第8話 魔物討伐

 屋敷にやって来て五日が経った。ルイスと呼ばれるのにも慣れてきた。

 屋敷に来た日以来魔物討伐の依頼は無く、ルイスは勉強と魔力コントロールを学ぶ日々を送っていた。

「よしいいぞ。その調子だ」

 イーサンが見ている目の前で、ルイスは火の球を出していた。

 球の大きさは両手で抱えるくらいから両手で持てるくらいにはなったが、持続時間が短くすぐに膨らんでしまう。でも初日よりは上手くなっている。イーサンも「成長が早いな」とできる度に褒めてくれるのでやる気が出る。

 ぐぐぐぐぐと魔力の出力を調整して球の大きさを縮めていると、

「イーサン、ルイス」

 クリントが声を掛けてきた。ルイスはぼわっと火の球を消した。

「どうした?」

「魔物討伐の依頼が来たそうです」

「分かった。ルイスも行くぞ」

 三人で自由部屋に入ると、既に全員揃っていた。

「遅くなった」

「大丈夫。じゃあ始めましょう」

 アリスは今回の魔物討伐について話し始めた。


 魔物討伐の依頼は、王都にある魔物の討伐機関から届く。

 門の出現場所はある程度は固まっているそうだが、基本的には場所も時間もバラバラだ。じゃあどうやって知るのかと言うと、機関に門の出現を感知したり、未来視で場所や時間を知ったりできる能力を持つ異界騎士がいて、その情報を以って各聖人・聖女に依頼するのだと言う。

 今回の門の出現場所は、王都の西にある大きな湖の近く。

 門の大きさによって出て来る魔物の数が違うのだが、今回は小程度の予想だ。アリスが連れる異界騎士のルイスを除く七人だけでも十分対処できる。

 湖まで距離も近いので今すぐ出発することになった。もちろんルイスもついていく。戦いはしないが、見学だ。


 情報の共有が終わると、ルイスはアリスから貰った皆とお揃いのブーツ、ズボン、シャツの上に上着を着た。シャツ以外色はいずれも黒で、上着の形は軍服に近い。さらにその上から顔を隠すためのフードが着いた外套を羽織った。

 初めて外套を着たが、見た目の割には軽くて動きやすい。外套の左の胸元には黄色と黒の複雑な模様が描かれた紋章が付いていた。これはサラフィエル家の紋章で、つまり自分たちがサラフィエル家の異界騎士だという印になる。

 準備を終えると、馬車に乗り込んで出発した。


 湖にはすぐに着いた。振り返ると遠くの方に王都が見える。もし今回の討伐が失敗すれば、魔物が王都を襲うことになる。責任重大で、だからこそアリスに依頼が来たとも言える。

「予想されていた門の出現時間はもうすぐだけど……」

 アリスが言っていると、

「あそこだ」

 イーサンが指差した先、湖の対岸に門が出現しようとしていた。

 空間が大きく歪んで渦を巻く。

「あの門って、開く前に壊せないの?」

 アリスに聞くと、彼女は頷いた。

「過去に何人もの人がやろうとしたし、私も一回試してみたことがあるけれど駄目だった。あの門は開くまでの間、何かしらの力で守られていて壊せないようになってるの」

 何と都合のいいことだ。

 そうこうしている内に門が出てきて、開き始めた。

「いくぞ!」

 イーサンの声で魔物討伐が始まった。

 彼を先頭に他の五人も門へ向かっていく。

 その場にはルイスとアリスとクリントが残り、少しずつ門の方へ近づくように湖の縁を歩いた。

 この五日間でドルリーから他の異界騎士たちが使う魔法も教えてもらった。


 クリントの魔法は「植物」。自分の魔力を含んだ種を撒くと急激に成長し、その植物を通して情報を得られるので主に探知や罠として使うのだが、攻撃力に欠けるので後方支援でいることが多い。

 三人が見守る中門は完全に開き、そこから魔物が溢れ出す。

 まず動いたのはオーウェンとドルリーとマギーだ。


 魔法はオーウェンが「雷」、ドルリーが「風」、マギーが「氷」だ。三人とも広範囲の攻撃が得意で、多くの敵をまとめて倒すことができる。

 風が魔物を巻き上げ、雷と氷が飲み込むように次々と倒していく。

 そして討ち漏らした魔物を倒すのがイーサン、アラン、ジェームズだ。


 イーサンの魔法は「水」。魔力コントロールが上手く、元兵士ということもあり戦闘における総合力はサラフィエル家の異界騎士の中でも一番だと言う。今も水で作った剣を持ち、素人のルイスが見ても惚れ惚れするような、鮮やかで無駄のない身のこなしで魔物を倒していく。


