけどさ」


「うん」


「こちとら汚れを知らない処女な訳じゃん」


「うん?」


「だからイマイチ説得力がない訳」


「うん」


「どうしたらいいと思う?」


「なるほどな……」


 ちなみにこの間、寸分の狂いもないタイミングで右スマッシュを決められた俺のキャラは、見事に吹っ飛ばされていた。

 リザルト画面の、悔しがるマ◯オの姿をぼんやりと眺めながら、俺は考える。


「一番手っ取り早いのは、お前も彼氏を作ることだと思うが」


「やだよ、めんどい」


「だと思った」


「それに、彼氏なんか作ったら、気軽にたっちゃんの家に遊びに来れなくなるじゃん」


「確かにな」


 彼氏側からしたら、彼女が訳の分からない奴の家に遊びに行くことにいい気分はしないだろう。

 それに俺からしても、こんなに気軽に遊べる友達がいなくなるのは痛い。


 そんなことを考えている間に、初花がしれっと第二回戦を始め出したので、俺は慌ててコントローラーを構え直す。


「というか、佳奈の自慢話を回避したいだけなんだろ?」 


「うん」


「だったら、自分にも彼氏がいるって嘘つけばいいだけじゃね?」


「無理」


「なんで?」


「自信ない」


「なにが?」


「嘘つくのが」


 そう言っているうちに本日二度目のKO。

 自信があるのはスマブ◯だけですってか? やかましいわ。


 俺はコントローラーを乱暴に放り投げ、半ば投げやりに言い放った。


「……だったら俺と付き合えばいいじゃねーか」


「え?」


「だったら今まで通りなにも変わらずに済むだろ」


 ……って待て俺。

 何言ってんだ?

 初花と付き合う? 

 自分で言うのもなんだが、あり得ねーだろ。

 今更、初花を女として見るって?

 無理だな。

 

 悪い、冗談だ――。

 そう言おうとした俺よりも早く、初花が虚を突かれたような目でこっちを見た。


「たっちゃん……もしかして天才か?」


「まあな」


 そして条件反射で肯定してしまう俺。

 ……って、何やってんだよ俺!


「じゃあ、これから私とたっちゃんは恋人ってことで」


「お、おう」


「佳奈に会ったら、口裏合わせ頼んます」


「おう」


「じゃあ恋人になったってことでとりあえず……」


「おう……」


「……三回戦といきますか」


「臨むところだ」


 その後、初花にコテンパンに叩きのめされまさかの三連敗を喫したことについては、もはや言うまでもない。



 それから俺と初花は恋人同士になった訳だったのだが、だからといって、特に何か変化が起きたわけでもなかった。

 いつものように、駄弁ってゲームするだけ。

 そんなあまりにも変わらなさすぎる俺たちの関係に、どうやら佳奈は疑いの目を向けているようだった。


「……ねー、たっちゃん」


 そんなある日のこと。

 二人でどう◯つの森の協力プレイをしていると、初花が突然ボソッと喋り出した。


「どうした?」


「佳奈がさ」


「うん」


「付き合ってんのに、デートの一つもしないのはおかしいって言ってきてさ」


「うん」


「事あるごとに自分はどこにデート行っただの自慢話してきて」


「うん」


「鬱陶しいんだけどさ」


「うん」


「ほら、私って超絶美少女じゃん?」


「うん?」


「だから嫉妬しちゃうのも分かるんだけど」


「うん?」


「流石にウザったいからさ」


「うん」


「そろそろ黙らせたいんだけど」


「うん」


「どうしたらいいと思う?」


「なるほどな……」


 俺が招待した島で、勝手に地面を掘り返して地形を変えていく初花のキャラをぼんやりと眺めながら、俺は考える。


「だったら別に、デートなんてしなくてもよくね?」


「は?」


「自宅デートって言葉があるだろ? つまり今、この瞬間をデートってことにすればいいじゃねーか」


「……たっちゃん天才か? ……って言いたいところなんだけど……」


「うん」


「果たしてそれで、佳奈が納得するかな?」


「確かにな」


 佳奈の奴が、そんな屁理屈の通用する人間でないことは俺も知っている。


 ちなみにこの間、暴走を続ける初花のキャラに対し、俺のキャラはスコップ一本で必死の抵抗を試みている。いつからど◯ぶつの森は格ゲーになったんだ?


