第48話 森の中の舞踏会(3)
森の中に、円形に開いた、草地が広がっていた。
草地を囲むオークの木々は、黒いシルエットとなって、夜空にそびえている。
次第に濃くなる青のグラデーションが美しい空には、金色の大きな満月が昇り始めた。
金色の月の光が草地に射し込み、さまざまに咲き誇る花々を照らした。
白く揺れるのは、マーガレット。
小さな紫色の花は、スミレ。
木の下に茂っているのは、クリスマスローズだ。
所々に、背が高く成長した、オレンジがかった赤、濃いピンク、うす紫など、さまざまな色合いのエキナセアが群生しているのが、まるで自然のフラワーアレンジメントのようだった。
「あらゆる季節の花が一緒に咲いている。本当に、幻獣の森の中では、時の流れが異なっているようだ」
アルヴァロが思わず独り言を呟く。
「アルヴァロ様、あちらに」
ブルーベルがそっと指さした。
草地の一角には、可愛らしく飾られた二人掛けのテーブルと、料理や飲み物を載せたサイドテーブルが置かれている。
テーブルの中央にはキャンドルと、二つのグラスが置かれていた。
グラスの中には、金色の発泡酒がきらめく。
ブルーベルがグラスを取って、アルヴァロに渡した。
「お誕生日、おめでとうございます」
ブルーベルがそう言うと、周囲に一斉に明かりが灯った。
木々の梢に掛けられた無数のランタンに明かりがつく。
テーブルの周囲には、たくさんのホタルが幻想的に飛び回っている。
明るくなってみると、この円形の草地には、森の動物や幻獣達もたくさん集まっているのが見えた。
ユニコーンもやってきて、ブルーベルの肩に鼻先を甘えるようにしてこすりつけた。
アルヴァロは微笑む。
「これはすごいな。とても美しい。まさか、自分がこんな風にもてなされるとは思わなかった。むしろ、私があなたを招待すべきだったのに」
「ふふ。わたしのお誕生日はまだ先ですから」
アルヴァロは真面目な顔をして言う。
「何月? 今からお誕生会を考えないとな」
「まだまだ時間はたっぷりありますよ。それより、乾杯!」
二つのシャンパングラスが涼やかな音を立てた。
「軽食も用意しています。それに、音楽も……。ダンスも踊れますよ」
アルヴァロは途端に響き始めた音楽に笑顔を深くする。
「音楽は? どうやって流しているの?」
ブルーベルは、ふふっと笑った。
「妖精さんが演奏してくれているんですよ。ビヨークさんが、お知り合いの妖精さんに、頼んでくださったのです。素敵ですよね、妖精さんの生演奏だなんて」
アルヴァロはシャンパンを一気に飲み干した。
「では、まずダンスを一曲、姫君」
「きゃ」
アルヴァロはブルーベルの手を取った。
草の上でウサギ達が慌てて飛び出して、二人の踊るスペースを作る。
白いオオカミが、急ぎすぎてひっくり返った慌てん坊のウサギを口にくわえて、移動する。
ワルツの音楽が始まった。
アルヴァロとブルーベルは手を取り合って、お互いを見つめあった。
「……初めてのダンスだね?」
「はい」
「いいところを見せないとね」
そう言うと、アルヴァロはブルーベルをリードしながら、ステップを踏み始めた。
空はすっかり暗くなり、森の中にも闇が落ちた。
しかし、たくさんの松明やキャンドル、ランタン、それにホタルや精霊達の光が混ざり合って、不思議な空間が生まれていた。
白いオオカミが横たわり、純白のユニコーンが周囲を見守る。
ウサギ達は仲間とくっつき合って、草の上に休んでいた。
普通のウサギも、ホーンラビットも、一緒だ。
ゆっくりと数歩、ステップを踏むと、二人は踊り始めた。
最初はゆっくりと、次第に、音楽に乗って。
アルヴァロがブルーベルをくるり、くるり、とターンさせる。
ブルーベルがターンすると、真珠色のドレスの裾が、ひらり、と舞い上がった。
反対側にもくるり、と回って、二人でステップを踏む。
ぴたり、と息を合わせて止まり、アルヴァロはブルーベルが美しく上半身を逸らすのを支えた。
ブルーベルの銀色の髪が、頭上の月の光を受けて、キラキラと輝き、ふわりと揺れた。
音楽が止んでも、しばらくの間、アルヴァロとブルーベルは動けなかった。
それはまるで夢のようで。
魔法のような、不思議な時間だった。
ややあって、アルヴァロはふ、と笑うと、ブルーベルをエスコートして、テーブルに戻った。
「動いて喉が渇いただろう。何か飲んだ方がいい」
そう言って、まるでブルーベルがお客様であるかのように、アルヴァロは飲み物を置いたテーブルに行き、冷たく冷えたグラスを取ってきた。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
ブルーベルは顔を赤くして、グラスを受け取った。
「少しお腹が空いただろう? 軽食もあるんだね、取ってこよう」
「あ、わたしが行きます……っ!」
「いいから、レディは座っていて」
