十六話 ''さっちゃん''

 私に背を向けて立ち去っていくその背中は、いつか見た温かさを帯びたものではなく、まるで拒絶するようなものだった。それもハッキリと。


 去っていく背中に手を伸ばすも、それは空を漂うばかりで足も前に進まない。まるで石のように硬直している。

 私は何も分かっていなかった、それどころかたつきくんに言われた通り、自分でも気付かないうちに外面そとづらばかり見ていたようだ。


 自分がそれを嫌がっていたくせに、よりによって自分がそれをしてしまうなんて…。


 最低な私。


 本当に見てくれる人が近くにいたというのに、それに気付かない私は彼の告白を身体目当てだと簡単に切り捨てた。

 それどころか外面だけの最低な人の告白を受け入れて、あまつさえそれを彼に見せつけるなんて…。

 あまりにも自分が見えてなかった、どうしようもない事実に後悔しかできない。


 多分私はもう、彼と一緒にはいられない。

 自分の行いを考えると当然のことだ、それでも涙が零れる。


 どうしようもない悲しみばかりが私の胸を支配する。大好きな彼な笑顔はもう…。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「大丈夫?」


「…まぁね」


 穏やかでない俺を心配し声を掛けてくれたのは他ならぬ紗奈さなさんだ。

 さっきからずっと手を繋いでいる。


 なにも話す訳でも無く、ただ家に向かって二人で歩く。

 気が付けば彼女の家に向かう分かれ道の前であった。


「それじゃあ、私はこっちだから…」


「うん、でも少しだけ待ってほしい」


 手を離そうとする彼女の手をギュッと握りそう言った。

 彼女の想いに向き合うというのなら、俺の想いに向き合うというのなら…伝えなきゃいけないモノってのがあるだろう。


「紗奈さん、好きだ」


「っ…」


 俺の告白に紗奈さんは息を呑む。

 一秒あるかないかの静寂が場を支配し、永い永い時間を感じさせる。


「俺と、付き合って欲しい」


 彼女に正面から向き合うようにし、繋いでいない方の手で彼女のもう片方の手を…つまり右手で左手を、左手で右手を握ってそう言った。

 ここまで寄り添ってくれる人に好意がないだなんて、俺もそこまで女性不信になっちゃいない。


 麻緒まおからも、観月みづきからも守るようにしてくれたんだ、好きにならない方がおかしい。


「……うん…うん!よろしくね、たつきくん!」


 まるで花が咲くような笑顔で彼女はそう言った。

 夕日に照らされたその笑顔はとても綺麗で、思わず見惚れてしまうのはむべなることだろう。

 そして彼女は俺の胸に飛び込んでくる、とても可愛い。


「えへへ♪やっと付き合えた♪」


「ごめんね、待たせちゃって」


 彼女を待たせてしまったのは俺のわがままだった。それなのに待ってくれた紗奈さんには感謝しかない。


「んー、いいよ!許してあげる…なんてね♪」


 そう言ってチロっと舌を出す彼女はとても無邪気で、そして色気を感じさせていて凄い魅力的だった。刺激的すぎる。


「そういえば、樹くんは私と初めて会った時のこと、覚えてる?」


「初めて…あの、痴漢されてた時…だっけ??」


「ううん、違うよ」


 俺の解答は違ったようで彼女は可愛らしく首を振った。


「もっと前…小学生二年生の時にさ…一人ぼっちだった女の子、覚えてない?」


 そう言われてなんとか思い出そうとするも、出てくるのは一人ぼっちというより、俺と仲良くしてくれた女の子だ。一番のお友達だった。

 物静かな女の子ではあったけど、その子では無いだろう…ん?

 そういえばその子の名前は…。


「……さっちゃん」


「えっ…」


 思わずあの子の名前を呟いてしまった。

 しまった、女の子の前で他の子の名前を出すのはまずい…。しかも告白した直後だ。

 もしかしたら怒られるかも、と思ったがそうはならなかった。


「覚えて、るの…?」


 震えた声でそう言った彼女を見ると、あの時のお友達は紗奈さんであったことが分かる。

 といってもそれを理解したのはちょっと経ってからだけどね。


「えっ、もしかしてホントに?転校してっ たさっちゃん だったの?」


「……うん!そう、そうだよたっくん!」


 彼女はよりとびきりの笑顔でそう言ってキスをした。

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