 アランの魔法は「武器の生成」。剣、槍、斧などの武器を生み出すことができ、一度に生み出せるのは二十個前後。アランはイーサンとは対照的に荒々しい動きで、まるで殴るかのように剣や槍を振るって魔物を斬り倒していく。時折イーサンの前に出て奪うように魔物を倒しているの見ると、イーサンの攻撃が当たらないか見ているこっちがひやりとする。


 ジェームズの魔法は「影」。人、動物、木、建物、あらゆるものの影に潜り込むことができ、影同士がくっついていれば影から影へ移動することもできる。不意打ちの攻撃が得意で、ジェームズの能力を聞いた時は、相手の情報を密かに探ったりする時なんかに向いているなと思った。


 そして最後、アリスの魔法は「光」。彼女の魔法は村でも見たが、光で作った矢などを撃つ遠距離からの攻撃が得意で、それ以外にも聖女の力として負傷した異界騎士の治療もできると言う。


 イーサンたちはどんどん魔物を倒していき、順調に門に近づいていっている。後は門の両側に立つ門番と呼ばれる魔物を倒すか、門を破壊すればいいのだが、隣を見るとアリスとフードを脱いでいるクリントは何か考え込んでいるような表情をしていた。

「どうしたの?」

 アリスはちらりとルイスを見ると再び門の方に目をやった。その目は屋敷にいる時とは違って鋭い。

「ルイスと初めて会った時、その直前にも魔物討伐をしていたんだけど覚えてる?」

 よく覚えている。ルイスは頷いた。

「その時も今回も、門の大きさの割に出現する魔物の数が多いの。何もないといいけれど」

 アランが跳んで右側の門番に剣を振り下ろすと、門番が人間の大人より大きな剣で受け止めた。刃と刃の間に火花が散る。

 剣を滑らせながらアランが地面に降り立ったその時、門から出てくる魔物が途切れたかと思うと、別の何かが出てきた。


 門を潜るようにして出てきたのは、人型の魔物だ。真っ黒な体は他の魔物と変わらないが、真っすぐ立つと門より大きかった。筋骨隆々で、顔には鼻と口が無く、赤い目が四つ付いていた。

 口が無いのに人型の魔物は吠えるような声を出した。すると今まで好き勝手動いていた魔物たちがピタリと動きを止めて人型の魔物の元に集まっていく。

「何、あの魔物」

 アリスとクリントは目を見開いていた。

「上級の魔物だけど、あの大きさは滅多に見ないわ」

 魔物には下級、上級、門番と種類があり、門番は言わずもがな門を守る魔物だ。

 下級はよく見る魔物で、好き勝手動いて味方以外を無差別に襲うが、それ以外の行動は取らないので倒すのは楽だ。そしてアリスの言った上級が、下級の魔物を指揮する魔物で人間と同じように知性があるものと思われている。

 と、ドルリーに教えてもらったことを思い出していた。


 イーサンたちが戻って来る。

「アリスちゃん、どうする?」

 イーサンがアリスを見る。

 アリスは止まっている魔物たちを見た。

「討ち漏らして王都に魔物が行くのは避けたいから、クリント、湖から魔物が出ないよう罠を張っておいて」

「分かりました」

「ドルリーとマギーは下級の魔物、イーサンとジェームズは上級の魔物、オーウェンとアランは門番をお願い」

 それぞれが返事をし、魔物たちと向き合う。

 魔物たちはこちらを待っているように並んでじっとこちらを見ていた。

「あぁやって待ってられると気持ちわりぃな」

 オーウェンがうへぇと顔を歪める。

 上級の魔物が右手を上げた。

「来るよ」

 アリスたちも構える。

 上級の魔物が叫び声を上げると、魔物たちが一気に動き出した。


 こちらの異界騎士たちも行動を開始する。

 さっきと同じようにドルリーとマギーが下級の魔物たちを倒していく。

 その隙にイーサン、ジェームズ、オーウェン、アランが進んでいくが、門番を担当するはずのアランは何故か上級の魔物に向かって行った。

「もう」

 アリスが呆れたような声を出す。

「アランはどうしてアリスの指示を無視してるんだ」

「強い敵と戦いたいんだと思うよ」

 見ているとアランが指示を無視することはよくあるようで、イーサンは慣れた様子でジェームズに手で指示を出すとジェームズは上級の魔物から門番の担当に移った。

 下級の魔物たちは先程とは違って統率の取れた動きをするが、やはり個々の力は弱く異界騎士の敵ではない。下級の魔物と門番は順調に見えるが、上級の魔物は拮抗しているようだった。


