七面体リダイレクト

as

Room1.中野セントラルリゾート

※性的な描写が含まれるので、ご注意願います。



物事には終わりがあるのと同じように始まりがある。

その小さな物語は、真夏の高架下で一本の電話をかけたことから始まる。


「今から入れる娘、いますよ」


メンズエステのためのメンズエステ巡り。

刹那の快楽。キワキワを狙う絶妙な手触り。

風俗でもなければ健全なマッサージでもない。

マッチングアプリとか出会い系でもない。


どんなカテゴリにもおさまらない、数十分の出会いと別れが今日もどこかであなたを待っている。



夏の空はまぶしい。

入道雲が東京の街の上で、雨を運びながら流れていく。

どう転ぶかわからない空模様。言いようのないワクワク。


中野駅の北口改札をくぐると中野セントラルパークというところがある。

都会のオアシス的なそのスポットは学生や昼休みのサラリーマンが数多く行き交っている。


そこからほど近いマンションの一室で、セラピストと二人きりでマッサージサービスを受けることができると知って

高鳴る胸を抑えてマンションへと急いだ。


502号室のインターホンを鳴らす。

無言で自動ドアが開けられる。あれ、マイクが壊れているのかな?

しかしそうではなく、おそらく店のマニュアルで声を出さずに応対するように決められているのだろう。

別々の女の子とそれを尋ねる男性がしょっちゅう行き来しているとなると、マンションのセキュリティ保安上いささか問題になるかもしれない。

ふつうに暮らしている人間もここにいるのだと納得する。


5階でエレベータが止まり、住民と思しき男性とすれ違う。

会釈してすれ違い、彼が降りて行ったことを確認してからドアのベルを鳴らす。


「はじめまして」


清楚な大学生風の黒髪ショートカットの女性が出迎えてくれる。

外暑かったですよね、いまお茶を持ってきます。

そう言ってパタパタとスリッパの音を立てて、どこかへ消えた。


簡単なソファとローテーブル。

隣の部屋には横長の鏡と施術用のマットレスが並べられてある。

非現実的な光景に少しドキドキしてしまう。


「あらためまして、本日はよろしくお願いいたします」


にこやかにそう告げる彼女はソラ、と名乗った。

そらでも空でもなく、ただソラと名乗った。


こちらの問診票に必要事項をお書きください、とよく冷えたお茶といっしょに一枚の紙が手渡される。

そこにはどのようにして当店を知ったのか、凝っている箇所はどこか、風俗行為を行わないことへの同意など

いくつかの項目が順序よく並べられていた。


「お書きいただいている間に、シャワーの準備をいたしますねっ」


お金はいま渡した方がいいだろうか、と尋ねる。


「あっ忘れてました」


ついうっかりといった様子でソラはそう答える。

12,000円/60分の料金を支払う。笑顔で彼女はそれを受け取る。

今日はまだ二日目の出勤で慣れないことも多いのだそうだ。

それは大変ですね。リラックスしてもらって行き当たりばったりでも大丈夫ですよと伝える。


シャワールームはごく一般的なワンルームマンションにあるユニットバスだった。

体を洗い流す。タオルで拭く。紙パンツを装着する。


チャイエスで慣れ親しんだフロー。日本人女性のメンズエステは今日が初めて。

手慣れていると思われないように、ゆっくりと準備を済ませてベッドのある部屋へ向かった。



「それではまず、うつ伏せになってください」


ソラのきめ細やかな声と低い音量で流されている無害なバックグラウンドミュージックが眠気を誘う。

意外にも強めの指圧がタオルの上から加えられて、眠気が醒める。


「力加減は大丈夫ですか?」


今のままでとてもいい、と伝える。

ゆっくりと背中から臀部、両脚、足先へとほぐしてくれる。


「オイルを塗っていきますね」


ソラの手のひらで温められたオイルが、今度は足先から両脚、臀部から背中へと順に上がってくる。

やや緊張した手捌き。研修で倣った手順を問題なくこなすことを目的とした手順。

そうだとしても、誰にでも初めてというものはある。

研修後、実地で二日目なんて初回とほぼいっしょだ。ソラに身を委ねよう。


「それでは仰向けになってください」