でも、アルヴァロ様のお誕生&舞踏会なのに……! とブルーベルが悶えていると、アルヴァロが両手に皿を持って、戻ってきた。
「はいどうぞ。おいしそうだね」
ブルーベルは嬉しそうに皿を受け取った。
改めて言われてみれば、確かに空腹だったのである。
「美味しい」
アルヴァロが嬉しそうに言った。
軽食のメニューも、ブルーベルは何度もシェフと相談して、一つひとつ決めたのだ。
ブルーベルは嬉しそうに笑った。
小さな一口サイズのパイをカップ型に仕上げ、クリームチーズとローストチキン、マッシュルームと香草を詰めたもの。
お肉の好きなアルヴァロのために、ソーセージをベーコンで巻いて、こんがりとローストしたもの。
一口サイズのクランベリータルトにはヤギのチーズを載せている。
サーモンとアボガドを包んだクレープ。
デザートも二種類用意した。
濃厚なチョコレートムースと、透明なカップの中に、スライスしたスイスロールと、ラズベリークリーム、それに新鮮なラズベリーを交互に敷き詰めたもの。
アルヴァロもブルーベルも美味しく食べ、オオカミから人間の姿に戻ったビヨークが、食後のお茶とコーヒーを入れてくれた。
アルヴァロは、少し照れたような表情をしながら、丁寧にお礼を言った。
「ブルーベル、ありがとう。こんなに楽しい誕生日は、初めてだった。私のために準備をしてくれて、とても嬉しい」
ブルーベルも顔を赤くしたが、生真面目な顔をすると、アルヴァロに、そっと小さな袋を差し出した。
「どうぞ……」
「私に?」
「はい、お誕生日プレゼントです」
アルヴァロは心底驚いた顔をして、手のひらに収まる、小さな巾着袋を見つめた。
白い布地に、小さな刺繍が施してあった。
中からは、しゃりん、と金属のかすかな音が響いた。
「ありがとう、ブルーベル。……開けてみても?」
「はい、もちろんです……!」
アルヴァロが袋の紐を解くと、細い銀鎖が二重の輪っかになって、それぞれに小さな石が付けられたものが現れた。
「これは……ブレスレット?」
「はい」
ブルーベルは、優しい手つきで、銀の鎖の輪を広げると、飾りについている石を見せた。
「ひとつは……明るい茶色で、青と緑の光が見えます。アルヴァロ様の瞳の色に似ているものを探しました。キアラ様が湖から持ってきてくれたんですよ。もうひとつは」
「青紫色。ブルーベルの瞳の色だな。このブレスレット、二重になっているけれど、別々に付けることはできる?」
アルヴァロが尋ねると、ブルーベルはうなづいた。
「はい、この留め具で重ねているだけですから、ここを外せば、別々に使え……え?」
ブルーベルは、目の前に差し出された、明るい茶色の石が付いたブレスレットに目を丸くした。
「私はあなたの色のものを。あなたは、私の色のものを持つのは、どうだろうか?」
アルヴァロは自分の左手に青紫色の石が付いたブレスレットをはめた。
そっと、明るい茶色の石が付いたブレスレットを、ブルーベルの左手にはめる。
アルヴァロは、そのまま、ブルーベルの手に自分の手を重ねた。
「ブルーベル、あなたがアルタイスに来たのは、確かにそう命じられたからで、あなたの意志ではなかったかもしれない」
アルヴァロはゆっくりと、言葉を選びながら話し始めた。
「私も、正直、相手があなたでなくても、まだ結婚なんて考えていなかった」
ブルーベルは静かに、アルヴァロを見つめていた。
「だが、そんな形でも、あなたと出会って……あなたを知るごとに、あなたと一緒にいたい気持ちが強くなっていく。あなたを離したくない。ブルーベル」
アルヴァロは、ブルーベルの指先にそっと口づけた。
「私と正式に結婚してほしい」
ブルーベルの唇が震えた。
「わたしで……いいのですか? わたしは顔が……」
「銀の仮面があっても、構わない。それに、私は、まだ諦めていない。あなたにかけられた魔法を解くつもりでいるのは、変わらない」
アルヴァロはブルーベルをそっと抱きしめ、初めて、頬にキスをした。
しばらく寄り添っていたが、アルヴァロがそっとブルーベルを離すと、真っ赤な顔をしたブルーベルが呆然とした表情で、アルヴァロを見上げていた。
その子どものような表情にくすり、と笑うと、アルヴァロはブルーベルの頭を、ぽんぽん、と撫でた。
「ブルーベル。さあ、結婚式の準備を、始めよう」
☆☆☆ここまでお読みいただき、ありがとうございます☆☆☆
アルヴァロ、ようやくプロポーズをしました……!
次話より、第3章カラスカス帝国編がスタートします。
ブルーベルの姉、カラスカスに嫁いだ第一王女フィリス・ノワールが再登場します。
雰囲気がちょっと変わりますが、物語も佳境。
ブルーベルの成長を見ていただけましたら嬉しいです!
引き続きお楽しみください♡
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