 アランとイーサンが果敢に攻めるが、魔物はその体の大きさには似合わない俊敏さで大きな剣を振る。イーサンが避け、剣が地面に当たるとそこが大きく凹んだ。

 するとアリスが素早く構えて光の矢を放った。矢は真っすぐに飛んで上級の魔物の太い首に刺さって爆発する。煙が収まると魔物の首が抉れて傾いていたが、魔物が倒れる素振りはない。そのまま何事も無かったかのように空いた手で傾いた首を治すと、剣を振るった。

 痺れを切らしたようにアランが両手を広げると、両手にそれぞれ剣を生み出す。それを逆手に持ち、跳んで魔物の肩に乗ると剣を二本とも首の傷口に刺した。魔物は暴れて剣を振り回すが、アランは軽々とその場から下りた。そしてまた剣、槍と武器を生み出して魔物の体や足に次々と刺していく。

 魔物がアランに夢中になっていると、イーサンが水の魔法で矢を作ってとアリスと同じように放って目を刺した。矢は深々と刺さり、魔物が声を上げてイーサン目がけて剣を振り下ろすが、アリスが再び放った矢が足に刺さって爆発し、魔物は片膝を付いて頭を垂れるような体勢になった。

 晒された首を、アランが剣で斬り落とす。ぼとりと音を立てて魔物の頭が落ち、表面から塵になって消えていく。

 見ると、既に門は消えて他の魔物も全て倒し終わっていた。この早さは流石だ。


 アリスは深く息を吐いた。

「無事終わったね」

 みんなが集まって来た。

「みんなお疲れ。倒し忘れた魔物や罠を抜け出した魔物はいないね」

 それには「えぇ」とクリントが頷いた。

「じゃあ、帰りましょうか」

 馬車に乗る。乗ったメンバーは初めてサラフィエル家の屋敷に行った時と同じ、ルイス、アリス、イーサン、ジェームズ、マギーだ。

 馬車が走り出すと、

「アリス、いいよ」

 ジェームズが自分の膝をぽんぽんと叩いた。

 するとアリスが急にそこへ倒れ込んだ。その顔は真っ青で、顔をしかめて気分が悪そうだ。

「アリス、どうしたの」

「魔力切れだな」

 冷静に言ったのはイーサンだ。ジェームズもマギーも慌てていないから、多分大丈夫なのだろうとは思う。でもさっきまでそんな素振り見せなかったのに、我慢していたのだろうか。

「この感覚、久し振り……」

 アリスはしんどそうに目を閉じた。ジェームズがアリスの頭をよしよしと撫でる。彼が妙に嬉しそうなのは何故だろう。

「アランが使いすぎたな」

「いいの。あの状況じゃ、仕方ないわ……」

 アリスの声は今にも消えそうだ。

「大丈夫なの?」

 イーサンを見ると、彼は頷いた。

「あぁ。死ぬようなものじゃないし、食事を取ったり眠ったりすれば回復するが、今回はちょっと時間が掛かるかもな」

「アリス様、屋敷まで帰れそうですか」

 マギーの声に、アリスがコクコクと頷く。

「マギー、帰ったら……いつもの、作って」

「かしこまりました」

 マギーは笑顔で答えた。

 後でマギーに聞くと、アリスの言ったいつものとは砂糖をこれでもかと入れた紅茶と、とにかく甘くしたケーキやアイスクリームなどのお菓子で、アリスが魔物討伐で疲れた日はマギーが直接作りそれを食べているのだと言う。

 ジェームズの膝の上で半分眠っているアリスを見ながら、ルイスは今回の討伐を思い返していた。


 強力な魔物が出たにも関わらず、自分は見ているだけだった。いや、ここで魔物との戦いの素人である自分が下手に出てもみんなに迷惑を掛けるだけだから、黙って見ているのが正解だったのだけれど。

 でも、本当にこのままでいいのだろうか。魔物と戦える力があるのに、このままずっと、見ているだけで。

 心の中のもやもやしたものと対峙していると、いつの間にか馬車は屋敷に帰っていた。

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