第60話 わたしが守る(1)

 アルタイス王城は緊迫感に包まれていた。


 魔法騎士団本部には全騎士団員が集まり、作戦が決まり次第、いつでも行動を取れるように準備がなされていた。


 一方、国王は全大臣を集め、臨時の会議を開いていた。

 国の防衛を担う、魔法騎士団長であるアルヴァロも参加している。


 アルタイスは島国である。

 国境はすなわち、海だ。

 その海岸線の防衛を担当する辺境伯から、次々に報告が上がってくる。


 辺境との連絡および偵察のため、魔法騎士団からは、第一陣の騎兵小隊がすでに国境に向かっている。


「軍隊の国籍がわかりました。カラスカス帝国です。皇帝の姿も確認されました」


 その報告に、ざわめきが漏れる。


「皇帝自ら来たと? 狙いは何だ? 軍隊の規模は?」

「規模は大きくありません。せいぜいが大隊レベルかと」

「アルタイス侵攻意図の有無は?」

「不明です」


 会議室に沈黙が落ちた時だった。


「急ぎお知らせがございます!!」


 慌ただしい音とともに、一人の騎士が入室した。


「辺境伯からの報告です。海岸から、船が一隻、アルタイスに向かって進行中。船員の他に、女性が一人、乗っています。名前は、フィリス・ノワール・ドゥセテラ。カラスカス皇帝に嫁いだ、ドゥセテラ王国の第一王女です」


 全員の視線が、アルヴァロに注がれた。

 アルヴァロの妻となるブルーベルは、ドゥセテラ王国の第四王女。フィリスの義妹だ。


「何だと……?」


「おかしいですぞ。仮に、本物の王女だとしても、なぜ、何の連絡もなく、突然他国に嫁いだ妹を訪ねるなど」


「ヴィエント公爵、公爵はブルーベル姫から何か聞いておられますか?」

「いや。故国でブルーベルは虐げられた存在だった。姉妹とも疎遠だったはずだ。なぜ、今さら第一王女が会いに来たのか、全く意味がわからない」


「アル、フィリス王女は、闇魔法の使い手ではなかったか?」


 それまで黙ってやりとりを聞いていたテオドールが口を開いた。


「彼らを通そう。結界を一時的に開けてくれ」

「国王陛下!?」


「カラスカス皇帝の意図はわからないが、侵略の意図はないように思える。フィリス王女を確保して、訪問意図を確認してくれ。王城まで連れてくるんだ。もちろん、安全なことがわかるまでは、ブルーベル姫に会わせることはしないよ」


 再び沈黙が落ちた。


「わかった」


 ついにアルヴァロが言った。


「小隊を迎えに行かせよう。王城も守りを固めろ。油断をするな。女性一人だとしても、闇魔法を使う相手だ。魔力封じを徹底させろ」


 アルタイス王城は、再び、慌ただしくなった。


 フィリスを確保した部隊は、彼女を警戒はしていた。

 しかし、それは十分ではなかった。


 フィリスの願ったとおり、フィリスの魔力封じの腕輪は、外されていた。

 兵士を前に、弱々しく気を失ったふりをしたフィリスは、無防備にも近づいてくる兵士を見て、うっすらとほくそ笑む。

 フィリスは兵士を操るべく、無詠唱で魔法の展開を始めた。


 * * *


 日が落ちて、ヴィエント公爵邸には、明かりが灯された。


 一人、夕食を終えたブルーベルは、屋敷内に新たに用意された部屋に戻った。


 現在、結婚式後に使うことになる、主寝室の隣にある、公爵夫人用の部屋の改装が急ピッチで進んでいるところだった。


 ブルーベルは、それまでは同じ階にある、元は子供部屋だったという一室を用意されて、使っていた。


 しかし、ブルーベルはその時、階下で何か騒ぎが起こっているような、そんな物音を聞いて、立ち上がった。


「ミカ?」


 ブルーベルの浴室で入浴の準備をしていたミカが急いでやって来る。


「どうかなさいましたか?」

「階下が、騒がしくない? 何かあったのかしら。見てきてくれる?」


 ミカは即座にうなづいた。


「本当ですね、すぐ確認して参ります。ブルーベル様は決して部屋から出ないように」


 ミカは急いで階下に向かった。


「ブルーベル様」


 ミカはすぐに戻ってきて、ドアを注意深く閉める。

 そのただならぬ様子に、ブルーベルが戸惑うと、ミカが言った。


「大変です。カラスカス帝国に嫁いだ、ブルーベル様の姉君、フィリス王女殿下が来ています」

「……ええっ!?」


 ブルーベルは立ち上がったまま、硬直してしまった。

 考えが追いつかない。


 なぜ?

 カラスカス帝国皇帝に嫁いだフィリスお姉様が、なぜ、自分を訪ねて来たのか。

 しかも、何の知らせもなく。


 (最後に会ったのは、フィリスお姉様がカラスカスへ出発された日だった)

 (あの日、フィリスお姉様とは、一言も、言葉を交わす機会がなかったわ……)


 あまりに驚いて、ブルーベルは自分の思いの中に沈んでしまっていたらしい。


「ブルーベル様、ブルーベル様。ご気分は大丈夫ですか?」


 ミカが、ブルーベルに話しかけていた。

 ブルーベルは慌てて意識を戻した。


「ごめんなさい、ミカ」


 ブルーベルが謝ると、ミカが首を振った。


「いいえ、それはよいのです。ただ……ブルーベル様、気をつけてくださいね。何だか……嫌な予感が」


 その時、ドアがノックされて、老家令のローリンが入って来た。


「ブルーベル様。失礼いたします。実は、ブルーベル様の姉君だと主張する女性が、お越しになっています。どうされますか……?」

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