やや艶かしい吐息と共につづきのマッサージが行われる。

体勢はソラが僕の体に跨って、背を向けているような状態。

オイルのぬるぬるとした感触とやわらかなソラの両手が足先をゆっくりと撫でていく。


徐々にソラの体が僕の目の前にスライドしてくる。

まっしろな下着が眼前に突きつけられると、自然と下腹部が元気になってくる。


それを悟られまいとしていると


「次はデコルテをマッサージしていきますね」


の声と共に適度な大きさの、下着の上からでもはっきりと柔らかい胸の膨らみが僕の顔に押し付けられる。

あまりの刺激の強さにしばらく頭がまっしろになる。


鏡越しにソラと目が合う。彼女は小悪魔的な笑みを浮かべて爪先で撫でるようなマッサージをつづける。

ソラの体が僕の前を通り過ぎていき、もう一度目の前に下着が現れた。

性器の形がはっきりとわかるくらいに濡れていた。


「最後に隣に添い寝のような形でマッサージさせていただきますね」


彼女とぴったりくっつきながら、隣で腕枕をしながら下半身の際どいところを触れられる。

たまらず「僕も触っていいですか」と聞くと「さわってください」と恥ずかしそうに答える。


腕枕の体勢のまま、ソラの両方の乳房のあたりまでシャツを捲り上げる。

形のいい胸をくるんでいる下着をずらすと、薄いピンク色が露わになる。

片方ずつ吸い付くと、真夏の昼下がりのワンルームに控えめな嬌声が響き渡る。


もう片方の手で、下腹部を刺激すると


「まって、もう時間ですよ」


息を切らしながら制止するソラ。もうこれ、マッサージじゃない。

オイルは温水シャワーでしっかり流さないと落ちにくいのだそう。

二人とも汚れちゃったし、いっしょにシャワーに行こうと誘う。



シャワールームは二人で使うにはちょうどいい狭さだった。

ソラが身につけていた服を全部脱がせて、脱衣所に置く。

お互いの体を洗い流しながら、いろいろな部分を貪る。

しっかりと濡れていたから、指を一番奥まで飲み込んでくれて恍惚の表情になった。

時間ギリギリまで楽しんだけれど、二人とも絶頂に達することはなかった。


タオルで体を拭く。脱いだ服を着る。

手を繋いでソファの置いてある部屋まで戻る。


「また指名してきてくれますか?」


もちろん。今度は何をしようか?


「それはいわせないでくださいよ」


でも楽しみにしていますというソラは満面の笑み。

あ、Tシャツが裏表逆になってるみたい、と伝える。


「ほんとだ、ありがとうございます」


目の前で脱いで服を裏返す。

ギリギリ丈の短いスカートと上半身は下着だけの姿。

もう一度火がついて、強めに抱きしめてお互いの唇を貪り合う。


また来るからね、と伝えてバイバイ。

そして二度と会うことはなかった。



初のメンズエステでかなり過剰な経験。

その味を知ってしまった獲物は飢えてまた同じ味を求める。

当然、ソラを指名して長めのコースで予約をした。


大型の台風が重なったり、店の予約が行き違いになったりして

1ヶ月ほど間が空いてしまうとソラは出勤表から姿を消していた。


定かではないが、ネットで拾った”事情通”の情報によると

美容に関する費用の貯蓄が貯まったからメンズエステを掛け持ちする必要がなくなり

退店していったとのことだった。


円盤嬢。

いわゆる本番行為を追加料金と引き換えに行うことだ。


最後の聖域と名高い風俗の王様、ソープランドではそれが入浴に伴う行為だと暗黙理に認められている。

それ以外のあらゆる性的なサービスでは原則として禁じられている。


もちろんメンズエステではもってのほかだが、円盤嬢の存在は常にまことしやかに囁かれている。

僕は追加の料金を支払ってまで、違法的な行為をするつもりはないし、したことはない。


相手が嫌がる行為、本番行為をいたしません。

それがクリーンに紳士に楽しむ最低限のマナー。


でももし、相手が自然に求めていたとしたら?

それはその限りではないのかもしれない。


偽りの桃源郷。都会という砂漠に浮かんだ蜃気楼。

そのオアシスをもとめてあてもなく彷徨う旅が、ソラとの出会いを境に始まったのだった。



















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