14、

 さっきまでヘラヘラと笑っていた長衣の男がナイフを持って男の子に向かっていく。

 が、男の子はそれをさらりと横にかわし、槍の石突いしづきで男のみぞおちを突いた。


「ぐっ!」


 男がその場に倒れて動かなくなると、残り2人の顔が引きつった。


 男の子は再び槍をくるりと回転させて、倒れている男の手に穂先を突き刺す―――


「や、やめてくれ!」


 あと少し、のところで槍は動きを止めた。


「分かった、悪かったから。許してくれ」


 3人が一斉にうんうんと頷いた。自分たちでは到底かなう相手ではないと分かったのだろう。


 なんにせよ、助かった。

 私はホッと胸を撫でおろした。



 ◇



 男たちに連れ込まれた小屋は城壁のすぐ内側、貧民街スラムの中に建っていた。


 男の子と私は服飾通りの入口まで戻ると、近くの憲兵に3人を引き渡した。憲兵は非常に驚いた様子で敬礼をし、3人を引き連れて去っていった。


 私は憲兵の様子をじっと観察していた。


 彼らが敬礼したのは、この男の子に対してだ。

 この子只者じゃないっぽいわね。


「怪我はありませんか」


 只者じゃなさそうな男の子は優しかった。

 そもそも男の子ではないのかもしれない。童顔なだけで。


「大丈夫よ。それよりも助けてくれてありがとう」

「城壁付近は治安が良くないので、女性だけで来るのは危険です。まして貴族の令嬢ともなればなおさら」

「……あなたも私が貴族だと知っているのね」


 男の子……もとい青年は、わずかに考え込んだ後でローブのフードを脱ぐ。

 くせっ毛の栗色髪と青緑の目。右目には眼帯がしてあった。


「僕はヘイムダル。とある方からあなたの見張りを仰せつかっておりました」

「とある方?」


 頭の中に候補者が2人ほど浮かんだ。

 一人はパパだ。


 私がそう考えると思ったのか、ヘイムダルは先回りして説明する。


「あなたのご両親ではありません。詳しくは言えませんが高貴な方です」


 そこは言うつもりはないのね。

 ちょっと揺さぶりをかけてみる。


「あなたの槍術ってバナヘイム流でしょう?」

「……ご令嬢は武芸にもお詳しいのですね」


 彼は平静を装っているが、ふっと視線を逸らした。動揺している。


「バナヘイムは槍の使い手が多い国だからね。でも、その型で槍を扱う人って本当に少ないの。誰かに指導できるほどの腕となれば相当限られてくる」


 独特な構えと槍の払い方。


 あれは前世のパパ、ステファーノ・コロンナ元大将が独自に生み出した型だ。


 そしてそれを継承したのは―――。



「あなた誰から槍を習ったの?」



 ヘイムダルは質問には答えずまっすぐに私を見ていた。

 私も負けじと見返す。


 ヘイムダルが口を開くのを待っていると、後ろから「お嬢様!」と焦った声が聞こえてきた。


「グナー! 無事だったのね」

「お嬢様が侍女の心配をしてどうなさいます! それよりもお召し物が汚れております。もしや何かに巻き込まれて……!?」

「変な男に絡まれてね。でも、この人が助けてくれ―――あれ」


 ヘイムダルはいなくなっていた。

 逃げられたか。



 ◇



「今回は私の不手際にございます。もっと警戒をしておくべきでした」


 寄宿学校の自室に戻って一通りの説明を終えた私に、項垂れたグナーが言った。


 腰に巻きつけていた金銭袋をスリに奪われた彼女は迷うことなく犯人を追いかけ、無事に袋を奪い返していた。


「いいえ、あなたの行動は間違っていないわ。金銭袋が奪われたらドレスはおろか、帝都で使えるお金がなくなってしまうもの」

「それでお嬢様に何かあれば元も子もありません!」


 グナーの悲痛な叫びが室内に満ちる。

 自分の無責任な行動がここまで彼女を追い詰めたのだ。


「フリッカ様の行動力は素晴らしいものですが、ときとして危険をかえりみないことがございます。どうかお嬢様も周囲に潜む危険を改めてご認識ください」


膝の上で拳を握りしめていたグナーが絞り出した言葉は、フリッカの心を強く乱した。



「お嬢様。守りたい人を守れないことが一番辛いのです」

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