リビングデッドメモリーズ!

千穂

第1話『裏切者のマジック・ショー』

ミッドナイトグレイヴタウン。──薄暗くて肌寒い、真夜中の墓の街。思い出は街を彷徨う。「ゴースト」と呼ばれるそれらは、"誰かの大事だった人"だ。亡くしたものは帰らない。誰もがそうだと分かっていて、けれど、忘れられないままでいる。


……辛気臭ぇ街。街道を歩きながらそうぼやいて、俺は手元のチケットを確認する。『世紀のマジシャン、ホワイト・リリィ!貴方は今宵、最高の奇跡を目の当たりにする!』……なんとも胡散臭いアオリ文だ。突如としてこの街に現れ、奇跡のマジックとその美貌で街中の話題を攫って行った"白百合の君"──マジシャンのホワイト・リリィが主演のマジック・ショー。

ショーの内容は完全秘匿とされているうえ、ヤツの素性は一切として語られていない。謎に満ちた絶世の美青年……、話題になるにはそれだけで十分な材料だろうが、俺はなんとなく呆れていた。なにせ、リリィの熱狂的なファンは揃いも揃って面倒くさい奴らばかりで、俺はいい加減アホらしく思えていた。──信仰、っつーか。宗教みてぇなんだよな。寒気がする。気味が、悪い。


「………、ここか」


街の中心部から少し外れた場所に位置する「ナイト・クレセント通り」、大教会と広い墓地を抜けた先に建つ、古い城を改築して造られたオペラハウスの前で立ち止まった。俺はもう一度チケットに目を遣り、ここがショーの会場であることを確める。

……、気乗りしねぇ。そもそも、"アイツ"の命令で向かう先で、嫌な予感が外れたことは無い。ショーの内容は秘匿、けれど人の口の常というもので、噂話ぐらいには耳に挟んだことがある。その噂が本当なら、尚更関わりたくはない。今この場で引き返し、一刻も早く家に帰りたい。


「"裏切り者"……ねぇ」


ここで突っ立っていても仕方がない。俺は諦めたように大きくため息をつくと、オペラハウスの重い扉を開き、その中へと足を踏み入れた。


落ち着いたオーケストラが流れる館内、通路に敷かれた高級感のある赤いカーペットを踏み、受付の女にチケットを差し出す。女は品の良い所作でそれを受け取ると、半券を切り、俺に手渡した後、ショーが行われるメインホールへと案内した。

広いホールには一階席、二階席、三階席、スイートシートまであり、前列には白百合を胸に差し、ホワイトロリータに身を包む女が並んでいる。「ホワイト・レディ」、あの子らは自分たちの事をそう呼ぶらしい、リリィに心酔し、ショーの開催のたびに会場へと足を運ぶ。チケットもそう安くない値段なのに、熱心なこった。おまけに、可愛い子ばっかりでさァ。……話すと面倒くさいんだけど。

そんなことをぼんやり思いながら、自分の席を探す。チケットに記されていたのは、1階席の前列に近い、中ほどの席だ。その席の隣には、真っ赤なアシンメトリーヘアで片目を隠した、トカゲみたいな目の男──、ソイツは口の端をにやりとゆがめ、やけに上機嫌な様子で、席についた俺に声をかける。


「よぉ、パス。来たか」


「まぁ、仕事なんで」


「アハ。金に目をくらませて痛い目みるなよ」


「見てる最中だわ」


「言えば聞いてくれるお前のこと、オレは結構スキ」


「うわ、気持ち悪」


鳥肌が立つ、と両腕をさする俺に、にやにやと妙な顔で笑っているコイツ──ピピリは、俺にショーのチケットを送り付けた張本人であり、街をさまようゴーストたちを撃ち殺す掃除人、「スイーパー」、その一人だ。

誰かの大事だった人──思い出に別れを告げる、街中の嫌われ者の"人殺し"。嫌われ者といっても、ゴーストたちは町の住民にとって危険な存在であるし、けれどそのゴーストたちは、いつか誰かと愛し合った、そのひとであることに違いない。……ようは、汚れ役ってところだ。彼らに与えられる報酬は非常に高額で、金の力でもって、街の住人たちは安全を買い、また彼らとは一線を引き、距離を置いている。


──"誰かが思い出に別れを告げなきゃ、この街の時間は止まっちまう。"いつだか、ピピリはそんなことを呟いていた。……その意味がどうであれ、スイーパーたちがこの街でフクザツな立場に置かれていることには変わりが無さそうだ。まあ、おかげで、ただの雑用として雇われた俺は、なかなかいい暮らしができているわけで。


