深海育ち40年後に人に成る
咲海李桜
第1話
深海。
深い海。
暗い暗い、海の底。
私の人生は、
海の底を這いずるような
とても苦しいものだった。
「なんで子供を産んだの?」
この質問された時、答えが浮かばなかった。
浮かばなかった、とは違うな。
深海から浮上するために、なんて答えはちょっと質問の意図とはズレてる気がしたから。
今でこそ、毒親だとかヤングケアラーだとか色々な言葉で親子の関係性を表せるけど。
当事者だった頃はそんな言葉も知らなかったし、むしろ親を嫌うなんてのは自分が人としてダメなんじゃないかと思っていた。
私の母は、過干渉で気分屋。感情に任せて手も口もだす。あの人が機嫌よくいた事を、私は見たことがない。常に不機嫌で、機嫌を取れない私を「ダメな子」って貶めて窓から放り投げたり、足払いして倒したり、家から締め出したりしてたな。
父は、感情を表に出さない、口数も少ない人だった。父には、あまり怒られた記憶がない。勿論、褒められた記憶もない。
空気、とまでは行かないけれどあまり関わる事はしなかった。いつも難しい顔をしている印象しか残ってない。
そんななので、物心つく頃には『自分は必要価値のない人間だ』と思っていた。
これを書いている今も、あの人達の事はよく分からない。父は亡くなっているし、母とは絶縁した。
ただ、子供の頃の自分は常に「愛されたかった」んだと思う。
だから、自分を嘘でも「好き」だと言ってくれる相手に流されたし、嫌われたくないからと相手の望むようになろうと努力した。
無駄な努力だったな、と今の私は言えるけれど。当時の私は必死だったのだと思う。
「必要価値のないワタシなんかを好きと言ってくれる人」は、深海を這いずり回っていた私にはとても魅惑的だった。
そのせいで、10代後半から30代後半までを深海どころかマリアナ海溝で過ごすことになるのだけれど。
子供を産んだことは、後悔していないと言ったら嘘になる。
何度も「なぜ産んだのか」を自問してきたけど、身勝手で最低な答えしか出てこなかった。
自分の愛されたかった、を満たすために産んだのだと思うから。
どう書いても、今の私からは他人事のようになってしまう。
過去の自分が何を考えていたのか、本当のところは解らない。自分の事だけど、自分では無い感覚でいたから。
『しんどい』『苦しい』『どうして』『もう終わらせたい』それしかなかった。
実際、行動に移したこともある。
どれも未遂に終わってしまったから、今こうして文字を書いているわけだけれど。
40になってすぐ、手痛い経験をした。
それまでの集大成の様な、酷い経験だった。
アレがあったから、色々と諦めがついたし生きる期限を自分で決めた。
…そうしたら、不思議なもので。
私が初めて、自分から「好き」と思う人に出会ってしまったのだ。
興味を持った時、自分でも戸惑った。
「恋愛も結婚も向いてない」「人を好きにならない」、と決めた後だったから。
下世話な言葉で言うと、私はヤリ捨てされる女なんだなと。必要価値がないからある意味都合の良い女と言うヤツだったんだなと、自分の中で結論付けていた。
だから私が「どういう関係なのか」を確かめるために聞いた後で、「自分には支えられなかった」と上手く関係を絶ったんだろう。
2回の結婚も、最終的には[相手に新しい相手が出来た]のが決定打となった。
それ故、自分は好かれない・愛されないがデフォルトになった。
だから、自分が人を好きになることは無い。
人を好きになってはいけないと思ったし、そう決めていた。
怖かった。今も怖いと思うし、蓄積されたトラウマが鎌首を擡げる事がある。
その度に、「自分が好きになった」と言い聞かす。これは自己責任だと。
その度に胸が苦しくなって、泣きそうになる。けど、考え出したら止まらなくなるので考えるのを辞める。強制的に。
上手く言葉を紡げない私は、聴くことすら怖いのだ。だから、「私が好きなだけ」と予防線をはる。気付いているのかいないのか解らないけど、明言しない理由は聞いた事があるから敢えて聞かない。
それに、怖いと思っていることが当たっていたら次こそ再起不能になってしまう。
それ程に、私は自ら好きになった人を失いたくないのだ。
過去の相手は皆、すぐに「好き」だと口にした。それを鵜呑みにして、何度も痛い目を見た。
今は確かに怖いけど、私が好きな人は軽々しく「好き」とは言わない。そう思っている。
本人もそう話していた、とは聞いているし。
私は私の都合の良いように信じるのだ。
どうであっても、自己責任だから。
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