ビターチョコレート

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自由恋愛

※直接的な性行為に関する描写が含まれますのでご注意願います。


ソープランドは1984年に改称されるまでは、トルコ風呂という名称で営業をおこなっていた。

本場トルコは公衆浴場でスタッフが垢すりサービスを行うものだった。


トルコ風呂は日本に持ち込まれた結果、例によって魔改造された。

垢すりに加えて性的なサービスを行うようになったのがソープのはじまりだ。

トルコから要望があり名称が変更になったらしい(そりゃそうだろ)。

性的サービスの呼称が国交問題に発展しかねないほどのHENTAI国。誇らしい限りだ。


ソープランドは俗に風俗の王様と呼ばれる。

その理由は数多ある風俗サービスの中でもっとも高単価なものであり、何より「本番行為」が確約されていることによる。


部屋の中にベッドとお風呂、マットが設置されている。

法律上は「特殊入浴場」という区分になり、スーパー銭湯などと同じ営業許可を得ている。

利用客は「入浴料」と「サービス料」を別々に支払う。

ホームページを確認するとサービス料は別途になっていることが多いが、

「総額いくらですか?」と確認すれば教えてもらえる。


利用客は風呂に入るために入浴料を支払い、女の子に体を洗うサービスを受ける。

その結果ふたりは偶然恋に落ちてしまい、たまたまあったベッドで行為に及んでしまうという設定だ。

なので法律的に好意的な解釈でギリギリ合法というわけ。


新規の店舗は開設できないというのが通説だ。

軽く調べてみると風営法の改正後も

茨城県、福岡県、香川県、大分県、熊本県、沖縄県で新規開店の実績があるようだ。

増改築が難しい点や風俗サービスの多様化などに伴い年々店舗数は減っている。

若者のXX離れはここにも影響を及ぼしているらしい。


ランクは高級・中級・大衆・格安と大まかにグレードが分類されている。

オトコなら誰もが一度は”高級店”で極上のサービスを受けるのが夢だ(断言)。


たしかにお金を払って性的な行為を行えるサービスはたくさんある。

SNSを駆使すれば非合法的に個人でサービスを提供している人だって簡単に見つかる。


それでもソープランドは公的に確実に”恋に落ちる”ことができる唯一の場所だ。

ソープランドは自由恋愛という名の最後の聖域なのだ。



ある春一番が通り過ぎ去った翌日。聖域のメッカ、川崎駅。


Android端末でPC用のホームページを開き、大衆店を物色していた。

平日の昼間、駅前のドトールでスマートフォンをイジっている男の4人に1人は風俗のサイトを開いている。


その店に行くつもりがなくても

「こんなコンセプトあるんだ」「この子めっちゃ可愛い」

と写メ日記を見たりシミュレーションしたりを日常的に行う人は少なくないはずだ。


最終的に本町にある制服系コンセプトの店にあたりをつけて、

繁華街から離れて、更に奥へと進んでいったところへ向かっていた。


なぜそうしようと思ったのかもう思い出せない。

ふと突発的に女性の身体に触れたいという衝動に駆られたのだとおもう。

年に何回かはそういうことってある。


その頃の俺は、欲望を昇華したり抑制したりしてきた。

寂しさに無気力、失望そしてまた希望という不毛なループに疲れ果てていた。

現実に期待して、それに裏切られたという一方的で身勝手な感情。

そんな時は性的サービスに限る。



ソープランド。

それは安易で安直な性欲の処理手段かもしれない。

あるいは清水の舞台から飛び降りるような行為なのかもしれない。

利用する側の感情は人によって様々だ。


ともあれ某特殊浴場へと足を運ぶことにした。

ドトールから徒歩10分で到着。


店と同じで、女性もあまり吟味せず直感でサクっと選んだ。

どんなお店でもそうだけどパネルのボカシがあろうがなかろうが、

実際どんな女性か会うまでわからなくね?