 しかし、デートか……しかもよりによって初花と。ちょっと前までは考えもしなかったな。


「……要するに、どこかに遊びに行けばいいんだろ?」


「うん」


「じゃあ今度、映画にでも行ってみるか?」


「映画?」


「おう。この前見たいって言ってたろ、ポ◯モンの映画」


「なるほど、その手があったか……」


 まあポケ◯ンってチョイスが既にデートからは程遠い気はするが……。

 俺たちらしいと言えば、らしいのかもしれない。


「まったく……たっちゃんの発想は天才のそれだな」


「まあな」


 ちなみに初花が映画を見に行きたい理由の大半は、劇場で配布される限定◯ケモンをゲットするためなのは、もはや言うまでもない。



 そして、またある日のこと。


「……ねー、たっちゃん」


 初花は俺の漫画を勝手に引っ張り出して、俺のベッドに寝転がりながらそれを読んでいたのだが、ふと思い出したように喋り出した。


「なんだ」


「佳奈がさ」


 また佳奈かよ。


「この前のデートでどこまでいったのって聞いてきたからさ」


「うん」


「映画館まで行ったよって言ったらさ」


「うん」


「そうじゃなくて、どこまで進んだのって聞かれてさ」


「うん」


「え? もう余裕で殿堂入りして図鑑も100パーだけど? って答えたらさ」


「うん」


「どうやらポケモ◯じゃなくて、デートのことだったらしくてさ」


「うん」


「付き合ってんだったらキスくらいしろって言われてさ」


「うん」


「だから……キスしてみてもいい?」


「うん?」


 俺が思わず顔を上げると、初花はいつのまにかベッドから這い上がってこちらを見つめていた。


「……本気か?」


「だって、しないと佳奈がうるさいし」


「そんなの適当にしたことにすればいいじゃねーか」


「無理」


「なんで?」


「自信がない」


「嘘つくのが?」


「そう」


 さいですか……。

 ……ってか、キス? 俺と初花が? マジで?


 ひとり動揺しているあいだに、ベッドから降りた初花がこちらに迫ってくる。


「私とキスすんの、イヤ?」


「別に……そういう訳じゃないが……」


「じゃあいいじゃん、しょせん肌と肌が触れるだけなんだから」


 そういう問題か?

 いやしかし……それも一理あるな……。


「……よし分かった。キスしよう。それでいいんだな?」


「うん」


「よし、じゃあ俺からいくから、初花は目をつむってくれ」


「……ん」


 初花は、俺から言われた通りに、ゆっくり目をつむる。

 初花の顔が、視界にドアップで映し出される。


「じゃあ、いくぞ……」


 そして俺は初花と、無理矢理唇を押し付けるような、ロマンティックさの欠片もないキスを交わす。


 てかなんだこれ……めちゃくちゃ柔けえ。


「初花、これでどうだ?」


 顔を離した俺がそう聞くと、初花は顔を僅かに赤らめて、ボソリと言う。


「……案外悪くなかった、かも」


 ……照れてんじゃねーよ。俺まで恥ずかしくなるだろーが。


「まあ、とりあえずこれで、佳奈には話せるだろ?」


「うん……」


 その後、何となく流れる気まずい空気。

 結局その日、俺と初花はそれ以降、まともな会話を交わすことが出来なかったのであった。



 ……しかし、この一件で俺と初花の関係に変化があったか、と言えば別にそんなことはなく。


「……ねー、たっちゃん」


 それは、二人でポ◯モ◯の通信対戦をしていた時のことだった。


「なんだ?」


「佳奈がさ」


 出た、佳奈。


「この前、彼氏と別れたらしくてさ」


「へぇ」


 そうか、別れたのか、あいつ。

 まあ、遅かれ早かれ別れるだろうとは思っていたが。


「それでさ」


「うん」


「ということは私たちが付き合う理由も特になくなった訳じゃん」


「うん」


「どうする?」


「……別にこのままでいいんじゃね?」


「そう?」


「付き合っていようがいまいが、根本的な俺たちの関係は変わらないだろ? だから別に、そのままでいいだろ」


「そっか」


「うん」


「……やっぱ、たっちゃんは天才だな」


「……まあな」


 ――ちなみに、こんな俺たちの微妙な関係がいつまで続いたのかについては、皆様のご想像にお任せする。

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幼馴染と偽りの恋人になってみた。 京野わんこ @sakura2gawa1

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