『──本日は、お越しいただきありがとうございます。お待たせいたしました。まもなく、ショーの開演時間となります』


適当な雑談で時間を潰していると、ショーの開演前のアナウンスがかかった。ざわめいていた客席は静かになり、そうしてまもなく、ホールの照明が落とされる。観客たちのあいだで、静かな興奮が息づいていた。……いよいよ、ショーがはじまる。


純白の幕が上がると、ステージの中心にスポットライトが当たる。そこにいるのはどうやら司会者──片目に赤いハートマークのメイクをした小柄な女だ。そのやんちゃそうな顔立ちには見覚えがあった。昼の情報番組から、ゴールデンタイムのバラエティ番組、キわどい方向性の深夜番組まで、テレビで見ない日はないほどの、節操無しで有名な司会者として活躍するトンデモ女──ミチカだ。……いや、ちょっとは仕事選べよ。ヒキ気味な俺をよそに、ミチカは大きく息を吸うと、トレードマークのメガホンを手にとり、声を張り上げる。


『ハーイ、よく集まったな、ドブ漬け女にクソッタレ坊主!今宵ここでお見せするのは "奇跡"(miracle)!目を疑うような "魔法"(magic)!てめーらの想像なんかいともたやすく超えちまう、とっておきのショーだ!』


相変わらずヒデェ口上だが、どういうワケかこれで人気を取ってるんだから、なんだ。才能だな。

ロクな事が起きねぇ。俺はそう確信していた。……早く帰りてぇ。スポットライトに照らされるミチカは、観客の興奮を煽り立てるように、言葉を続ける。


『待ち遠しくて、ドキドキするだろ?ステージに運び込まれるのは、モチロン……』


周りの観客が、にわかに騒ぎだす。今か、今かと待ち焦がれていたような、そんなふうに。嫌な予感ってやつの、メーターが振りきれそうだった。コレよ、絶対に、ロクなことが──


『"死体"だーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!』


その掛け声とともに、ホールに大きな歓声が響く。観客の誰もが、熱に浮かされ、期待に満ちた目でステージを見つめていた。黒い布を被った人々の手で、ガラスの棺が運ばれてくる。異様な光景、だった。……棺の中には、白百合の花に包まれた女が横たわっていた。


『よーし、てめーら、イイ子に待ってたか?今宵の主役、誰もが信じた魔法、待ちわびた奇跡、そう、われらがプリンス!!世紀のマジジャン、"ホワイト・リリィ"の登場だーーーーッッッ!!!』


熱狂する観客の前に、ついにヤツが現れた。ふわりとした白髪、透き通る翠色の瞳。加えてすらっとした長身痩躯に、白い燕尾服を着た、”白百合の君”に違わぬその美貌──"ホワイト・リリィ"。……しかし。それよりも、だ。俺が目を疑ったのは、あの『死体』のほうだった。


「は?、あれ、3年前死んだってニュースあった女優、……ミス・フルールじゃねえの?」


大当たり。俺の言葉にそう答えたピピリは、また妙なニヤニヤ笑いを浮かべて、話を続ける。


「死の悲劇を乗り越えた、大女優との奇跡の再会。……金になりそうなハナシだろ?」


このショーについてるメインスポンサーがどうやら"真っ黒"でネ、フルールの死体はエンバーミングを施して厳重に保管されてたらしいぜ。多くの目撃者がいたあの"事故死"の裏で、色々動いてたんじゃないの?……ってのが、スイーパー連中とのケンカイ。

冗談キッツ……。ピピリが語ったこのショーの"ハラの内"を耳にして、俺は青ざめながらそうこぼす。でも、正直な話。なんか、──俺もちょっと、ニヤニヤしてきたわ。


「……、面白そうじゃん」


「でしょ?さすがパス君、話分かるね」


「キチガイじみた信者連中のツラ拝んでウンザリして帰るだけかと思ってた」


「ンなとこに呼ぶわけないでしょ、このオレが」


「いやー、……やめらんねェわ」


明かされないショーの内容、信者じみた熱狂的なファンたち、スイーパーたちが"裏切り者"と、リリィをそう呼ぶ理由。あの噂話が本当なら──、その全てに合点がいく。……気乗り、してきた。そういうクロい話、嫌いじゃない。……刺激に飢えてる。俺、この仕事辞められる訳、ないんだわ。