待合室はTVの音以外に時々出入りする客の声が流れ込んでいた。

この猥雑な雰囲気は嫌いじゃない。

店舗型や派遣型サービスの待合室で他の客を観察するのはむしろ好きだ。

だがここは個別のブースで仕切られていた。


死んだ後に次の世界にいくまでの中間地点があるとしたら

風俗の待合室と大差ないぜきっと。


最新号ではないエロ雑誌と自販機だけの殺風景で二十分ほど待たされる。

ボーイが呼ぶ声がしたので席を立つ。

カーテンで仕切られたブースから踊り場へ向かう。


出迎えてくれたのはすらりとした茶髪で美形の女性だった。

紺のブレザーが似合うギリギリのライン。

さっき見たはずのパネル写真の顔を覚えてなかったので感慨はなかった。


笑顔が可愛い。源氏名は北川。

芸能人のウィッシュ嫁には全然似てないけど切れ長の目が美しかった。


「今日は外あったかいですね」

「ね!上着とか要らないですよね」


あきれるくらいどうでもいい会話をしながら生活の動作の一部のように、

服を脱がされ、手を引かれて、マットにうつ伏せになった。


「ここ冬場は寒そうですね」

「寒いよ!夏もクーラー効いてて寒いの」


年中寒いらしい。ソープ嬢って大変だな。

肌と肌が触れ合う感覚。心底どうでもいい会話。

この二つこそまさに人類が追い求めているものかもしれなかった。


あるいはその体温のふれあいと退屈な会話の方が我々のことを求めてやまない。

ちょっと何言ってるか自分でもわかんないわ。


一糸纏わぬ距離でさえ、言葉が見えないクッションの役割を果たす。

ちょうどいいテンポで心拍数が高まっていく。


唇は交わさない。儀礼的にハグをした。

ほとんど祈祷といっても良いくらいの形式美だ。

まぁこれから亀の頭を使うんですけどね。



最初は肉体的な快楽を求めていた。

そのはずなのに会話が途切れるのが苦痛だった。


この手が硬くなった乳首に触れる。その手が上から重ねられる。

舌でそっと愛撫する。わずかにその身が捩れて声が漏れる。


演技だってわかっていても燃えるってのが性だよな。


未来を想像する。過去を述懐する。

橋渡しとなる声と言葉は苦痛も快楽も倍にする。


騎乗位で前後にグラインド。

骨盤と脚が干渉する。お互いぎこちなくなってあまり気持ちよくない。


バックに切り替えて突く。挿れるときにヒダと絡み合う。

けっこう気持ちいい。

これならがんばれば絶頂を迎えることができそう。


名前も記憶も感情も置き去りにして、ただ腰を振って打ちつける。

物理的な刺激で脳が快感に導かれていく。

とんでもなくどうでもよくて、とんでもなく最高だ。


数分でゴムの中に射精する。余韻は長くは続かない。

湯船に入る。あがる。タオルで体を拭く。



北川は上京して専門学校を卒業。このお店で働き始めて2年くらい。

今はお金を貯めていて、将来大学に編入して看護師か何かを目指すらしい。


どうでもいい他人の人生ほど聞き入ってしまう。

聞いたところで北川の未来や過去に触れることはできない。

できるわけない。できたとしてもどうでもいい。


「頑張っていてすごいですね。目標までがんばりましょ」


言っても言わなくても変わらない。心底どうでもいいセリフ。

誰だよ射精後の時間を賢者タイムって言ったやつ。今まさに愚者の極みだろ。



彼女が部屋に迎え入れ、そして去って行ったひとりに加わった。

誇らしいのか嘆かわしいのかあるいはその両方なのか。


この部屋視点では、客もソープ嬢も差はない。通り過ぎていくだけのひとり。

外から店を眺めたらどうってことないただの風景。

鳥になって遥か上空から見たら点が行き来してるだけ。


高度を上げて地球の外から見たらどの人や物も等しく無意味。



黒いスーツに身を包んだ男たちに元気よく送り出される。

嬢に名刺を手渡された。


ありがとうのハグでお見送り。

首筋にはまだかすかに泡の匂いが残っている。

裸のときより少しだけ強く抱きしめた。


名刺はどこかに捨ててしまった。



実質20分くらいの性行為で足が棒のようだ。

しかもやけに夕陽がまぶしい。

射精後のダルさってほんとうに人をダメにする。


駅で柱に頭をもたれて、頭の中でさっきの行為を反芻する。

もう北川の表情を思い出せなかった。


お金を払って性行為。刹那的な快楽。

自由恋愛という甘美な響きは虚しさを秘めていた。




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