ステージに立つリリィは微笑みながら、口元にそっと人差し指をあてる。たったそれだけのことで、観客たちの割れんばかりの歓声は、いとも容易く静まった。その様子を見て、やれやれと肩をすくめた司会のミチカが、ふたたび口を開く。


『ここに眠るは、3年前事故で亡くなった、"祝福の花嫁"ミス・フルール。彼女は大女優、その死には多くの人が涙したはずだ。……だが、もう心配はいらない。涙を拭いて、ステージを見てごらん。ここにいるのはホワイト・リリィ。多くの人々の心に希望を与えた、世紀のマジシャンだ。彼が起こすのは、魔法。奇跡。……彼に不可能はない、そうだろう?』


観客たちは賛同の意を示すように、ステージへ一斉に拍手を贈る。そして、先程死体を運んできた、幽霊のような姿の怪しげな黒子たちが、ガラスの棺の蓋を開けた。リリィはそのすぐ傍へ歩み寄ると、瞼を閉じて安らかに眠るフルールの顔を、切なげな表情で見つめる。観客たちは、ヤツの一挙一動に見惚れていた。……まあ、確かに。リリィとフルール、美男美女の二人が並ぶ、ロマンチックな光景ではあった。

リリィはしばしの間その状態でいたが、やがて客席に振りかえると、首をかしげて悪戯っぽく、……それはそれはあざとい仕草で、ウインクをひとつ、してみせる。前列のホワイト・レディたちから、悲鳴のような声が上がる。……倒れた子もいるらしい。係員がその子たちを(数名いた、)運び出すあいだ、リリィはくすくすと笑いながら、両手を広げ、"種も仕掛けもないよ"と身振り手振りで示していた。ヤツはフルールの手を取る。その青白い肌に、口づける。彼女を包む白百合の花が、揺れた。観客たちはステージへ前のめりになり、釘付けになる。


「はァー、……こりゃ、たまげたな」


……なんてこった。間違いなく、『死体』であった彼女は、頬に血潮の色を取り戻し、──起き上がったのだ。観客たちは目の前で起きたこの"奇跡"に、声も上げずに、ただ、……魅入られていた。

3年前、確かに死者となり、そしてこのステージの上で"生き返った"ミス・フルールは、ステージを見渡し、驚きの表情を見せる。そして、リリィの顔を見つめると、なにかひらめいたように声を上げた。


「キミ。……キミが、私を冷たい暗闇の底から、助け出してくれたんだ!」


フルールは可憐な声でそう感動の言葉を述べると、ガラスの棺から勢いよく飛び出す。そのまま抱き着いてきたフルールにリリィは驚いたが、その身体に傷がつかないようにそっと抱きとめ、「おかえり」と、彼女へ囁いた。


『……さあ!帰ってきた"大事な人"、ミスフルール。……祝福の花嫁に、盛大な拍手を!』


ミチカが二人へ手を掲げそう叫ぶと、ホールはワッという歓声と拍手で一杯になった。フルールはリリィの手を離れ、ステージの上を踊って見せている。リリィはそれを眺めながら微笑みをたたえ、手拍子を送っていた。

まだ続いている拍手の音のなか、隣の席に座っていたピピリが立ち上がる。これでショーはエンディングを迎えたらしいし、スイーパーであることが面倒なやつらに気づかれる前に退散するんだろうと、俺も釣られて立ち上がろうとした、……した、その時だ。


銃声が響いた。キーンとした耳鳴りに、それがすぐそばで起きたことだと理解して、……、……は?ステージの上に血が飛び散る。心臓を撃たれたリリィは倒れ込む。反射的に、隣のアイツを見た。──、その手に握られていたのは、たった今弾丸を吐き出したばかりの、拳銃だった。


「な、……え?何やってんの、」


凍り付く空気、一斉にこちらに視線を向けた観客。「おっと。ありゃスイーパーか!?なんだよ、面白くなってきやがった!」と騒ぎたてるミチカの声がよく響いた。混乱する俺に、ピピリはニヤリと笑ったまま、ステージを指す。


「──見てろ」


訳がわからないままステージに目をやった。……俺はまた同じ言葉を繰り返すことに、なる。

確かに弾丸を受けて倒れ込んだ血だらけのリリィの手が、人差し指を立てる形でひとつ、上がっている。さしずめ、"注目して"というところだろうか。ヤツの上半身は床からせり上がり、

そのまま、まっすぐに起き上がった。乱れた髪をかきあげるヤツは、微笑んですら、いた。……観客からは、恐怖と感動、そして揺るがぬ信仰が入り混じる、狂乱の歓声が上がる。


《ホワイト・リリィ、万歳!》

《ホワイト・リリィ、万歳!》

《ホワイト・リリィ、万歳!》


──大事な人が、帰ってくる。死んだ人が、よみがえる──……噂で聞いていたとおりだった。思い出に別れを告げるこの街で起きた、スイーパーたちに言わせるところの「ルール違反」。ショーの内容が秘匿なのは、……その謎で住人たちの興味を引き、信望者を集めるため。近頃、死んだはずの有名人が、あろうことかテレビに出演し、「帰ってきた大事な人」と歓迎されている異常事態。もはや"公然の秘密"と言えるほどショーの噂は広がっていたし、裏で動いてるやつらが、街をその興奮で支配しようとしている──?

思い出となってしまった過去に、もう一度会えるというなら、……、熱狂的な信者が生まれるのも無理はない。いわばこの街の住人たちに希望を与えるのがリリィ、そして、それらを信じ切ったヤツらからすれば、……スイーパー達こそが、……、だからこその、ルール違反。だからこその、裏切り者。この街のスイーパーたちがリリィを警戒している、──その理由だ。

……死者を蘇らせる、"裏切り者のマジック・ショー"……、ホワイト・リリィ、コイツは何者なんだよ。……不死身、なのか?誰が書いた筋書きなのか知らねぇけど、……何が起きてんだよ、この街に……。ショーの背景に渦巻く「クロ」のスリルにアテられて、……俺、なんかもう、吐きそう。


「さて、逃げるぜ。外にユーリが車を停めてる」


ピピリのその声に我に返ると、ショーのガードマンたちが喚く観客と席を乗り越えて迫ってきていた。だからマジで冗談キツすぎ。帰して。俺を家に帰して。ほんとに辞めたい。この仕事。威嚇射撃で逃げ道を確保しながら走っていくピピリの後を追って、もう一人の雑用係であり俺の相棒のユーリが待つ車へと走った。それはもう、全力で。


「あ、死んでなかったんスね。俺このまま車パクってドライブするつもりでした」


運転席に座るユーリは、俺たちが後部座席に転がり込むと、素早い手つきで車を発進させた。清潔感のある短く切りそろえた黒髪、頻繁に俺やピピリに辛辣な眼差しを向けてくる、冷ややかな青い目。(まぁ、俺ほどじゃないけど)なかなかにイケメンなコイツは、さっぱり動じておらず、しれっとした顔でアクション映画顔負けのカーチェイスを繰り広げ、見事に追っ手をまいていた。


「いい車っスね、ピピリさん」


「オウェエ……お前の運転ヤバすぎでしょ……ちょっと待って……」


ユーリは、上司であるピピリには一応敬語を使う。……が、その態度は完全に相手を舐め切っていると、おそらくはサルでもわかる。俺たち雑用係の、この哀れなクソ上司は、ビニール袋を口に当て、衰弱しきった顔でえずいていた。ユーリはその様子を見てせせら笑うと、俺に言葉を投げかける。


「……どう?仕事辞める気になった?」


「今回は割とマジで思った」


「じゃ、辞める?」


「保留で」


「……付き合うわ」


ユーリは楽し気な声でそう言うと、わざと車を揺らし、顔面蒼白で悲鳴を上げるピピリの様子に、肩を震わせて笑いをこらえていた。俺は俺で、ゲェゲェ隣でやってるのから必死に目をそらしていたし、車内に渦巻く『ゲロ』のニオイにアテられて、……俺、やっぱもう、吐きそう。

窓を開けて、意識を外にやりながら、俺は考える。……多分、この街をめぐるスリルとドラマには、まだまだネタがあるんだろう。ここまで来たら、乗ってやろうじゃん。そうだな、でも、マジで、……死なない程度に。


訪れたばかりの春の空気には、まだひんやりとした冷たさが残っていた。流れていく街の景色を眺め、物思いに耽る。"誰かの大事だった人"、思い出を忘れられずにいるこの街の時間は、……本当に、止まってしまうんだろうか。それが、どんな意味を持つことであるのかは、俺にはわからない。ただなんとなく、それは寂しいことのように思えて……、ああ、なんか湿っぽくなっちまった。ヤメだ、ヤメ。


──ミッドナイトグレイヴタウン。辛気臭ぇこの墓の街に、美女と札束が溢れる未来を祈って。

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